第4話 隣のお姉さんの笑顔が眩しくて辛い
「はぁ……俺はなんでこんなところにいるんだか」
俺は今、遊園地にいる。神崎さんと会うため、入口前で待ち合わせをし、一時間程待っている。別に彼女が遅れているわけじゃない、俺がわざと早く来たのだ。一緒に出ると気まずいから。
にしても、昨日神崎さんに言い放った言葉がきっかけで、こんなところに来るはめに……。
「……まさかのオーケーだったしなぁ」
自分でなんであんなこと言い出したのか分からない。勝手に口から出ていたんだ、止めようがない。
気を失った神崎さんを介抱していると、突然上半身だけ起き上がり、「ああああした、やすぅうみなんでっ!いき、ま……すっ!」と言って、また気を失うというなんとも奇想天外な行動を見せてきた。
その結果、昨日は仕事に遅刻して田中さんに叱られてしまった。神崎さんも遅刻したらしい。
勿論直接聞いたわけじゃない、夜に隣から聞こえてきたのだ。俺とデートをすることにもずっと騒いでたっけな。うるさくてまた眠れないかと思った。
ま、今日は特にやることもなかったし、遊園地でゆっくり過ごすのもありかもしれない。とんでもないオプションがついているが。
「────あ、ああああ、あのっ!」
「はい? ……おっと」
後ろから声がして振り返ると、神崎さんその人だ。
見ると、昨日のだらしない姿やスーツを着た堅苦しい姿とは程遠く、華々しくも落ち着いた印象の姿だった。
毛先にカールがかかりゆるふわな髪、白を基調とした花柄のワンピース、その上に羽織られた翡翠色のニット、どれもが神崎さんを彩っている。小さめの茶色のブーツに白のバッグが、更に良さを引き出している。
不覚にも、俺の心は暖かなそよ風に当てられたように微かに揺れてしまった。
「え、えっと……」
俺は言うべき言葉を頭でフル回転させて選択していく。だって女性の服装を褒めるなんてしたことないんだから。
別に無理して言う必要はない。でも、俺は言いたかった。
心から、素直に────。
「────可愛い、ですね」
「…………ふぇっ!?」
出会い頭に褒めたせいか、一瞬硬直し、頭から湯沸し器のように大量の湯気が立ち上った。顔は火照り、力が抜けているように見える。
って、また力抜けて倒れそうなんですが!
「危ないっ!」
俺は咄嗟に神崎さんを受け止めるように抱き抱えた。危ない危ない、地面のあるところで倒れたら怪我するわ。
「あっ、あっ、あぁあっ!」
「神崎さん落ち着いて!」
恥ずかしさからか暴れだす神崎さんを俺はなんとか止める。落ち着かせるためにとりあえず中に入り、入口近くのベンチで寝かせた。
世話が焼けるよほんと。
「………………」
ありゃ、また気失ってる。せっかく遊園地来たってのに、これじゃしばらくここで待機かな。
空を見上げる。なんとなく、ここから見る空は見覚えがあった。
「思い出した……あの時だ」
小さい頃、俺は家族に連れられてこの遊園地に遊びに来た。初めての遊園地で見るもの全てが新鮮で、ひたすら夢中だったっけ。
でも確か、夕方になって俺は迷子になったんだ。薄暗くて、叫んでも両親は出てこなくて、泣いて泣いて自分じゃどうすることも出来なかったんだ。
そんな時、誰かが助けてくれた気がする。名前は覚えてないし、姿や顔も記憶の中だと真っ黒な人になっている。
「あの時助けてくれた子、元気にしてるかなぁ」
流れ行く雲を見つめながら、俺は届くはずのない安否を祈った。きっと、元気にやってくれてるはずだ。
「……にしても、まだ起きないな」
あれから二十分くらい経過しているけど、神崎さんはまだ目が覚めていない。
「大人しくしていれば、とっても可愛いお姉さんなんだけどな」
どうして、こんな可愛くて綺麗な人が俺のことを好きになったんだろう。
きっかけなんて知る由がない。本人から直接聞くにも、まずは告白されてからになるんだろうし。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれる。いい加減、告白して楽になればいいのに
でも、もし断れば、神崎さん悲しい顔をするのかな────。
