第28話 休日は忙しいのです

 店も閉まるころなので自宅側の食堂へ通してもらった。その前にフィリアとヨーデラさんには帰って貰ったので問題はない。

 案内されてやってきたのはぱっと見た感じ少し幼く見える少年で、肩にかかる位の紫色の髪の毛を1つにまとめている。椅子に腰掛けると少年は1枚の紙を机の上に置いた。


「…あっ!」


 その紙は商人ギルドに貼ってもらっていた従業員依頼の用紙だった。


「初めまして。アストロンと申します。」


 軽く頭を下げながら名前を名乗ったアストロンの目は髪の毛と同じ紫色をしており、とても綺麗だった。ついつい見とれてしまったのは仕方がないと思う。


「えーと…男の子であってるかな?」

「はい、よく間違われますが男です。今日はこの店で販売担当の従業員として雇っていただきたく、やってきました。」

「じゃあ軽くテストしてもらうね。」


 以前シルメリアにやってもらったものと同じ形で試してみると、シルメリアよりもよく出来ていた。というか早い。


「問題ないみたいだね。」

「じゃあ雇ってもらえますか?」

「うん、もちろん。というか歓迎するよ。」

「あのっ住み込み希望なんですけどまだ入れますでしょうか?」

「ルーナ。まだ部屋空いてたよね?」

「はい、1部屋空いています。」


 呼ばれたルーナが突然天井から降りてきた。なんでそんなとこから出てきたかは謎だ。


「え…うわっ」

「驚かせてごめんね。精霊だからどっからでも出て来るんだよ。」

「……精霊がいるのですかこの家は。」

「精霊苦手ですか?」

「あ、いや…大丈夫です!」


 少しあわてた様子でアストロは両手をぶんぶんと振っている。


「明日は店が休日なのでその間に準備をしてきてください。」

「わかりました。荷物をまとめたら明日きます。」


 帰っていくアストロを目で追っていると、採取に行っていたアルタ、エルザ、チサトが帰って来た。ちょうど扉の所ですれ違ったので顔ぐらいは確認しただろう。


「ただいまー」

「今の誰?」

「………」


 アルタとエルザはまだ余裕がありそうだがチサトが妙に疲れているみたいだ。2人の後からどうにかついてきているレベルだ。


「おかえり。今のは明日からここに来る子でアストロだよ。販売担当ね。それよりチサトはどうしたの?」

「…ああ。シルメリアがこき使っていいって言うからしっかり働いてもらっただけ…なんだけど…」

「ふふっ…スキル便利よね。」


 まあ便利だろうけど一応この国の王子様だよ…次期国王様ってことなんだけど…エルザに言っても無駄かな。


 少しだけアルタは困った顔をしているがエルザは少しも気にした様子がない。


「まあ…チサトしっかり休んでね。」

「食事すませたら早めに寝るわ…」




▽▽▽▽▽




《ケイエイノシヨウヲヨウキュウシマス》


 ……ああ、すっかり忘れてた。提出してもらった書類見ながら『経営』で給料割る振ってみるんだったよ。


 どうやらみんなの仕事状況の書類がそろったようで、教えてくれたようだ。ポチは仕事部屋へ行くと書類を手にし、『経営』を使用した。この書類の中には勤務状況以外に店の売り上げも3日間分ルーナが記録してくれている。


 パラパラパラ…と紙が踊るように宙に浮くと再び手元に戻ってきた。どうやらスキルの使用が終わったようだ…


「……?」


 終わった…んだよね?それでどうすればいいんだ??


