第20話 隣のお姉さんは俺が守らないといけないんだと思う


「え、えぇっと……なんで……しょうか?」


 男達は不気味に微笑み、彼らから見れば小人のような私を舐め回すように見ている。

 数は五人。それぞれ日に焼けていて、薄い金髪だ。典型的なヤンチャグループ。


「一人なら遊ばない? ほら、あっち人空いてっから、ゆっくりたっぷり遊べますよぉ?」


「い、いや……あ、あのぉ」


 ────怖い。

 ただ、それだけ。とても単純だけど、とても素直で明確な感覚。

 元々男の人は苦手だ。心底、昔から大の苦手だ。だから常に避けてきた、ずっと、ずっと。


 なのに……目の前にいる彼らはなんで私の前にいるの?


「下向いてないで、返事してくんないすかね? じゃないと……」


「──────っ!」


 急に手首を掴まれてしまった。無理矢理逃げようにも、四方八方囲まれ、抜け道がない。


「い、痛いっ! や、やめ、て……」


「早く返事しないからですよぉ? なぁ、皆!」


 合図と共に笑いだす取り巻き。耳障りで、塞ぎ混んでしまいたくなる声が嫌でも耳に響く。

 手首を掴む力が強くて、私の華奢な腕は折れてしまいそうだ。


 痛い。痛い。──────神山君は、痛くなかったのに。

 あの時を思い出す。神山君を好きになってしまったあの出来事を。そのいつまでも汚れない綺麗に残る記憶だけが、私の恐怖を和らげている。


「い、いやっ!」


「ちょ、暴れんなくそがっ! おい! 押さえろ!」


「そこまでやったらまずいっしょ!」


「いいんだよ! こんな人混みの中、気にするやつなんかいねぇよ」


「それもそうか!」


 いつまでもヒヨコみたいに頼りきるのは駄目だと思って暴れてみたけど、男の力は想像以上でどうすることも出来ない。

 取り巻きは私の体に手を伸ばす。伸びてくる汚くも不純な手は、見ただけで深い極まりない。



 助けてほしい。昔みたいに。

 どれだけ頑張ろうにも、今の私にはどうすることも出来ない。だから、もう一度だけでいいから、私の助けを誰か聞いてほしい。



「だ、誰か助けてっ!」


「はっ! 誰も助けになんてこないんだよ!」





「────お前らっ! 何してんだっ!」



 その声は聞き慣れすぎていて、暖かくて、大好きな声色。大好きな黒髪、大好きな体、大好きな顔────そして、大好きな……神山君がそこにいた。


まるで、あの時と同じように────。








「お前らいったい何してんだっ!」


 人数は五人。どれも体格は良く、背が高い。肌は日に焼け、女性を乱暴に扱う素振りから一瞬でチャラい奴らと認識出来る。

 いつまでも戻ってこないから、心配して来てみたら────まさかの光景が広がっていた。同時に、怒りが感情を支配していき、大声を上げてしまった。


「なに、お前」


「お前らこそ、なんだ」


「俺達はこの女とゆぅーっくりお喋りしてただけだから。オスガキはとっとと帰れ。これからお楽しみなんだよ」


「ふざけんなっ! 神崎さんを離せ」


 血管が破裂しそうだ。筋は張り、握り拳は強くなる。食い込む爪が肉を貫きそうでも関係ない。


 目の前に糞野郎がいるからだ────。


「あぁ? もしかして、この女の連れ? なに、どういう関係なわけ?」


「神山君っ!」


「神崎さんっ! ……大事な……友人だ」


 男達は馬鹿にするように笑いだした。憎たらしいほど、響く声で。


「はっはっは! そ、そうか、大事な大事なガールフレンドでしたか! じゃあ、お前にはそんなに関係ないよな? 行くぞ! こんなやつ無視無視!」


「──っ! 待て!」


 俺は強引に輪の中に入り、神崎さんに触れる手を払いのけた。


「神崎さんっ! 俺の後ろにいて!」


「う、うんっ!」


 背丈の違いからか、巨人に見下ろされている気分だ。神崎さんは一人で……きっと、怖くて怖くてしょうがなかったんだろうな。


「なんなの、お前。マジウザい。その女と付き合ってるわけじゃねぇのに」


「──────付き合ってるさ」


「はぁ?」


「友人であり…………恋人同士なんだよぉ!」


「か、神山……君?」


 勿論、その場繋ぎの嘘だ。嘘だと分かっていても、こんなに勇気がいるなんてな。まだ言った口が震えてやがる。


「だから! 早く離れ────ぐはっ!」


「神山君っ!」


 不意に、腹を抉るような拳を貰ってしまった。鍛えているのだろうか、想像以上に激しい鈍痛が腹を中心に広がっていく。


「おい、こいつやるぞ。ムカつく。で、その女も奪うぞ」


「や、やりすぎだって……」


「いいからぁ! やれっていってんだろぉ!」


「わ、わかったっつの……」


 蹴り、殴り、蹴り、殴り……見飽きるぐらい飛んでくる拳と脚。神崎さんを庇う以上、反撃することは許されない。常に無防備なのだ。

