4話:訪レル者

―――――




 警視庁を出て地下鉄メトロ丸ノ内線サディスティックを使い、東京駅から総武驀進線サイバードーンを乗り継ぎ、目的地を目指す。


 ――千葉市チバシティ

 獨逸ドイツ摩尼克ミュンヘン伊太利亞イタリア條捏知亞ヴェネチアはるかに凌駕りょうがする世界随一ずいいち超脳都市サイバーダイバーシティ。人種的差別撤廃てっぱい提案採択さいたく聖地せいちとして知られる治外法権ちがいほうけんが認められた国際都市。

 クールエンパイア戦略と大江戸オーエド五輪オリンピックの失敗により、かつ渾沌文化ギークカルチャーの代名詞であった秋葉原アキバ池袋ブクロ中野ブロードウェイの権威は特異点シンギュラリティ爆発エクスプロージョンを待たずして失墜しっついし、今や世界最凶さいきょう渾沌都市ケイオスシティの呼びごえ高い街、それがCCチバシティ


 この街にはなんだってそろっている。

 最新のガジェットから無価値な骨董品こっとうひん、最高の医療品から違法なドラッグ、前衛ぜんえい芸術の美術館から狂気のエンターテイメントである殺人ショー、ストリート・サムライの傭兵ようへいから亜人デミヒューマンの娼婦に至るまで、金さえあればなんでも揃う。

 ないものとえば、そう、“安心”くらいなもの。

 それくらい“”で“”な、退屈たいくつしない街。

 そして――

 そう、

 ――私の嫌いな街。


 たん共感覚洋クオリアスタジアけた情報屋ディープワンであれば、魔都マッドシティこと松戸マツドで探せばいい。

 この東洋一とうよういち危険な千葉市に訪れたのはひとえに、対象者である少年とわずかとはえ、関わりある可能性が高いため


 この千葉市には別称がある。

 正確には別称ではないが、その界隈ではよく知られた通名。

 それが、

 ――血刃氏ちばし

 東亜細亜アジアで最大規模を誇る吸血鬼ヴァンパイア狩人ハンター共同体コミュニティブラッディブレイドクラン”、通称BB、あるいはBBCと呼ばれる組織が存在する。


 少年は長大な太刀たちを使っていた。

 しかも、その太刀に自らの血液をつたわせ、病魔異ノスフェラトゥを殺害した。その様子から想像するに、血刃氏との関連性が疑われる。ここ千葉市に訪れるのは自然な流れと云うべき。

 通常、ハンターの存在は、鬼滅紳士録レッドブックを参照すれば容易たやすく判明するが、そこにあの少年らしき者は載っていなかった。であれば、その可能性が少しでも高い場所におもむくのが得策とくさくと云える。


 妙見みょうけん信仰の中心地として知られる同地は平安時代末期、高望王たかもちおう桓武平かんむたいら氏の流れを組む大椎おおじつ常重つねしげ千葉介ちばのすけを名乗って以来、北辰ほくしん妙見尊星王そんじょうおう(=天之あめの御中みなか主大神ぬしのかみ)をまつる聖地。妙見菩薩ぼさつ同一視どういつしされ、弓箭きゅうせん神として北極星と北斗七星をつかさどる武神を信仰する土地として知られる。

 善悪真理を見通す能力としての妙見の語、七剣星しちけんぼしの別称を持つ北斗七星、月星紋げっせいもん家紋かもんとする千葉氏ほか星宿ほとほりぼし思想や道教どうきょう密教みっきょう陰陽道おんみょうどう神道しんとうなど混淆こんこうした複雑な背景を由来とし、神秘主義的な力と加護を求め、且つ、最新の技術や医療、ついでに情報が集まるこの地に多くの吸血鬼を狩る者達が世界中から集った経緯を持つ。

 何よりも、人種的差別撤廃提案採択の聖地だけあって、吸血種きゅうけつしゅも多く生活しているだけに、ハンター達は日常的に彼らを知る事が出来る。


 間違ってはいけないのが、吸血種ヘモ・サピエンス吸血鬼ヴァンパイアの違い。

 生物学的には両者に全く違いはない。

 あるのは、法的な違いのみ。

 前者は、法的権利を有する第三者への吸血行為を一切行わず、また、同種を創造しない『知的吸血種による人道的行為遵守における権利の保護に関する国際条約』による保護対象者、通称上海シャンハイ条約を遵守するものを指し、後者はこれに反するものを呼ぶ。

 彼らは共に、その生命活動を維持する為、自身のベースとなる生体と同種の生き血を必要とする。専用の輸血パックを食餌しょくじとしている限り、法によって守られる。

 亦、彼らは生殖行為以外でもその種を残す事が出来る。所謂いわゆる感染かんせん。とは云え、感染は意識しなければ発生しない。あくまでも私達人間がそれを感染と呼ぶだけで、彼らにとっては創造や創作らしい。このたぐいも違法行為であり、これを行わなければ、やはり、法的に権利が保障される。

 従って、法的に権利を保障された吸血種は亜人間デミヒューマンとして扱われ、違法行為に手を染めた者は犯罪者としての吸血鬼と見なされる。

 吸血種はヘモ・サピエンスと呼ぶのが適正であり、ヘマトファギアと呼ぶのは好ましくないとされる。当然、ヴァンプと呼ぶのは差別以外の何物でもなく、そう呼んでいいのは犯罪者である吸血鬼ヴァンパイアのみ。


 吸血鬼は犯罪者であり、しかもそれは重罪であり、凶悪犯として認知され、司法によって裁かれる。それどころか私人であっても罰する事が出来る。それくらい吸血鬼は危険な存在。もっとも、吸血鬼の身体能力は常人では対処出来ない為、あくまでも権利上の話。

 ハンターが登録許可制であるのは、報奨金ほうしょうきん制度の為。

 仮に、ハンターが犯罪者たり得ない吸血種を襲った場合、その行為こそが犯罪となる為、特別な許可と登録が必須ひっすとなる訳である。


 あの少年が殺人マーダー許可証ライセンスを有しているのであればこそ登録許可は不要だが、この地であれば知っている者もいるはず

 だからこそ、こんなところまで、足を運んだ。

 目的の情報屋ディープワン懸垂けんすい単軌鐵道モノレール『ネオ・チバシティ・モノレール』、通称“市帝列車シティライナー”1号線で一駅の処。

 ただ、ちょっと見ておきたい場所があるので2号線に乗って二駅移動。



 ああ――

 変わってない。

 港の海の色は、醜怪な闇HPゴア・サイト閲覧ブラウズしたディスプレイの色だった。

 遺伝子組換プランクトンにる毒々しい赤潮あかしおが押し寄せた泡立つ波打ちぎわ防波堤ぼうはていに置かれた消波根固方石塊テトラポッドに打ちてられた絡繰人からくりの残骸。

 やっぱり、私は……

 嫌い、だ。

 ――吐き気がする。


 間もなく、私は市帝列車シティライナーに揺られていた。

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