「って、何考えてんだ俺……」
俺は断る。そう決めたんだ。
でも、一度でいいから、彼女の笑顔が見たいと思ってしまった。
「んぅ……あ、れ……」
やっと、眠り姫の目覚めの時間ってところかな。
「起きました? 急に倒れるからビックリしたんですよ?」
「ぁあぁぁあああっ……す、すいま、せん……」
まだボーっとしてるみたいだな。なんだか頭がふらついてまた倒れそうだ。
「神崎さん、今日はもう止めておきましょう」
「……えっ……」
当然だ。こんな状態で色々見て回ったら、何が起こるか分からない。特にジェットコースターなんてものはもってのほかだ。
「……でも」
それでも、せっかく来たんだから、何かは乗りたかった。神崎さんもいるんだ、どうせなら二人で乗るようなものがいい。
「あれだけ、乗りませんか?」
指をさしたのは、この遊園地の中でも一番大きいと呼ばれる観覧車。これに乗って、後は帰ろう。
「のりっ……たい、ですっ!」
「は、はい、の、乗りましょう」
突然前のめりに顔を近づけてきた。その後はハッとしてすぐ「すいませえぇえぇんっ!」と言いながら顔を両手で覆い隠してしまった。
そんな神崎さんを連れ、俺達は観覧車に乗り込んだ。少しすると動きだし、間もなくてっぺんだ。
……そう、もう天辺なのだ。それまで何も会話がないからあっという間に天辺なのだ。
「…………」
「……あ、あのー……」
「…………」
「ははは……はぁ……」
ずっとこの調子なんだ! 俯いたままどんな返答にも答えず! 胃が痛い。こんなに沈黙が続くと、軽い拷問に感じてしまう。
「えぇっと……神山、くん」
「えっ! あ、は、はい」
突然話しかけられて、驚いてしまった。なんだか緊張してしまう。
「わた、し、ね? きょく、どの……上がり症……なの」
「そう……なんですか」
なんとなく気付いてはいた。だから、こういう人なんだって割りきっていた部分もあった。でも、まさか自分から言ってくるなんて。
「うん……でも、ね。負けないように、いつ、も、いつも! がんばって……る」
「…………」
「この、前からごめん……ね? 迷惑ばかり……かけ、て……」
俺は自然と笑顔になっていた。
「謝らないでください」
「えっ?」
神崎さんは顔を上げた。目を赤くして、隠れて泣いていたみたいだ。
「確かに、この前から色々と大変でしたが、別にもう気にしてませんよ。ほら、こうして一緒に観覧車まで乗ってるんですから」
観覧車は揺れる。天辺を過ぎたようだ。あとは下に着くまで時間は残り少ない。
「ご、ごめんなさ、い……」
「駄目だ」
「っ!?」
大声を上げた。何故なら、彼女はまた、俯き出して自分の殻に閉じ籠りかけていたからだ。
「謝る必要なんてないですよ。こっち見て、笑ってください。にーって!」
「に、にー?」
「そう! にー! って……あ、顔釣った……いだだ」
普段こんなあからさまな笑顔しないから、筋肉が慣れてないのか釣ってしまった。痛い、しばらく安静に……。
「ぷっ……」
「ん?」
「────ふふふふ……おかしい……ぷっ、ふふっ!」
やっと、笑った顔を見れた。
花びらが舞うように華やかで、見ていると心が暖かくなっていく。自然な笑顔が、俺の胸を激しく揺らした。
────もっと、この笑顔が見たい。
「神崎、さん」
「あ! え、えっと、な、なんでしょう」
告白ってのは、こんなにも緊張するんだな。口からなかなか出てこない。
「変なこと言うんですけど……俺、貴女のことが知りたくなりました。俺と……」
「ふぇっ!?」
俺にとって、これは告白と同じだ。例え誰がなんと言おうと、人生初の告白に違いないんだ。
「────俺と、友達になってください」
「とも、だち……」
神崎さんは俺の目を見つめている。何かに驚いたように目を見開いて。そして、ゆっくりと口を開けた。
「────はいっ」
この日、俺達はなんともぎこちない不思議な友達関係になったのだった。
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