 鳩尾、頭、顔、太股、腕。あらゆる急所が狙われる。幾度となく繰り返される暴行の末、俺の意識は遠退きだしていった。


「もう……もうやめてぇ! もう……もう……」


 倒れてしまった俺を庇うように、泣きじゃくりながら彼女は覆い被さってきた。

 まいったな、これじゃ……格好悪すぎる。


「こ、こいつまだ立つのか!」


「か、かんざき……さん……うし、ろに……」


「もう……もういいから……あの時みたいに…………もう、やだよぉ……」


 薄れゆく意識の中、枯れ木のように傷だらけな弱々しい脚で俺は立つ。


 あの時ってなんだ。あぁ、でも、何か思い出しそうだ。小さい頃、似たようなことが──。



「仕舞いだオスガキ。とっとと離れろ」


「いやぁぁ! 来ないで!」


「っち、うるせぇなさっきから。まずはこいつも黙らせ…………あぁ、なんだお前────ぐへっ!」



 突然、グループの一人が勢いよくプールの方向へ吹き飛んでいった。男達含め、俺と神崎さんも目が点になってしまった。


「なんだ……お前は」




「────こいつらの友人だよ。屑野郎共」


 あぁ……その顔は忘れたくても忘れられない。怖いけど、きっとどこか優しい、そんな顔。



 そう、田中さんだ。


「神崎さん、神山、ちょっと待ってろ。今すぐこいつらを地獄へ叩き落としてやる」


「こ、こいつ顔怖すぎだろ……ど、どうする鉄ちゃん! 逃げるか!?」


「バカ野郎! こんな舐めたやつ口だけだ。ぶっ飛ばしてやる」



 男達は一斉に田中さんへ向かっていく。囲まれ、逃げ場がない中、不適に笑う。


「た、田中さんが……ど、どうすれば」


「か、かんざき、さん……大丈夫……見てて」


 キョトンとする神崎さん。そりゃ、あんだけの大男に囲まれれば、誰だって心配する。だいたいは、今の俺みたいになるはずだから。

 でも、安心感があった。理屈のない、肌で感じる安心感が。


 それは、"田中さんだから"という、本当に理屈の通らない頭の悪い理由があるからだ。



「す、凄い……」


 あれだけ威勢を放っていた男達は、次々と吹き飛ばされていく。抵抗はするも、一発も田中さんには攻撃が当たらず、ただただカウンターを食らってプールに沈んでいくだけ。

 誰よりも喧嘩が強いって散々バイトの休憩中に聞いたな。まさか、こんな鬼神に迫る強さとは思わなかった。


「くそっ! 化物かこいつ! ……こうなりゃ」


 リーダー格の男は、俺達の方へ走ってくる。焦っているのか、でたらめな走りで汗をかきながら。


「い、いやぁ!」


「やめ、ろっ……」


 人の盾にするつもりなのか、神崎さんが乱暴に拘束されてしまった。必死に手を伸ばすも、アザだらけでボロボロの腕はまったく届かない。


「てめぇ……外道が」


「はっ! いいんだよ! おら、見逃してやるから金出せ! じゃねぇとこいつを……」


「──っ! いった……いっ!」


「っ! やめ、ろぉ……っ!」


綱を握りこんだような音が、神崎さんの手首から聞こえる。こいつ、こっちが手を出せば腕でも折る気なのか? いや、きっとそれだけじゃ済まないだろう。


「おら! 早く出せこの野郎!」


「はーい、口開けてー」


「ああぁ!? だれ……むぐぁ!?」


「それそれー!」と男の口に入れられていく、痛みきった寿司達。口に収まりきれず、シャリが溢れ出て苦しそうだ。


「お粗末様でした! お馬鹿、さんっ!」


「むぉっ! おおおおおぉぉ!」


 ────花火のような水飛沫が、水面上で弾けた。いつの間にかいた佐藤さんが、愉快に笑いながら男をプールに蹴り落としたのだ。


 どうやら、二人の活躍でなんとかなったようだ。


「蓮ちゃん!」


「まったくヤンチャな輩はめんどくさいっちゃありゃしない。大丈夫? 二人共。ごめんね、遅くなって。騒ぎがあったのは分かってたんだけど、裕太のトイレが長くて」


「はぁ!? お前があんなもん作ってきたからだろ! 結局余らすしかなかった……」


「ううん……本当に……良かったぁ……あああぁぁ」


 神崎さんが子供みたいに泣いてる。はは、可愛らしいな。きっと安心して気が緩んだんだろう。



 あれ、視界がぼやける。どんどん前が黒く染まっていく。


「おい、神山? 神山ぁっ! ちくしょ、無茶しすぎだ……救護! 早く来い!」


「ウチ呼んでくるわ! 沙耶は側にいてあげて」


「うんっ! 神山君っ……神山君っ!」


 ちょっと、無茶しちゃったかな。体も動けないし、目も耳もほぼ機能しない。


「…….…や…………く……っ!」


 好きな声が微かに聞こえる……。それすら、砂のようにかすれ消えていく。


 ──────もう、何も見えないや。

 瞼は自然と降りてくる。しばらく眠ることにしよう。きっと、大丈夫だから。


 きっと……きっと──────。

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