3話:其レヲ探ル者

―――――――  2  ―――――――




 玄﨑くろさき日和ひよりは自分のデスクの情報端末ターミナルから電脳網サイバーネットワークにアクセスしている。

 仕事の合間あいまっては、検索けんさくり返す。

 検索サーチ対象ターゲットは、少年。

 そう、娼婦しょうふ連続食人しょくじん事件の犯人シリアルキラー病魔異ノスフェラトゥ”をたおした少年について。


 警視庁けいしちょうではくだんの事件は、未解決事件コールドケースとして処理しょりされることになっていた。

 当然とうぜん、犯人はあの吸血鬼きゅうけつき間違まちがいない。全ての証拠しょうこそろっていたし、やつが斃されたので事件そのものには終止符しゅうしふたれている。

 しかし、問題はではない。

 犯人を斃したもの、そう、あの太刀たちるった外套ローブの少年のほう

 彼がたんなる吸血鬼ヴァンパイア狩人ハンターであったら何の問題もなかった。だが、彼はちがった。

 そう、彼は殺人マーダー許可証ライセンスファング”の保有者オーナーなのだった。


 少年がその殺人さつじん許可証きょかしょう所持しょじしていると聞かされたのは、吸血鬼が退治たいじされた当日の話。

 蓼丸たでまる警視けいし苦虫にがむしつぶしたような表情をかべながかたった。

 殺人許可証は国際こくさい免許めんきょであり、枢軸すうじく連盟れんめいが指定した最重要さいじゅうよう機密きみつ無形むけい死刑執行財しっこうざい保持者ほじしゃとして認定にんていされた人物で執行人エリミネーターと呼ばれる。通称つうしょう、“人間神器にんげんじんぎ”。

 執行人しっこうにんは、歩く治外法権ちがいほうけん揶揄やゆされる特異とくい外交特権がいこうとっけんゆうしており、聖域せいいき、と呼ばれている。

 これにより、執行人による吸血鬼りや殺人行為こういは全て不問ふもんとされ、取り調べどころか、記録きろくする事も接触せっしょくする事さえ出来できない。

 結果、連続食人事件は容疑者ようぎしゃ失踪しっそうとしてあつかわれ、迷宮めいきゅうりとなった。


 蓼丸警視には強くくぎされている。

少年あいつさぐるな。興味を持つな、関心かんしんいだくな。記憶するな、思い出すな。全ての記憶の中から奴の事は消去デリートしろ、わすれるんだ!分かったな?」


 しかし、――

 ――かえって、忘れられない……

 今迄いままで、警視の助言アドバイス往々おうおうにして正しい。およそ、今回のけんとくに少年とのかかわりについては、警視の発言が100%正しいだろう。

 でも、忘れられない。

 靄々もやもやと鼻先のちょっと上、眉間辺りにあの光景がチラついて忘れようにも忘れられない。

 気になって気になって仕方しかたない。


 それにしても――

 検索をすればするほどかべを、みぞを、へだたりを、そのやみを感じる。

 最初は警察内部捜査そうさ資料しりょうを調べてはみたものの、与えられているアクセス権限けんげんが低いため、お話にならない。

 次に、帝国ていこくの吸血鬼ハンターは一部の例外れいがいのぞいて全て登録とうろく許可きょかせいなので鬼滅紳士録レッドブックも調べたが、までもなく彼とおぼしき登録者は見当みあたらない。

 この時点で私が持つアクセス権のゆる範囲はんいでの内部データ参照さんしょう程度では、ほぼ彼の情報をひろう事が出来ない事を確信かくしん

 組織内では如何様いかようにでも検閲けんえつされてしまうので外部に目を向ける。ひとえに、目撃もくげき情報さがし。

 併し、これもまた上手うまくいかない。

 、特徴的な様相ようそうを持っているにも関わらず、少年とおぼしき口コミ情報を収集しゅうしゅうするにはいたららない。


 ――やはり、

 共感覚洋クオリアスタジア潜没ダイヴしなければ、彼を探る事は出来ないのだろうか。

 共感覚洋クオリアスタジア旧来きゅうらいのノイマンがた量子りょうしコンピュータによる電脳網サイバーネットワークとは異なり、特異点爆発とくいてんばくはつ(Singularityシンギュラリティ Explosionエクスプロージョン以降いこう人工知能AI によって創造そうぞう された混成膠細胞型ケイオスグリアコンピュータに由来する精神そのものを没入ジャックインさせる共時性シンクロニシティ融合共有フュージョン力場フィールド(SFF)。

