第16話 私の友達はいつも頼りになるけど困る


「つ、ついに……来ちゃった」


 車、声、足音。様々な音が入り混じり、中々に騒がしい。人がポップコーンのように溢れている様を視界に入れると、この暑さと相まって私の気分が吸いとられていくような気がしてならない。

 電車に揺られ、新しい水着を買うために都会と呼ぶべき大街に遠出してきたものの、せっかくたどり着いた目の前の水着専門店に足を踏み出せない。


「沙耶ー、早く入ろうよー」


「ま、待って!」


 脚が震えてる。店員、選び方、視線───繰り返し頭で巡る単語が、私の脚をガッチリ固定しているのみたい。まるで、地面と一体化したように足が離れない。

 そんな私を見て、蓮ちゃんは「しょうがないなぁ」と言っているように優しい溜め息を吐いた。


「相変わらずだねぇ沙耶。ほら! 一緒に行こ行こー!」


「ちょ、ちょちょちょ! ま、まだ心の準備が出来て……あぁ!」


 無防備だった手を蓮ちゃんに握られ、強引に店内へ引っ張られていく。心の準備が出来ていなかったけど、握られた時の温もりのおかげか震えていた脚は止まり、地面からも足が自然と離れた。


 いつもいつも強引で滅茶苦茶だけど、頼りになるなぁ。私一人で来てたら……秒で引き返していたはずだ。今は、強引でも蓮ちゃんに感謝しないといけない。

 蓮ちゃんが一緒なら、大丈夫だ。


「ほぁぁ……」


 店内に足を踏み入れると、まるでお風呂上がりに扇風機を浴びたような感覚が全身を通して浸透していった。流れ落ちていた汗も自然と引いていくのが分かる。

 前を見ると、奥まで数えきれない数の水着が幅の広いハンガーラックに色とりどり掛かっている。まるでフルーツの盛り合わせか具を盛りに盛ったパフェのように感じた。


 ────か、可愛いのばかり。

 私の脚は、外にいた時とは嘘のように軽々と動き、水着を何着も手に取っていく。テンションが自然と上がって、今は可愛い可愛い水着にしか目がいかない。


「ど、どれも可愛い……これもいいな……こっち、かな」


「沙耶ぁ? こんなのどう?」


「んー? どんな水…………ほきょぇえっ!」


 驚くと出すいつもの奇妙な声が出てしまった。蓮ちゃんに差し出された水着を前に、後退りしてしまう。

 その水着は面積が異常に小さく、胸に生えた二つの突起とデリケートゾーンをピンポイントで隠すだけのものだった。支える紐も細く、一つ間違えれば大惨事間違いなしだ。


「な、な、なななな、なにその面積が極端に小さい水着! はわわぁ!」


「そりゃぁ、沙耶に似合いそうと思って」


「着るわけないでしょ馬鹿!」


「えぇー───でもいいのぉ? その手に持ってる地味な水着でぇ」


「ふぇっ?」


 私の手には、緑色で花柄の特に変わった所がない水着が握られている。自然と、無難な水着を私は選ぼうとしている。

 べ、別にいい! 全部可愛いけど、私が着るのはこれくらいが妥当なんだ。


「神山君」


「ふぁっ!?」


 彼の名前が出されると、胸がときめいてしょうがない。蓮ちゃんはそれを知っていつも不意に名前を言う。心臓が持たないよ!


「神山君に見せるの、本当にそれでいいのぉ?」


「えっ」


「たまには大胆にいってもいいんじゃなぁい? じゃないと───」


「…………」


 ゴクリ、と生唾を飲む。喉は鳴り、私の目は血走ってきた。

 悪魔のようないやらしい顔をさせた蓮ちゃんは、いったい何を言い出すのか。変な意味で胸が張り裂けそうです。




「飽きられちゃうよぉ! 神山君にっ!」




「あ、あ─────ああああああ試着してきまぁぁぁぁぁすっ!」


 大胆すぎる水着を蓮ちゃんから無理矢理奪い、私は試着室まで土煙を上げながら走った。カーテンもレールが吹き飛ぶんじゃないかというくらい乱暴に閉め、私は水着と向き合った。


「き、着てやるんだから!」


 カーテンの向こう側で、聞き慣れた笑い声が聞こえてくる。蓮ちゃんで間違いない。

 笑われてもいい! 私は着るんだ! 神山君にアピールするために!



「わ、私は……キルゾー!キルンダゾー!」


「あぁーはっはっは! はぁ……お腹痛い……はっはっは!」


 笑いすぎだよ! 勇気を振り絞って着ようとしているのに!


 少しすると、カーテンの隙間から別の水着が入ってきた。この手は蓮ちゃんだ。

 その水着は薄緑で統一されていて、フリルのスカートが女性らしさを存分に引き出している。子供のような可愛さもありながら、トップスの紐ビキニが大人の可愛さも演出していて、同じ女なら誰でも目移りしてしまうだろうデザインだ。



「これ……どうしたの?」


「さっきのは冗談冗談! こっちが私の選んだ水着だよ! 絶対似合うから着てみて!」


 私は、その可愛さに惚れてしまったようだ。何の躊躇もなく、素早く着替えていく。スカートや上の服を家で着替える時のように脱ぎ捨て、何も身に付けていない肌に張り付けていく。


 着替え終わった私は、カーテンをゆっくり開けた。


「ど、どう……かな?」


「おぉ……いいじゃん! 可愛い沙耶!」


「へ、変じゃないよね!? 神山君に引かれないよね!?」


「大丈夫大丈夫! その格好、普通の男の子ならメロメロでしょ!」


「め、メロメロ?」


 たまにおじさんのような古い物言いをするんだよなぁ。蓮ちゃんのお父さんに影響を受けてるんだろうけど、古すぎて少し不安になる。


 でも、この水着は凄く気に入ってしまった。とっても可愛くて、とっても優しい色をしてて……。


「それにするんでしょ? さ! 会計してご飯食べに行こ! お腹減ったよぉ」


 お見通しだったみたい。長く仲良くしていれば、そりゃ分かるよね。


 思えば、神山君と会えなくなってから、ずっと蓮ちゃんに守られてきたなぁ。

 何かあればいつも蓮ちゃんに頼っちゃって。困った時にはすぐ駆けつけてきて、馬鹿にされながらも優しくしてもらえたり。


 後ろ姿が眩しい。私は今も蓮ちゃんに頼りっぱなしだ。でも、今回だけは……きっと────。


「蓮ちゃん」


「んー?」


「私、頑張るから」


「ははっ! 勿論、応援してる!」


 よぉし! 私、神山君に振り向いてもらえるよう頑張るぞぉー! えいえいおー!




「所で、なんで蓮ちゃんと私の分で二着だけなのに、三着分の値段なの?」


「さぁ? なんででしょうねぇ?」


 この顔は…………はぁ、また何か企んでいるみたいだ。


 何事もなければいいなぁ────。

 一欠片の不安を感じながら、約束の日は直前まで近づいているのだった。

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