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「過激派の三大派閥のうち現在最も勢いのあるレグルスのリーダーとなったバルタザールという男が、トゥラディアでバルツァレク国防長官の殺害を計画しているらしい。」
その情報は他の4人を驚かせるのに十分な内容だった。
「トゥラディアって…2ヶ月後のことを言ってるのか!?正気かよ…!?つまり、もうこのタイミングで戦争をおっ始めようっていう気なのか?」
「もし本当にやるならそうなるだろうな。ただ時期的に言うと確かに重要なタイミングの一つだとは思うんだ。トゥラディアの約1ヶ月後にラスキア中央議会の中間選挙がある。それでもし下院の過半数を強硬派が占めれば、アトリア特別行政法の改正にストップがかからなくなる。バルツァレクは自身の影響力拡大のため法の改正にかなりの力を注いでいる。下院の議員に金をばら撒いて強硬派を固めてるんだ。」
スミルノフは一瞬バルツァレク国防長官の名前に反応した。もしそれが実行されればゾフィーは…。
「みんなご存知の通り、アトリア特別行政法の改正が成立した時点で政府はアトリアに対していよいよ実質植民地化の準備を始めるだろう。議会は解体されて完全にラスキア政府による直接支配となる。そうなればアトリアはー、アトリアの人々はまさに奴隷と同じだ。恐怖政治による理不尽な社会主義化で自由と人権を奪われ、ラスキアにいいように使われて一生を終える。そしてその子供も孫もみな同じ運命を辿る。」
すると黙って聞いていたクラースが静かに口を開いた。
「それはわかってるが…、レグルスの目的は本当にヴァルツァレク長官一人なのか?法案を通さないためにヴァルツァレクだけを殺害するならわかるが、もし一般人を巻き込んだ銃撃戦にでも発展したら、逆にアトリアに対する反発を呼んでヴァルツァレクが居なくてもアトリア特別行政法の改正が議決されてしまう可能性もある。アトリア議会では反政府組織を抑えられないという判断からな。」
そこまで聞いてアンネが眉をひそめた。
「クラースの指摘ももっともだと思うし、そもそも仕掛けるにはタイミングが早すぎるわ。レグルスは大きい組織だけどレグルスだけではとてもラスキア軍には対抗できないでしょう?6年前のように私たち反政府組織が派閥の垣根なく一つになれてこそ、はじめて革命が成功する可能性を持つのよ。トップのバルタザールがそれがわかってないはずないわよね?」
「わかってる、と言いたいところだが…。言っただろう、不確定な情報だと。バルタザール自身の素性も未だによくわからないんだ。3ヶ月前の内部抗争でリーダーになったと聞いた時から情報を探らせているが、本名含め過去の経歴全て何一つ出てこない。ただ一つだけわかったのは、少なくとも6年前の時点では反政府組織に属していなかったということだけだ。」
「…そんな得体も知れねぇ奴が過激派最大派閥のリーダーをやってるのかよ!?それで2ヶ月後に戦争を始めるだと?本当なら正気の沙汰じゃねぇ!」
ドレイクは持っていたグラスをドンッとテーブルに叩きつけて叫んだ。
「…大きい声を出すな。エラルドはあくまで不確定な情報だと言ってるだろう。だが、もし本当なら計画が一気に吹き飛ぶ話だ。…とにかく、まずはバルタザールと直接会って話すしかないだろう。」
クラースはドレイクをなだめるように言った。そんな中スミルノフは自分の頭の中を整理しながら口を開いた。
「…バルツァレク国防長官を暗殺する機会がなぜトゥラディアでなんだ?大勢の前で事件を起こしたら確実に後に引けなくなる。海外からの観光客も含め一般人を巻き込んでしまう可能性もある。長官がアトリアに来る機会は確かに貴重だが、確か長官はトゥラディアの11日前にアトリア入りするはずだ。わざわざトゥラディアを狙う必要があるのか?」
「大勢の前でやることに意味があるんだろう。裏でやると誰によって殺害されたかをラスキア政府側に操作される可能性がある。政府にとっては今のタイミングでアトリアに少しでも蜂起の種を生むようなことはしたくないだろう。例えば敵対してるカザンの仕業にしてロティタギルと連携すれば、今の脅威の一つであるカザンを打つ大義名分にもなる。恐らくレグルス側は確実に長官が現れて各国のメディアも集まる、チャンピオンシップのどこかのタイミングで狙撃することを考えているんじゃないかと思う。」
「…チャンピオンシップ!?でも…そうか、条件を考えると確かにその可能性が高いな。」
スミルノフは複雑な表情で下を向いた。
「どうした?何かまずいことでもあるのか?」
「いや…そうだな、我々に直接影響があることじゃないからここで言う必要もないと思ってたんだが…、実はバルツァレク長官の息子とフランツの娘の政略結婚の話が進んでいるんだ。」
「フランツの娘と長官の息子…!?」
クラースが驚いた様子でスミルノフを見た。
「…そうなんだ。何の因果だかな。だが、もし長官が消されたらその話は無くなるだろう。実は長官の息子があまりに素行の悪い男で、明らかにゾフィーが権力のための犠牲になるだけだから、俺の個人的な感情としては何とか阻止したいと思ってて…。どうせなら長官の殺害をシスレー社のパーティーの前にでもやってくれないかとちらっと思ってな。そのパーティーで二人を引き合わせることになってるんだ。」
「フランツの子供達ももうそんな年齢になったのね…。ハンスもゾフィーもフランツが死んだときはまだ小さかったのにね。」
アンネは突然両親に死なれた2人の子供のことを思ってやるせない気持ちになった。
「でも大丈夫なの?長官の暗殺は不確定だし、そのパーティーでゾフィーに危害が及ぶ可能性だってあるんじゃ…。」
「その対策は一応考えてある。確実ではないがたぶん大丈夫だ。」
「たぶんって…。確実に阻止できる対策を考えた方がいいんじゃないの?」
するとドレイクが口を挟んだ。
「スミルノフが個人的に動くのは止めないが、間違っても俺たちがそんなところに介入する必要はない。フランツの娘といっても向こうは何も知らないんだ。組織とは関係ないからな。」
「…そうだな。スミルノフやアンネの気持ちはよくわかるし、俺も同じ気持ちだ。だがドレイクの言う通り、それは俺たちが介入することじゃない。悪いが組織の関与が疑われるようなことだけは避けてほしい。」
「わかってる。問題ない。この件は俺に任せてくれ。」
「すまない、またお前に負担をかけるな。だがくれぐれも無理はするなよ。」
それに対しスミルノフははっきりと頷いた。
「…とにかく、やはりバルタザールに会って話をしないと何も進まないな。近いうちに接触できるよう取り計らってみる。その結果はまたいつもの方法で連絡するよ。」
エラルドははっきりと告げてから自分のグラスに手酌で酒を継ぎ足した。スミルノフは瓶の中身がグラスに移っていく様子を眺めながら、近いうちに起こりそうな大きなうねりに対して自分ができる最大限の準備について考えていた。
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