第四章 - 願望の蔭
家に帰って晩飯を食べた後もすることがなく、ただベッドの上でゴロゴロと転がっていた。親に
「七海の顔写真を見たいんだけど」
って言っても、どうせ聞こえない振りか泣き崩れて後々めんどうな事になるだろう。実際本当に姉(もしくは妹)がいるという確証はないのだが、周囲の人間がそう言っているから気になりはしていた。逆に完璧な人間を気にならない人なんているのだろうか。Twitterを起動しては消してを繰り返す。そうか、ツイ歴を見れば思い出せるかもしれない。
>飯食った
>疲れた
>腹痛い
>おやすみ
数日前の自分を殴りたい。結局何もわからず四肢を投げ出し天井一点を見つめていた。またモヤがかかった文が脳裏をよぎった。
――XXXX、XXたXXXXXXX。
唯一たの文字だけがパズルのピースのように埋まった。だがその分血の気が引いてめまいが起きた。僕を困惑させるたった十四文字の文。考えるのも嫌になり目を閉じた。全ての神経をカットすると浮遊感が身体全体を支配した。
アラームで目が覚めて一階へ降りた。リビングには親と七海が朝食を終えたところだった。
「おはよーお兄ちゃん。早くしないと置いてくよー」
「お兄ちゃんって呼び方いい加減辞めろよ。
「ふへへ。からかってるだけじゃんー。学校では呼ばないから大丈夫」
「迷惑なんだよ」
全く。七海は小学校低学年から精神年齢が歳をとっていない。憎たらしいほどに。その顔に拳を一発ぶちかましてやりたい。
「もう準備したから。はい、行くぞ」
「涼太ー、朝ごはんはー?」
「いらない。外でてきとうに食う」
「ちゃんと食べなよー?」
「分かってるから……!!」
めんどくさい。本当にめんどくさい。心配してくれるのは良いけど自分のことは自分が一番わかってるんだよ。しつこいな。どいつもこいつも。
学校指定のカバンを肩にかけて靴に踵を入れる。トントンとつま先で地面を二回蹴り、巻き込まれたズボンの裾を引っ張りあげる。俺は身体的に成長していない。ちょっと悲しい。七海も立ち上がりスカートをヒラヒラさせた。長い
「お兄ちゃん……?」
――ピピピッピピピッ。
さっきの出来事が脳裏に焦げつきなかなか身体を起こせなかった。クロック時計の秒針が毎秒刻む音がする。窓の外からカラスや鳩の鳴き声が聴こえてきた。
「夢……か……」
ベッドから立ち上がり扉を開け、おぼつかない脚で階段を降りた。顔が洗いたくなり洗面所に向かった。鏡の前に立って自分の顔を見た。
泣いていた。
胸が苦しいとかじゃないし、しんどくもない。ただ、無意味の涙が頬を何度も伝っていた。なんて顔してんだ、自分。朝から憂鬱で精神的にも疲労が溜まっていた。恐らく昨日、あまり覚えていないクラスで一日過ごしたからだろう。と、言っても大体は思い出したし午後はなんの困難も無かった。朝食を終え制服の裾に腕を通す。
――X▹∨N、&Xた^X∥XmNX。
「うぅ……」
不意打ちだった。頭を抑えそうになったが手を止めた。文字がバグって怒声、笑い声、男女の声、曇り声、叫び声が聞こえる。目のピントが合わず呼吸が怪しくなってきた。
「涼太ー、もう学校行く時間だよー」
「……んー」
母さんの声で現実に引き戻された。何もかもが嫌になった僕は無言でカバンを持ち玄関の扉を開けた。
雨が降っていて登校するのが大変だった。横切った車に雨水にかけられそうになったが歩幅を合わせて回避した。唯一避けされないのがこのジメジメした暑さで、首の後ろあたりに一滴の汗が滴った。正門を通り傘をたたみ廊下を通って古い教室の扉を開ける。クラスの雰囲気はいつもより落ち着いていた。まあ死人が出たわけだからそうなるのも仕方がない。たった一人なのに凄い影響力だ。それほどみんなから親しまれていたのだろう。
「おー、お前いつの間に来てたんだ。学校馴れたか?」
隼人は、事故に遭ってから初めて学校へ行った時に一番に声をかけてくれた友人だ。もし声をかけられなかったら孤立かイジりの対象となっていただろう。
「あぁ。隼人のおかげでクラスのことも思い出せたよ。ありがとう」
「そんな照れくさいこと言うなよ! 恥ずかしいじゃねーか!」
こいつ、軽いな。けどこれは本心であって嘘じゃない。隼人には感謝している。何か恩を返さなくてはいけない。
こんな僕でも許せないものはある。七海を殺めた犯人だ。僕の家族が殺されたんだ。奴は今も捕まらず怯えて逃げているか、もしくは愉快犯だろう。記憶が戻って蓮の高ぶった気持ちが分かった。僕には何の力もないが、どうにかして捕まえ、社会的制裁を与えてやる。今、そう決めた。
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