 首をひねりつつ書類を眺めていると、何やら扉の向こうが騒がしくなってきた。


「ポチいるー?」


 軽くノックをしてからアルタが入ってきた。その後ろにはエルザもいるようだ。


「2人ともどうしたの?」

「これよこれっ」


 2人の手には封筒が握られていた。それぞれの名前と給料、そして働いた日数とが書かれている。


「部屋にいたらいきなり目の前に出てきたのよ。」

「私も同じ。」

「これって今回の3日分の給料よね…金額的に。」


《キュウリョウガジドウハイフサレマシタ》


「あーどうやら『経営』使うと配布されるみたい。」

「いきなりだったから驚いちゃって…教えてくれればよかったのに。」

「いや、俺も知らなかったし…」

「ポチはどっか抜けてるというからしいというか…ふふ。」


 どことなく楽しそうな顔をしているが、実際のところエルザはいつも何を考えているかわからないからこわい。この間のお風呂騒動とかも結局うやむやになったままだ。


「あの~主様。食事できました。」


 どうやら食事が出来たようだ。エルザが何か言い出す前にさっさと食事に行ったほうがよさそうだ。


 2人を追い出すかのようにそろって食堂へ向かう。食堂へ入るとすでにみんなそろっていてポチたちが最後だったようだ。


「ポチ君給料ありがとう。」

「ソーマさんはいきなり目の前に出てきても驚かないんですね。」

「ああ、スキルを使うと聞いていたからね。」


 なるほど知っていたから驚かなかったと言うことか。じゃあ他の人も知っていたからと言うことなのかな。


 そんなことを考えていると目の前に食事が並びだした。今日のスープはやけに赤くすごく目に付いた。


「ルーナ…この赤いスープは何?」

「えーと…肉やら野菜やらを甘辛く煮たもの…名前は知りません。」

「ああうん。そうじゃなくて、辛そうだったから香辛料とかどうしたのかなーと。」


 前香辛料を頼まれたときポチは入手することが出来なかった。それから買い物を頼まれていないので追加はされていないはずだ。


「あー…エレノア様が分けてくれましたけど?」


 ああああああっそういえば最初あったころ妙に辛いものとか食べさせられたっけ!


 そのことを思い出したらついついスープをじっと見つめてしまった。


「主様の記憶から作ってますので多分大丈夫ですけど…」

「もしそれがエレノアの作った料理の記憶だったら…かなり辛い、よ?」

「大丈夫だろう…そんなたまたま一度食べたものにあたることもないだろう?」


 そういうとチサトは気にせず料理を口に運んだ。他のみんなはその様子を見ながら警戒しているようだ。


「……げふっ」


 どうやら辛かったらしくあわてて水を飲んでいる。スープは明日にでも改良して出してもらうことにしてみんなは別のものを食べることにした。




▽▽▽▽▽




「なあ…なんでここから城にいくんだ?」


 以前シルメリアと城へ忍び込んだときに来た蔦が巻きつかれた建物の前に来ている。今日はポチ、シルメリア、チサトの3人で城へ顔を出すことになっていた。


「いきなり正面から行ったら騒ぎになってしまうからですよ。」

「そういえばまだ兄が見つかったと言う報告もできてないんだったよね。」

「はい、今日直接済ませてしまおうかと思って。」


 そういうとシルメリアはセレーネを呼び出した。相変わらずやってくるのがすばやくメイド服を着たセレーネが目の前にあわられた。


「おかえりなさい、主。…あら?」


 セレーネはチサトの顔を見るとすぐに気がついたようだ。実際のところ精霊が人を顔で判断しているのかどうかは知らないが。それでも口には出さずそのままシルメリアの指示に従い、3人は前回と同じように人目をさけ、シルメリアの部屋にたどり着いた。


