第2話 隣のお姉さんがシャイすぎて辛い
「おぉーい、どうした神山ぁー、呆けた顔してー」
「へ? あ! 結婚はお断りさせていただきます!」
「なーに言ってんだ馬鹿」
いだっ。変なことを言って田中さんにチョップを頂いてしまった。今朝の一件が頭から離れず、仕事に支障が……くっ。
田中さんは俺の働いているコンビニで一番の古株だ。赤髪で強面だけど、面倒見が良く、俺のことも弟のように慕ってくれる。そう、俺にとって兄貴分みたいな人だ。
「何かあったんか? 俺で良ければ相談しろよ」
「それが、ですね……」
事の経緯を説明すると、田中さんは腹を抱えて笑い出した。
「ははははっ! なんだよその人面白いなぁ! それにお前の部屋ヤバすぎだろっ!」
「笑い事じゃないですよ! 俺は真剣に悩んでるんですから……」
結局、今朝はトマトのように顔を赤くさせた神崎さんが猛スピードで部屋から出ていって、進展などまったくなかった。本当に、嵐に襲われた気分な朝だった……。
「ま、お前に惚れてるのは間違いないとして……どうするよ、お前の答えは」
「そんなの……ノーですよ」
「お前! 勿体ないなぁ……前から童貞だの彼女出来ないだの言ってたじゃねぇか」
「そ、それを言わないでくださいよ! ……確かに悩んでましたけど、俺だってちゃんと相手を知らないとイエスまでいかないっすよ」
当然だ。相手を知らないと、突然告白されたって、付き合う答えには到底ならないだろ。
「まったくお前は真面目だねぇ。ま、そこが良いところでもあるんだが、な!」
「ちょちょ! 頭わしゃわしゃしないで下さいよ!」
「はっはっは! ま、断るにしても、彼女の告白をちゃんと待ってやれよ? 女にもプライドってのがあるんだから、よ」
「───はいっ!」
やっぱり田中さんは頼りになるなぁ。よし、告白されるまでしっかり待つことにしよう。その時が来るまで、断る答えは胸にしまっておこう。
そして、バイトも終わり、俺は部屋の前まで着いた。
「……まだ帰ってない、か」
神崎さんの部屋の扉を思わず見てしまった。物音はせず、まだ帰宅していないことが分かる。
「ま、いっか。さて、今朝から疲れたし、今夜はさっさと夕飯を食べて寝て……え?」
不意に、ドアノブを握る右手首を横から掴まれた。
見ると────神崎さんだった。
「ど、どうしまし……た?」
苦笑いでこの場は切り抜けよう。この状況、どうしたらいいのか分かりません!
ドアノブを回そうとするも、握られる手は力強く、まったく回すことが出来ない。
彼女は今朝のように俯き、沈黙中だ。
「あのぉ……神崎、さん?」
「ああ、あのぉおっ!」
「は、はい!」
喋った、やっと。いったいなんだろう、何を言い出すんだろう。本来男だったらこの状況は期待しかないと思うが、俺は絶賛不安しかない。
「……こ、ここここ、これぇえっ!」
乱暴に目の前に出されたのは、この辺で美味しいと評判のケーキ屋の紙袋だった。
「えっと……これは?」
「う、うううう受け取ってくださぁあああいっ!」
「はぃぃいいいいい!」
と、絶叫に近い声で言われたので、俺も思わず絶叫で返してしまった。
「し、し、しつれぇいしますっ!」
そう言うと、風のように自室へ入っていった。ほんと、突風のように去ったな。
俺は部屋に入り、いつも通りご飯を食べてシャワーを浴びて寝床に着いた。時間はもうすぐ日付が変わりそうだ。
「ケーキ、美味しかったなぁ」
久しぶりにケーキを食べたなぁ。色とりどりのミニケーキが入っていて、どれもこれも舌が唸る程美味しかった。
ちゃんとお礼言わないとな。今夜はとにかくもう遅い。寝てしまおう。
俺は睡魔に身を委ねながら、ゆっくりと目を瞑った。
「うにゃぁあぁあああああっ!」
!? なんだいったい!
昨夜と同じく、隣からだ。いったい今度はどうしたというのか。
「ま、まさか色々通り越して、け、けけけけ結婚なんて申し込むなんてぇ」
あぁ、あれは驚いた。いきなり馬乗りにされて、結婚してくださーい、だもんな。心臓が張り裂けそうになったわ。
「お詫びのケーキ食べてくれたかな? ……んもう、気になるぅぅっ!」
しっかり食べましたよ。一つ残らずペロリと。食べ過ぎて少し胃もたれがあるけども。
これはお詫びのつもりだったのか。まぁ、別に悪い気はしてないから、ここまでしてくれなくて大丈夫だったけど。
「あぁ……好きだなぁ……年下なはずなのに、私、好きでしょうがなくなってる」
聞いてて気恥ずかしい! にしても、なんで俺のことが好きなんだろうか。会ったことは無いはずだけど。
「よ、よし! 明日こそ普通に挨拶! 下向かない! 逃げない! 笑顔!」
そうです、笑顔で真っ直ぐ見てもらえれば俺は疑心と恐怖心を持たなくて済みます!
彼女はかなり恥ずかしがり屋なのだろう。そういう人はどこにでもいる。また明日、変な絡み方されても、普通に話そう。
「そろそろ寝ないと……」
俺も寝ないと、明日のバイトに遅れてしまう。
彼女の寝息が聞こえてくると同時に、俺の意識はゆっくり途絶えていった。
「んっ、あっ……かみや、まくんっ」
…………。
「だ、め……だよ……そんなっ……」
………………。
「そ、んな、おおきい、もの……はいらな、い……」
───うわぁぁああああっ! なんて夢見てんだあの人! あぁ、もうこれじゃ全然寝れな……。
「おにく、おおき、い……えへへぇ……」
お、お肉?
「も、もうたべられないよかみやまくぅん、えへへぇ……」
────寝よう。
勘違いで熱でも出そうだが、俺は冷静に眠りについた。
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