 その利用は広く普及ふきゅうしてはいるものの、不確定ふかくてい要素も多い為、使用目的は制限されている。臣民しんみん全てに割り当てられた皇民識別採番ザイナンバーを用いて厳格げんかくに管理されている――表向きには。


 併しそのじつ共感覚洋クオリアスタジアは無法地帯になっており、犯罪行為の温床おんしょうとなっている。

 電脳網サイバーネットワークが圧倒的な計算量を誇るAIエー・アイ にほぼ掌握しょうあくされ乍らもいま電脳辺縁系ディープネット電脳基底核ダークネットゴミ渡りディートゥアしている機智者ハッカーたむろしている事実がある。これと同様どうようはるかに不明瞭で深遠しんえんな存在である共感覚洋クオリアスタジアを統制する事など出来やしない。

 抑々そもそも、AIに精神は存在しない。つまり、潜没ダイヴそのものさえ出来ない有様ありさま

 そう、AIは自身が創造した技術的空間を使えないどころか“のぞく”事さえ出来ないし、理解さえしていない。これは丁度ちょうど、解明されていない分野の技術を用いて実験を繰り返す人間達の歴史と類似るいじする。かいの見えない壮大な人体メンシェン実験ファズーフ、それが共感覚洋クオリアスタジアであり、その実験動物マウスこそが人類なのである。

 AI自身も何等なんらかの方法で共感覚洋クオリアスタジア疑似潜没パラダイヴしているとのうわさも流れているが、都市伝説のいきを出ない。


 私は、とうと、

 共感覚洋クオリアスタジアへの潜没ダイヴ経験は――――当然、ある。

 それが必要であるのか、ないのか、の問題ではない。

 学生時代、特に中高生の頃、共感覚洋クオリアスタジアの持つその神秘的な魅力から逃れられる者など、まずいない。

 抑々そもそも共感覚洋クオリアスタジアの利用は自由であり、法的にも認められている。ただし、これは皇民識別採番ザイナンバーを通した正規でのリーガル潜没ダイヴに限られる。もし、皇民識別採番ザイナンバーを通していない不正ロング潜没ダイヴは勿論、違法。

 併し、共感覚洋クオリアスタジアの真の魅力は深層共感覚洋アビスクオリアにあり、そこへのアクセスは居眠りスリーピーでしか到達とうたつ出来ない。

 子供達にとって、それが例え上流階級の子供達でさえ、不正ロング潜没ダイヴへの罪の意識はない。赤信号を渡る、そのくらいの意識。事実、錯綜ミクストコエ係数フィシェント幾知サイコ可比指数スティグマなど、フォークト=カンプフ感情混入度検査には引っ掛からない。


 では、子供の頃、違法な手段でさえ潜没ダイヴしていた共感覚洋クオリアスタジアに、今、没入ジャックイン出来るのかというと、これにはなかなか問題がある。

 刑事が、しかも上司に止められているにも関わらず、少年を調査する為だけに共感覚洋クオリアスタジア正規リーガル潜没ダイヴするのは、経歴キャリアに傷を付ける。

 新米刑事の私自らが、そんな事、出来ようはずもない。


 仕方がない――

 私自身が追跡も特定もされる事なく、アクセス権限の埒外らちがいを知る唯一の方法。あくまでも、希望的観測。だが、この閉塞感へいそくかん払拭ふっしょくするには十分の思惑おもわく、アイデア。

 ――情報屋ディープワン

 彼らに接触しよう。

 それがどんなに危険な事なのか、いや、危険な旅路への一歩であったのかを、当時の私は知るよしもない。仮に分かっていたところで、止められまい。

 それ程に、私はへ想いをせていた。

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