俺のことが好きな隣のシャイすぎるお姉さんがいつまでたっても告白してこない
緑乃鴉
第1話 隣のお姉さんから好き好き言われて辛い
……聞こえる。隣から聞こえる生々しい生活音が。
大家も言っていたが、俺の住むアパートの一室は壁がかなり薄い。そのせいか、隣の出す音がほぼそのまま伝わってくる。
でも、今夜はそうでもない。微かな物音とテレビの音が聞こえるだけだ。
「今日はそんなに音がしないな」
以前はいかにもうるさそうな中年おじさんが住んでいて、物音は大きいわ独り言は愚痴ばかりでたまったもんじゃなかった。
それが今夜は落ち着いている。これなら、明日のバイトのためにゆっくり寝られそうだ。
「やっと、ゆっくり眠れるんだな」
そういえば、昨日隣に越してきた人がいたらしいな。名前は確か……神崎さん、だったか。
ま、いいか。うるさくないことは良いことだ。今度挨拶するとして、今夜は早く寝てしまおう。
目を瞑ると、たちまち睡魔がやってきて、深い眠りについた。
「……やま、君」
───ん? なんだ、何か聞こえる。隣からか?
時計を見ると、午前二時を越えようとしている。勘弁してくれよなんなんだこんな時間に。
少し気になった俺は、寝惚けながらも隣の壁に耳を当てた。
「───神山君、好き。大好き」
「ふぇっ!?」
すっとんきょうな声が出てしまった。慌てて俺は両手で口を塞いだ。
かみやまって……俺のこと、だよな。えっ、俺のことが? 好き?
いやいやいやいやいや! ありえないありえない。俺と神崎さんに接点がないし、まだ挨拶も交わしてないし。
念のため、もう一度耳を当ててみよう。きっと、間違いなはずなんだ。
「神山君っ! 好きっ!」
──────っ!
心臓が止まりかけた。まるで耳元で突然大声を発せられたのかと感じるくらい近い距離で言われたようだった。
それに、愛の告白ときたもんだ。
これは、返事をしなければいけないのか? だが一回も顔を合わせていないのに……告白されるってどういうことなんだ?
ま、まぁいいか。男として、しっかり返事はしないとな。
勿論答えは──────ノーだ。
「あ、あのっ……」
「あぁー! やっぱり駄目かぁ……」
えっ? 俺まだ何も言ってないんだけど。
「こんな直球じゃあ、今の子には届かないよねえ……はぁーぁ」
今の子……あ、俺のことか? いや待て、もしかしたら別の神山さんで、その人が想い人なのかもしれない。うん、きっとそうだ。それか今時の子って意味だろうか。
「隣に住んでる神山剣君……どうしたら好きって伝えられるかな」
あぁ、間違いない。俺のことだ。紛れもなく、一片の狂いもなく、俺だ。
「明日、挨拶しないといけないけど……なんて言ったらいいかなぁ」
そんなの普通でいい。無難な挨拶で十分だ。
「おはようございます! 私、隣に越してきた神崎沙耶といいます! これからよろしくお願いしますね! では、仕事行ってきます!」
そうそう、そんな感じ……って俺は何を言ってるんだか。
どうやら、壁が薄いのに気付いていないようだ。大家さん何も言わないからなぁ……。
「よし! こんな感じで行こう! ふぅわぁーぁあ……そろそろ寝よ」
俺もいい加減寝ないと。まさかお隣さんが、俺のことを、ねぇ……結局返事言いそびれたし。
今夜は寝よう。一時、このことは忘れてぐっすりと。
「んん……」
…………。
「すきぃ……だいだいだぁいすきぃ……えへへぇ……」
─────こんなん眠れるかぁぁあっ!
結局、隣のことが気になりすぎて一睡も出来ず翌朝を迎えてしまった。
「あぁ……目がショボショボする」
あれだけ好き好き言われながら寝たら、誰だってこうなる。洗面所で鏡を見ると、クマが目下に大きくついている。これじゃパンダと間違われてもおかしくない。
「駄目だ、気合いいれなきゃ」
これからバイトだ。時計を見ると、午前六時と表示されている。とりあえず顔を洗って、少しでも気分入れ換えるか。昨日のことは忘れよう。
眠気を振り払おうとした時、チャイムの音が鳴り響いた。
こんな朝っぱらからなんだ。あぁ……分かった新聞の勧誘だ。いつもいつもしつこいんだこれが。よし、ここは心を鬼にして追い返さなければ。
俺は寝巻きのまま荒々しく玄関の扉を開けた。
「どちらさま? 新聞の勧誘ならことわっ……て……」
……スーツを着た、女性?
ずっと俯いたまま、何も言わない。沈黙が続き、ただただ時間が流れていくだけ。
もしかして、隣の神崎さん……か?
────昨夜の出来事が脳裏を駆け巡る。いかんいかん、頬が緩む。
まさか……練習してた挨拶、か?
「あのぉ……もしかして隣に越してきた、神崎……さん?」
ピクッと肩が動いた。どうやら神崎さんで合ってるらしい。
正直、ずっと黙ったままいられると少し怖い。昨日練習してたじゃないか……。悪いけど、こっちから挨拶をしちゃって扉を閉めてしまおう。
「おはようございます神崎さん、自分神山って言います。これからよろしくお願いしますね」
よし、あとは扉を閉め─────っ!?
彼女は信じられない早さで扉に手をかけてきた。見かけによらず怪力なのか、男の俺が扉を閉めようにも微動だにしない。
「えっ、ちょ、ちょぉおおおっ!?」
不意に彼女は踏み込み、俺にのしかかってきた。突然のことで俺は体勢を崩し、倒れてしまった。まさか大の男が女性に押し倒されてしまうとは……。神崎さんに馬乗りにされ、身動きが取れなくなってしまった。
セミロングの綺麗な髪から漂うシャンプーの香りが鼻を優しく刺激する。神崎さんは俺のことが好き……何故かそのワードだけが脳で暴れている。心臓も徐々に鼓動が早くなっていくのが分かる。
「神山……君」
「え、あ、は、はい!」
まさか……告白か!? 挨拶すっ飛ばして告白か!?
待て、心の準備が出来ていない。急に告白されてもどうすることも出来ない。顔が火照り出し、まるで顔だけ火がついているよう。
「……ぁ」
彼女の麗しい唇がゆっくりと開いていく。その様はとても魅力的で、男の俺の心は揺れ動く。
いや、負けるな俺。怯むな俺。しっかりと断んなきゃいけないだろ! ……よし。いつでも来い。告白してこい。
「神山、君」
さぁ、来るんだ。俺の答えは決まっている。さぁ、勇気を出して俺に好きって伝えるんだ!─────さぁ!
「──────わ、わわわわたしとけえっこんしてくだしゃいっ!」
「……へ?」
まさかの交際より上位の告白と言えてない舌足らずな喋りで、沈黙は更に加速した。
これが、俺と神崎さんの最初の出会いとなったのだった。
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