「セレーネは昔からいたけどこんなことが出来たんだな…」

「兄上が知らなくて当然です。母から受け取ったのは私ですからね。…じゃあセレーネ父を呼んできて。」

「わかりました。」


 頭を下げたセレーネはすぐに行動を始めた。それほど時間がたたないうちに外から人が歩いてくる音がする。気のせいか足音が多い気がする。


「リアちゃーんっ」


 勢いよく部屋に入ってきた女性がシルメリアに抱きついてくる。丁度ベッドの前にいたのでそのまま2人はベッドに倒れこんだ。


「ちょ…母様っ」

「もぉ~すぐ勝手に遊び歩くんだから一体誰に似たのかしら…」

「それはお前だろうが…」


 咳払いをしながら部屋に入ってきた男性はシルメリアの父でこの国の王様だ。王妃様のほうはその発言に少し頬を膨らませている。


「ん~~ところでポチちゃんは…どっちかしら?」


 部屋に他に男が2人いることに気がついた王妃はポチとチサトを見る。


「初めまして王妃様。ポチといいます。」


 ポチは気持ち丁寧に名前を名乗ると頭を下げた。目を輝かせながらポチを下から上までじっと見つめる。


「まああなたがリアちゃんのっ…じゃあこちらの方は?」

「ああそうだ父様母様。こちら探していた兄のエルディカートです。」


 もう1人の男…チサトをシルメリアが紹介すると王様と王妃様はまじまじとチサトを眺める。立ち上がった王妃がチサトの背後に回ると、


「セレーネ、腕を押さえて。」


とセレーネにチサトの腕を押さえさ、おもむろに背後からチサトの服をまくった。


「…なにしてんだよ!」

「まあ、本当にカートなのね…」


 そういうと王妃はチサトの背中に触れた。一体何があるのだろうと気になったポチは覗き込むと、その背中には右から左へ走る大きな傷跡が見えた。大分薄くなっているがまだどうにか見える。


「傷跡…ですか?」

「ええそうなのっカートったら木登り失敗して大怪我してね、これはその跡なのよ~」


 ニコニコとしながら傷跡を撫でる王妃は嬉しそうだ。


「無事でよかった…だが、なぜ生きているなら帰ってこなかった。」

「父様そのことで話があって連れて来たのです。」


 シルメリアはチサトとあった経緯と呪いの事を話した。王様も王妃様も特に顔色に変化もなく最後まで話を聞いていた。話が終わると王様と王妃様は顔を合わせ頷いている。


「今回は短言の呪いか…」

「問題はそっちではないようだけど…」


 チラリと2人はチサトを見てため息をついている。呪いについては驚いていないようだ。


「驚かないんですか?」

「ああ、実はこれは王族の試練なのだよ。ポチとらやは巻き込んですまなかったな。」

「はぁ…試練ですか?」

「呪いを掛けられ10年無事に生き抜きここまで戻れれば問題はないのだが…」

「そうね…ちょーっとばかり作法とか言葉遣いとか勉強しなおしですかしらね。」


 どうやら一部の人しか知らないことらしく、チサト本人やシルメリアは知らないことだったようだ。


「あの…じゃあ私の婚約の話とかはいったい…」

「それは別件じゃな。もしエルディカートが戻らなかったときの保険でもあったが。期限もかなりぎりぎりだったしの。」

「カートはこれから鍛えなおしね~」

「……は?」


 パチンと王妃が指を鳴らすと扉から数人人がやってきた。どうやらチサトは鍛えなおすためここから出られなくなりそうだ。


「えっ…ちょっ…うそだろ?」


 半ば引きずられながらチサトは扉の向こうへと連行されていった。その向こうでなにやら叫んでいる声が聞こえてくるがそれも次第に聞こえなくなる。


「王族の試練とか大変なんですね…じゃあ森で見たドラゴンけしかけてきたのも試練だったのかな?」

「ドラゴン…?いやいやそれは流石にあるわけが…」


 王様にそのときのことを詳しく話すと顔は真っ青になっていた。チサトが死に掛けていたのだそれで驚かなかったら親じゃないだろう。


「一度森を調査したほうがよさそうだな…」


 一言そういうと王様は人を呼び急がしそうにその場を去っていった。きっとこれからその調査や話し合いをするのだろう。

 それから城があわただしくなったのでポチは帰ることになった。その帰り道ついでに不動産屋によって家の残りの代金をすべて払い驚かれたが、まあどうでもいい話だ。

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