第5話 隣のお姉さんが話してくれなくて辛い
「で、お友達になったと」
「はい、田中さん」
田中さんは怪訝な表情をしながら、大きなため息を吐いた。
「はぁ……そこは、付き合ってください!だろ。そんな恵まれたシチュエーションで、友達になってください!ってなんだよ」
「いや、異性として好きとか、そういうんじゃないですし。それに告白を待つ側だし……」
流石に、会って数日で好意を持つなんて、俺には考えられない。ほとんど何も知らないはずなんだから。
これは好意なんかじゃない。神崎さんの笑顔を見た瞬間から、この人を知りたいと思ってしまったんだ。
「まぁ、お前らしいっちゃあお前らしいけどな。それで、彼女とはその後どうなんだよ」
「それが……」
遊園地での一件以降、俺は神崎さんと顔を合わせていない。いや、顔を合わせてくれないと言い直した方がいいかもしれない。
朝の出勤時間が被る時があり、そのタイミングで挨拶したり世間話を降るも、「うわあぁああああっ!」と奇声を上げて走り去ってしまうのだ。帰宅時もまた然り。
一応、何故こんな対応をしているのかは、毎晩毎晩耳に入ってきている神崎さんの激しい後悔の言葉と共に把握していた。
「はぁ? 男友達との接し方が分からなくて避けられてんのか?」
「えぇ……」
「それ、まさかずっと……」
「……はい、一週間前からです」
田中さんは苦悩の表情を浮かべ、頭を抱えだした。
一週間、長かったなぁ。せっかく友達になったと思ったら一方的に避けられてるんだもの。辛かったなぁ。
「田中さん、どうしたらいいんですかね」
「…………」
黙る田中さん。喋っているととても優しくて楽しいのに、黙るとやっぱり緊張感が半端ない。
しばらくの沈黙が続いた後、田中さんは縫い付けられていた糸を解すように口を開いた。
「会話をしろ」
「へっ?」
何を言い出すのかと思った。会話自体が出来ないから困っているのに。でも、謎の説得力が空気を鷲掴みにし、俺の口から反論が出てこない。
「会話、だ。会って話をする。ちゃんと、会う約束をして、ゆっくり話を出来る環境を作るんだ」
「と……言いますと」
「まず、お前はまだ嫌われていない。というか、恥ずかしくなるくらい彼女はお前にゾッコンみたいだからな」
言う通り、俺はまだ好意を持たれている。友達になったとはいえ、彼女の気持ちは変わらない。勿論、俺の答えも。
「だから、どこか一緒に出掛ける約束を取り付ければ、彼女に予定がない限り必ず来てくれるはずだ」
まさか、また会う約束を取り付けろ……と?
「勘づいたか? そう、また休みの日に二人で会え!今度はゆっくり出来る場所で、たくさん会話が出来る環境でな。彼女に自分を慣れさすんだ」
どうだっ! という誇らしげな表情を余所に、俺は自分の世界に入り込むように考えた。そうだ、会話がゆっくり出来る環境じゃないと、彼女の性格上、突拍子もない朝や夜の世間話なんて出来る訳がない。
自分に慣れてもらうためにも、二人っきりで時間をかけてお話するんだ。
なんで俺はこんな簡単なことに気付かなかったんだろうか。よし、今夜さっそくお茶の誘いをしてみよう。
「で、場所はどうしたらいいですか田中さん」
「そんなもんはなぁ……自分で考えろ馬鹿!」
「あだっ!」
田中チョップを頂いてしまった。そうだよな、場所くらいは自分が決めまいと。
でも、どこがいいかなんてさっぱり分からない!
色々考えている内、仕事も終わり、いつの間にか神崎さんの部屋の前まで着いてしまった。
「やっぱり……止めとこうかな」
なんだか気持ちが震え、緊張し出しているのが体全体で分かった。
そりゃそうだ。女性にお茶の誘いをするなんてしたことがない。友達だとしても、緊張するものは緊張するんだ。
でもここで止めたら、このままの関係性が続くだろう。そんなのーーーー嫌だ。
ーーーーーピンポーン。
緊張を更に加速させる音が鳴り響く。すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「は、はぁーい」
こんな夜更けに男が立っていたらストーカーと間違われるだろうか。いや、又は追い出された同姓中の彼氏……とか。
なんて馬鹿なことを考えていると、ゆっくりと扉が開いた。
「あ、こんばんわ神崎さん。実はちょっと」
ーーーーバタンッ!
俺の顔を見た瞬間、凄まじい早さで扉を閉められてしまった。
俺まだ挨拶しかしてないんだけど! そんなに話したくないですか!
はぁ……もう、扉越しでもいいか。
「そのままでいいんで、聞いてください。えっと……今度の休み、二人でお茶行きませんか?」
ガタッと扉が揺れる。ポルターガイスト現象だと思っておこう。
「せっかく友達になれたのに、最近全然話せてないから、少しでも話したいなぁって思って」
扉にかかる震動は尋常じゃないくらいだ。まるでその扉だけ地震が起こっているような。
「駄目……ですかね?」
……しばらく沈黙が続いた。扉も動きが止まっている。
もうこれは駄目だってことかな。そう思い部屋に戻ろうとすると、ゆっくりと彼女の部屋の扉が開いた。
「え、えっと……行きたいです……おはな、し……したい! …………です」
彼女は上目遣いでこちらを見ている。チラチラと目線を合わせたり合わせなかったりと、なんだか落ち着かない様子だ。
「そ、そうですか。うん、俺も神崎さんとお話したいです」
「ふぁぁあ」
彼女の震えが脚から頭にかけて伝わっていき、体も火照っているのか少し離れていても熱い。
「じゃあ、また後で日時や場所伝えますね。それじゃあ、おやすみなさ……」
「ま、待って!」
「えっ」
不意に手首を掴まれてしまった。見ると、神崎さんは涙目でプルプルと震えながら俺の目を真っ直ぐ見ている。
「ぜっ、たい! 会います! 会って、お話……します!」
その決意に満ちたような目は、怖れも緊張もなくて、ただただ、宝石のように綺麗だと感じた。
「えっと……ーーーーーに、にー!」
両手の人差し指で口角を上げた無理矢理な笑顔は、不器用ながら可愛くて、友達として受け入れてもらえた時の笑顔を思い出した。
頑張ってる、か。観覧車の中での会話が、頭の中で甦った。
「はい、俺も楽しみにしてます。……にー!」
互いに顔を赤くさせながら、俺達は今度ゆっくり話せるという期待感と高揚感を胸に、部屋に戻った。
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