第17話 隣のお姉さんの水着姿が可愛すぎて辛い
人、人、人────。
以前見た時は遠目からだったけど、いざ自分がこの人混みに入るとなると、想像以上に辛い。それに普通にしているより暑い。人が密集しているからだろう。
「あ、あぢぃ……つれぇ……」
「もう少しですよ! ほら、入口はもう目の前です!」
田中さんはグロッキー状態だ。中腰のままフラフラ歩いている。最初は「お前ら! プール入る前にバテんなよ!」と言っていたけど、一番にバテそうにしている。
スポーツドリンクを渡しておこう。
「これ飲んで耐えてください」
「おぉ……さんきゅぅ……」
「ほんと、だらしないねぇ裕太は!」
「ちょ、ちょっと蓮ちゃん! しょうがないよこの暑さじゃ……」
佐藤さんと神崎さんはまだまだ大丈夫そうだ。顔つきも余裕があって、動く脚もしっかり動かせている。
「神崎さん、大丈夫ですか?」
「あ、あ、はい! 大丈夫……です、よ! ────あぁっ!」
「───神崎さんっ!」
人の波に押され、神崎さんが倒れそうなったところを、手を掴んで引き寄せた。
「あ、ありがとうござ────ふぇぁあっ! 手、手!」
「大丈夫です! 変なことしませんから! もう少しです。波に飲まれないよう掴んでてくだだいね」
「ふぁ! は、はい……」
握った手は思っていたより小さくて、子供のよう。指も細く、油断すると折ってしまいそうだ。まるで、人形さんみたいに繊細で綺麗だと感じた。
神崎さんは俯いている。足取りもおぼつかなく、この手を離せばその場に倒れてしまいそうだ。油断しないようしっかり握っていよう。
正直、ドキドキしている。はぐれないように掴んでいるとはいえ、好きな女性の手を握ることがこんなにも心臓を圧迫させることとは知らなかった。以前ケーキ屋で握った時とはまったく違う感覚だ。
「ほおら! 行くよ裕太!」
「む、無理矢理引っ張んな! 腕もげるっ!」
あっちはあっちで仲良くやってるようで良かった。一度は付き合ってた二人を見ていると、自分も神崎さんとあんな風に気兼ねない関係になれたらなぁ、と思う。
「いいなぁ、二人とも……」
「え、ええええ、えと、何か……言いました?」
「へ? あ、いやいや何も言ってませんよ! あはは……」
「そ、そうでした、か! す、すいません……」
出来たら、もっと砕けたような、そんな会話を……。
今日一日、必ず神崎さんともっと仲良くなるんだ────そう、燃え盛る太陽に向かって誓いを立てた。
◇
「蓮ちゃんの水着……大胆」
「そう? 普通だと思うけどねー」
この人の普通はなんなのだろう。
上下ワインカラー。トップスは首から胸を覆うレオタードで、アンダーは腰回りを隠さず中央のみ隠したビキニ。
問題は、胸の間がパックリとハサミで切ったかのように開いていることだ。胸が大きい分、谷間が存分に強調されていて、私でも直視出来ないほどいやらしい。
更衣室にいる人々がチラチラ一瞥してくる。こっちまで恥ずかしくなってくるんですけど!
「沙耶の水着はやっぱり可愛いね! いやぁ、選んだかいがあったってもんよ!」
「それには感謝してるけど……ほんとに可愛いって言ってもらえるかな」
正直不安だ。この水着がとっても可愛いのは十分分かってる。
でも、神山君の目にはどう映るのかな。似合ってないって思われるかもしれないし、可愛くないって思われるかもしれないし。
段々と、自信が空中分解していく気分……。
いつもの癖で俯いてしまうと、そっと肩を叩かれた。
「大丈夫! とぉーっても、とぉーっても可愛いよ! 自信持って行こ行こ!」
無邪気な笑顔はどこか優しくて、輝いていて、私の不安がどこかへ逃げていく。代わりに、安心と自信が春風のような心地いい暖かな風で舞い込んできた。
「────うん! 大丈夫……だよね! 私頑張る!」
「そのいきだよ沙耶! ま、もし反応が微妙でも奥の手があるから大丈夫大丈夫!」
「うん! ……お、奥の手?」
「さ! 男共の所へ───レッツらゴー!」
「お、おー!」
「奥の手」という不穏な言葉が気になるけど、今は気にしないでおこう。
いざ! 勇気を出して行ってこよう!
◇
「人多すぎだろ……これじゃあ泳ぐのも厳しいなあ」
流れるプールと超大型プール、そして『ウォーターマウンテン』と呼ばれる山のように大きいスライダーがここの目玉みたいだ。
どこも広いとはいえ、この人の多さからか、所狭しとそれぞれ人で埋まっている。水面が少ししか見えない程だ。
流れるプールは流し素麺、大型プールはグツグツと煮込まれていく鍋にしか見えない。
「人がゴミのようってのはこういうこと言うんだな」
「いや、皆美味しそうですよ?」
「えっ? 何言ってんのこの人」
「───お待たせぃ! 男共!」
声のする方へ振り返ると、そこには─────天使と妖艶な悪魔が二人。
「お、お前! な、ななな、なんつう水着着てきてんだ馬鹿か!」
「普通でしょこんなの! あ、それとも……綺麗すぎて照れた?」
「んなわけ……な、なな、ないないない! ったく……周りの目がいてぇよ」
胸元が大きく開いた水着を着た佐藤さんは、異常にいやらしい。男ならどんな人でも目を引いてしまう程、それはとてつもなく卑猥だ。実際、周りの鼻の下を伸ばした男達による性的な目線が矢のように飛んできている。
「あ、あのぉ……か、神山、君」
「神崎……さん」
「そ、そそそそ、その……どう……です、か?」
────生きてて良かった。
心の中でガッツポーズをしてしまった。それくらい綺麗で、可愛くて、人形みたいで───。
妖精の国からやってきた緑の翼を生やした妖精、又は天界から送られてきた自然を司る天使。例えが非現実的になるほど、その姿は神々しく輝いてみえる。
「────可愛いですね。凄く……ほんとに!」
語彙のない褒め方になってしまった。でも、それが俺が言える最高級の褒め言葉だったんだ。
「あ、あ、ああああ、あああああああああっ!」
「か、神崎さん! 落ち着いて! 褒めてるんですよ!」
彼女は両手で真っ赤な顔を覆い、後ろを向いてしゃがみこんでしまった。
褒めたはずなのに、これじゃ泣かせたみたいだ。
「沙耶!」
「ひゃ、ひゃい!」
佐藤さんの声で驚いたのか、ピンっと体を直立させて立ち上がった。
「どう思った? 正直に!」
「え、ええと……」
彼女はゆっくりとこちらに顔を向け、口を開いた。
「────本当に……ほんっとうに嬉しかった! ……はっ! す、すいませ、ん!」
目を見てはっきりと言われると、褒めた側もなんだか照れ臭い。すぐに気付いて目を反らされてしまったけれど、そんな反応も俺の心を刺激する。
「さ! 三人共! 今から遊んで遊んで遊びまくるぞぉー!」
「ちょ! それ俺が言おうとしてたんだけど! なんでお前が言うんだよ!」
「知るかぁ! あっそぶぞぉー!」
「く、くそおおおおっ!」
騒がしい二人は、佐藤さんを先頭に走っていってしまった。田中さんは今日、振り回されっぱなしなんだろうなぁ。
「えっと、俺達も……行きますか!」
「あ…………はいっ!」
二人の後を追うように、俺達は駆け出した。初々しいカップルだと通りすがる子供達に騒がれながら───。
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