第10話 隣のお姉さんの友達が嵐のようで困る
「はっはっは! あんたの部屋! 面白すぎるぅ!」
「言っててくださいよ……ほんと、なんで俺はこのままにしてるのか……」
「まぁまぁ、慣れちゃうと自分では当たり前になることもあるからねー。でも、そんな頭抱えるくらいだったら、今から沙耶に言ってくれば?」
「いや……」
佐藤さんに壁のことを伝えてしまった。だって仕方ない、あれだけ追い込まれたら大抵の人は洗いざらい話してしまうはずだ。
神崎さんに言うのは……まだ、怖い。初めて顔を合わせた時から言えばよかったのに、ズルズルとそのままにしていたからややこしくなってしまったんだ。
─────今はまだ、嫌われるのが怖くてこの事実を伝えることが出来ない。
「ま、いいや。盗聴でもしてるのかと思ったからさー」
実質、盗聴に近い気がする。あ、これ俺捕まるんじゃない? 今更だけど、これ、捕まるんじゃない?
「ウチが言わなきゃ大丈夫だって! それに大家さんもこのこと知ってて放置してるんでしょ? なら平気平気! それに、あんたは変態じゃないみたいだし」
「も、勿論です! 別に変な目的があるわけじゃなくて……聞こえてきてしまうというか……」
本当に、変な気は…………無い、はず……だ。毎晩毎晩、妖艶でいやらしい寝言が聞こえてくるけども、断じて────無いっ! ……きっと。
「ははは! そんなあからさまに動揺してたら、そういうイケない目的があると思われちゃうよ?」
「─────なっ!?」
ビクッと反応してしまうと、佐藤さんはそんな俺を見て笑い転げた。指をさされ、腹を抱えて笑う様を見ていると、苛立ちが炎のように沸き上がってくるようだ。
「あー、ごめんごめん! 君面白くてさぁ。あ、それでもう一つ聞きたいんだけど」
「今度は何ですか……もう言えることは全部言って……」
「─────沙耶のこと、異性として好き?」
「───はいぃ!?」
突然何を言い出すんだこの人! そ、そんなわけない! まだまだ分からないことだらけだし、友達だし! あっちが好きなのを知っているとしても、まだ俺の答えは変わらない!
「汗流してアタフタしてるとこ悪いんだけど、さっきのあんたら見てると、カップルが行為を始める瞬間にしか見えなかったよ?」
うぐぅぉぉぉおおおおっ! この人の記憶消したい!
「あっはっは! で、どうなの?君の答えは」
俺の答えは前々から決まっている。
─────決まっていた、はずなのに。
「───分かり、ません」
「ほぉ?」
「俺は……最初、断ろうと思ってました」
「……それはどうして?」
「神崎さんを知らなかったから。初対面の人に好きだと言われても……俺の気持ちは動きません」
佐藤さんはニヤニヤしている。小悪魔のように、いやらしく憎たらしいほどに。
「なるほどねぇ……でも、今は色々沙耶のこと分かったんじゃない?壁から聞こえる情報だけじゃなく、直接触れ合ってみてさ」
そうだ。俺は神崎さんのことを色々知った。初めて会った時とは比べ物にならないほどに。
変なところ、面白いところ、弱いところ、可愛いところ、そして─────笑顔が素敵だってこと。
だからこそ、俺の今の答えは……分からない、んだ。
「はっはっは! そんなの答えじゃないよ! ま、これからどうなるか、かな……って、ヤバ! 休憩時間過ぎてる!」
さっきまでの余裕はどこにいったのか。慌てて外へ出ようとしている。
「いやね、仕事の休憩時間使ってきてたからさー。こりゃ怒られるわ。あ、そうだこれこれ」
ドアノブに手をかけながら手渡してきたのは、変哲もない紙切れだった。ん? 何か書いてるみたいだ。
「……これって、メルアド?」
「そうそう! 何かあったらいつでも連絡よこして! 一応あんたらのこと応援してるんだから、ね! あ、最後に一つ!」
「な、なんでしょう」
「沙耶の告白、待ってあげてね。いつか、絶対するはずだから」
その表情はふざけた感じではなく、真剣で、本当に神崎さんことを想っているような言い方だった。
「おっと、もう行かなきゃ! またね! 我慢出来ずにイケないことしちゃ駄目だからね?」
「しないですってば!」
「はっはっは! じゃね!」
すきま風のように入ってきて、最後には嵐のように去っていってしまった。マイペースの固まりみたいな人だ……。
「告白を待つ、か」
それは今の俺にとって、何故だか苦しいことだと感じていた。答えはまだはっきりしていないのに、どこか、ソワソワしているような───。
「……はぁ、今日はもう寝よう」
まだ夕方だけど、色々ありすぎて疲れたのか、今はなんだか寝てしまいたい。俺はベッドに倒れ込み、目を瞑った。
隣から聞こえてくる微かなテレビの音が眠気を更に助長していき、意識はゆっくりと深く深く沈んでいった────。
◇
「───なんだそいつやべぇな」
「でしょ?」
次の日、俺は田中さんに昨日のことを話した。田中さんは怪訝な表情をしている。その原因は、佐藤さんのことみたいだ。
「ま、にしても色々あったようだけど、普通に話せるようになって良かったよ。次会うのも決まったんだろ?」
「はい、次は一緒に料理を作ることに」
「いやぁ! 青春していいなぁ!」
青春なのかこれは。もしこれが青春の一ページなら、なんとも随分変わった青春日記だ。
「問題があるとすれば……佐藤ってやつか。協力してくれるとは言うみたいだが、壁の秘密を知られてしまった以上、歩く爆弾みたいなもんだろ」
おっしゃる通りだ。あの人の性格を考えると、言わないと約束してくれていても、いつか面白がって壁のことを本人にばらしたりするかもしれない。
歩く爆弾……それが一番ピッタリな例えだった。
「……そいつとは連絡先交換してるんだろ?」
「え、あ、はい」
田中さんは考え込んでしまった。相変わらず顔が怖い。沈黙が続き、空気も凍っていくような感覚だ。
しばらくすると、田中さんは口を開いた。
「────佐藤って女と会わせろ」
「…………へっ!?」
それは、アドバイスでもなんでもなく、意外で疑問が浮かぶ返答だった。
「会って、俺がビシッと余計なことはしないよう言ってやる!」
「た、田中さん!」
後光が射しているように見える田中さんは凄く頼もしく、格好よく見えた。そうか、強面の田中さんに釘を刺してもらえれば、急にバラされるなんてことはないかもしれない。
佐藤さんに連絡すると、意外にも「おっけー!」と返事が軽かった。約束は、明日の夕方になった。
「ま!俺に任せておけ!大船に乗ってると思ってなさいはっはっは!」
「田中さん!」
こうして、明日は再度佐藤さんと会うことになったのだった。
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