第9話 隣のお姉さんの友達が鋭くて辛い
「なーるほどぉ、そういうことか! はっはっは! 紛らわしいなぁもう!」
「もう……なんであんなタイミングで入ってくるのよぉ……」
「悪い、悪い!」
良からぬ瞬間を目撃されてしまったあの後、なんとか女性を捕まえ、連れてくることに成功した。
この人、普通の道じゃなく裏路地やら田んぼやらを歩いていくから、捕まえるのに相当時間がかかってしまった……。
「それで、ウチをやっと捕まえてゼーゼー言ってるこの殿方が、沙耶がす……ふごぁ!」
「だめだめだめだめっ!」
神崎さんは、咄嗟に女性の口を両手で覆った。それでも、何かを喋っているみたいだけど、神崎さんの押さえる力が強いのか、何を言っているか分からない。
「えっと、この方は神崎さんの友達……とか?」
「あ、は、はい! と、とととと、友達の……」
「ぐぁ……っと、友達の佐藤蓮華でーすっ! 寿司屋で修行してまーす!」
なんだか癖のありそうな人だな。神崎さんとは対照的で、活発な女性というイメージだ。
服装も白のTシャツにホットパンツと、シンプル且つ露出が激しく、自分に自信を持っているようだ。髪は長く、目を引くような紅色で少し気になるけど。
「寿司屋ですかぁ……さっき、神崎さんから海鮮丼をご馳走してもらえたんですけど、佐藤さんは食べたことあります? かなり美味しいですよね!」
「あぁ……あぁ……」
ん? どうしたんだろう神崎さん。冷や汗がダラダラと額から流れ落ちている。
「あー! その海鮮丼美味しかった!? 流石、私が丹精込めて作ったかいあったわぁ」
「ばっ!? 蓮ちゃんっ!」
「……あ、いっけね」
……佐藤さんが、作っ……た?
「神崎さん」
「ハイ」
「お話があります」
「ハイ」
「お呼ばれしちゃったじゃん沙耶ぁ。じゃあお邪魔だろうし、ウチはこの辺で」
「佐藤さんもですよ、こちらで座ってくださいーーーー逃がしませんよ?」
「……ひぃっ!」
二人を正座させて事の経緯を聞くと、やっぱり神崎さんが作ったものではなかった。
海鮮丼を作ろうにも、いざやってみるとやっぱり難しく、約束の日は刻々と近付いて、悩みに悩んだあげく、寿司屋で働いている佐藤さんに頼ったみたいだ。店で提供している海鮮丼を、さも自分が作ったように見せかけ、なんとかする……そういう作戦だったらしい。
台所での動きは、とりあえず適当にそれっぽく動いているだけだったという。
「はぁ……そういうことでしたか」
「ご、ごごごご、ごめ、んなっぁさいっ!」
土下座をする彼女を、佐藤さんは庇うように身を乗り出した。
「沙耶は何も悪くないって! 悪いのはウチが」
「ーーーーー少し、黙っててもらえますか?」
「……へいへい」
話がややこしくさせそうな人を黙らせ、神崎さんに向き直った。
「俺は、神崎さんの手料理を食べに来たんですよ?」
「はい……」
「例え、不味くても、俺は神崎さんが作った料理が食べたかったです。言ってたじゃないですか、魚介類を生で切らずそのまま乗せた海鮮丼を作るって。それで、見直してもらうんだって。聞いてて確かに食べるのが怖かったですけど、そっちの方が全然マシです。だって、神崎さんが作ったものなんですから」
「…………」
彼女は俯いて、何も喋らない。佐藤さんはというと、何やら首を傾げている。ま、気にしないでおこう。
「だから、今度」
「えっ?」
「ーーーーー俺と一緒に料理しましょ。出来ないなら教えます。手取り足取り教えます」
「手! 取りぃ!? 足! 取りぃ!?」
「あ、ご、ごめんなさい言葉を間違えました。とりあえず、一緒にご飯作って、一緒に美味しく食べませんか?」
彼女は顔を上げ、俺が好きな笑顔をして口を開いた。
「ーーーはいっ! お願い……しますっ! えへへ……」
「あ、さっきの件は……お互い忘れましょう……ね?」
「え! あ……はい……」
なんで残念そうなの!? ほんと、忘れてしまわないと、男として駄目になりそうだ。
「……お前ら、もう付き合ってるんじゃないの?」
「「ま、まだ付き合ってないっ!」」
ハッ、と神崎さんと目が合った。しまった……変なことを言ってしまった。お互いに顔が赤くなっていく。あっついな、くそっ!
なんだよ、まだって……。なんで俺、こんなこと口に出したんだよ……。
「じゃ、じゃあ、俺はこの辺で! では、また今度! お、お邪魔しましたー!」
「あ、は、はい!あ、ありが、とう……ございましたっ!」
逃げるように部屋を出ていき、俺は自分の部屋に戻った。
「はぁ……はぁ……何言ってんだ俺は……」
なんだか恥ずかしくて、顔の火照りが止まらない。
俺、まさか……神崎さんのこと……。
「ねぇねぇ、何してんの?」
「えっ? ーーーーって、はぁ!?」
すぐ横に、佐藤さんがいるのだ。なんで!? いつの間に入ってきた!?
「あっはは! いやいやぁ、ちょっと気になることがあって侵入してみたんだけどもねぇ」
ど、どうやって……まさか、俺が扉を開けたタイミングでヌルッと蛇のように入ってきたのか!?
「き、気になること?」
「うん、一つ聞いていい?」
さっきまでのふざけた感じはなく、目は鋭く、威圧感に押し潰されそうだ。
「ーーーーなんで沙耶が、あんたに見直してもらえるように頑張ろうとしてたことを知ってるの?」
「そ、それは……」
心臓に矢が突き刺さった感覚だ。俺の言動を見逃さないように、佐藤さんは常に矢尻をこちらに向けている。
「もう一つ聞こうかなーーーーどうして、海鮮丼は生で切らずにそのまま乗せたもので作ろうとしてたって知ってたの?」
「…………」
追い詰められていく感覚だ。どこも逃げ場はない。反論しようもない。俺はこの人に、心臓を絡めとられていくだけだ。
「沙耶は、私にしかそれを伝えていないのにね」
「え、えっと……それは」
口が震える。正直、このことは早くに神崎さんへ伝えておくべきことだったんだろう。でも、以前住んでいたおじさんの時から放置していただけに、惰性でそのままだったんだ。
俺の中で『隣から聞こえてくる声』というのは、いつの間にか、日常の一部になっていたんだ。
「ねぇ」
ーーーーっ!
玄関の扉を背にしていると、顔の横に手が飛んできた。扉に手を付き、佐藤さんは顔を近づけてくる。そして、耳元で囁くように口を開いた。
「ーーーー話しなよ、隠してること。沙耶との関係を壊したくなかったら」
「わかり、ましたよ……」
観念して、そう告げると、佐藤さんは俺から離れて兎のようにぴょんぴょん跳ねだした。
「やった! やった! 面白そうぉ!」
こいつは……二つの顔を持つ悪魔だ。俺は角の生えた恐ろしい形相の佐藤さんを浮かべながら、全てを話すことにしたのだった。
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