第27話 オーバーブースト

 ◇◇◇ レアス地下1階 ◇◇◇


 今日はフィリアのレベル上げも兼ねてダンジョン地下1階に来ている。店の手伝いを少しやった後、アルタとエルザそれとチサトが森へ採取に行くようにお願いしてある。とりあえず森は奥へ進み過ぎないようにだけ言ってあるので大丈夫だろう。念のためにその周辺でノームに採取しつつ様子を見てもらっている。


「私は何をすればいいのかな?」

「そうだな…エレノアはフィリアちゃんが殴ったスライムに追撃を入れてくれ。」

「ちゃんとかやめてください…」

「なんて呼べばいいのかな?」

「フィリアでいいです。」


 珍しく今日はエレノアも一緒に来たので手伝ってもらう。


「倒しちゃっていいの?」

「うん、最初のうちは1回殴っただけじゃ倒せないから攻撃受ける前に倒してあげて。」

「なるほど、わかったわ。」

「あの…今日はよろしくお願いします!」


 フィリアが頭を下げている。手に持った武器が少しだけ重そうだ。刃物を振り回すのは危ないと言うことで即席でだが鉄パイプを作って渡してある。空洞がある分重くないはずだが、身長と同じぐらいの鉄パイプは流石にバランスが悪かったようだ。


「一応襲ってくるモンスターはいないけど、他の人がいるときもあるから気をつけてね。」


 エレノアとフィリアは通路でスライムを相手にしてもらう。ポチは一人ボス部屋で乱獲だ。荷物が持てなくなったら一度合流することになっている。


 まあ少し様子見てからいくか。


 恐る恐るスライムに近づき、フィリアはスライムに向けて鉄パイプを振り上げる。


「え…え~いっ」


 ゆっくりと振り下ろされた鉄パイプの先にはすでにスライムはいなく、地面に浅く鉄パイプが刺さった。


「あ、あれ…?」


 目を閉じていたのかフィリアは恐る恐る状態を確認している。


「あたらないです…」

「まずはしっかり相手を見ないとね。」

「は、はいっ」


 今度は目を閉じずしっかりとスライムを見ているようだ。


「……んっ」


 モンスターとはいえ生き物を殴ることに抵抗があるようだ。少しだけ腰が引けている。次はちゃんとスライムに鉄パイプがあたり、それを確認したエレノアがナイフで止めを刺す。やはりエレノアもスライムくらいだと弓は使わないようだ。


 鑑定をこまめにかけながら3匹ほど狩ると1レベル上がっていた。



   名前:フィリア・レイラント

   性別:女

   年齢:9

   職業:商人(使用人メイド)  


  レベル:3

   体力:42

   魔力:41/41


    力:35

   速さ:40

   知力:65

    運:-29

物理防御力:22

魔法防御力:38


固有スキル:体術強化オーバーブースト

   称号:不運を持って生まれたもの



 これだけ力が上がればもうスライムは1撃で倒せるだろう。それにしても問題は運だ…1レベル上がって1増えただけか。このままのペースだとレベルが30になるまで0になることがないだろうな…


「予定変更しようか。」

「変更ですか?」

「?」

「このまま3人でボス部屋までいく。道中は各自殲滅して、最後にポイズンスライムを倒す。もう少しレベルが上がるまでフィリアはキノコノコに手をだしたらだめだからね?で、これを周回しよう。」


 まずはフィリアが1人でスライムが倒せるかを確認する。武器が違うので多少火力が違う。ポチが1人で倒せたころと同じレベルでも狩れるかの確認だけは必要だ。

 数匹殴るのを見届けるとどうやら問題ないようだ。このまま狩りながら奥へと進む。




▽▽▽▽▽




「わ…ここ広いです…」


 ボス部屋に着いた。フィリアは広い部屋をキョロキョロと「眺めている。今までの通路と違う広さに驚いているようだ。


「この部屋のモンスターを全部倒すとボス『ポイズンスライム』が出てくるからね。それでこのポイズンスライムをフィリアに倒してもらおうと思う。」

「ボスを…ですか?」

「あー確かにそのほうが早くレベルが上がるね。」


 足止めをするから危険がないと教えると、少し戸惑いながらもフィリアは納得してくれたようだ。エレノアもアルタと同じ職持ちなので『レインアロー』で周りを片付けてもらう。


「そろそろ出てくるよ。」

「は、はいっ」

「足止めするまで手を出さないでね。」


 少し待つとポイズンスライムが出てきた。毎回思うがボスはどうやって出てきているのだろうか?

 ポチは『練成』で身動きが出来ない背の高い檻を作る。背を高くしたのは鉄パイプを振るためのスペースだ。


「そうだオーバーブーストを使ってみようか?」

「おーばーぶーすと?」

「うん、フィリアの固有スキルだよ。スキルを使うぞって思いながら使えば使えるよ。」

「…『オーバーブースト!』」


 薄っすらと青い光がフィリアの体に纏わりついた。


「わわっ」

「大丈夫見た感じスキル発動中は光ってるみたいだね。そのまま鉄パイプを檻の間に入れて殴ってみて。」

「う、うん……えいっ」


 驚いた…オーバーブースト状態だとポイズンスライムが1撃だ。エレノアも驚いたらしくアイテムを拾っていた手が止まっている。


「…ふぇ?」

「足止めいらなそうだね…」


 ここまで倒してきたスライムと今のポイズンスライムで一気にレベルが上がったみたいだ。



   名前:フィリア・レイラント

   性別:女

   年齢:9

   職業:商人(使用人メイド)  


  レベル:6

   体力:96(+30)

   魔力:65/75(+30)


    力:70(+30)

   速さ:91(+30)

   知力:78(+30)

    運:-26(+30)

物理防御力:55(+30)

魔法防御力:68(+30)


固有スキル:体術強化オーバーブースト

   称号:不運を持って生まれたもの



 やっぱり運は1づつ上がっているようだ。というかこの状態だと運がプラスになっている…もしかしたらこの状態で料理すればいいのではないか?まあ検証は帰ってからだ。


「よし、これを後2セットやったら今日は引き上げようか。」

「は、はいっ」


 ここからは早かった。オーバーブーストが思ったより長く続いていたので、殲滅速度が上がっていた。


 5分くらいか…?5分じゃ料理には使えないか…いや、魔力が足りていれば連続使用すれば…


 ポイズンスライムのたびにオーバーブーストを使用してもらい、魔力を確認して見ていると3匹目を倒したときに効果がすぐに切れてしまった。どうやら魔力が切れてしまったようだ。


「あ…あれぇ~目がまわるぅ~~…」

「魔力切れみたいだね。アイテム回収次第帰ろう。」

「ふぁいい~~…」


 ふらついているフィリアをその場に座らせ、ポチとエレノアはアイテム回収を急ぐ。それが終わるとポチはフィリアを背負いダンジョンを後にした。




▽▽▽▽▽




「フィリア!」


 家に戻るとヨーデラさんが来ていた。背中に背負われた様子を見て驚いたようだ。


「こ、これは一体…」

「ただの魔力切れです。休めば回復しますよ。」

「そうか…」

「おじぃさま、ただいまぁ~…」


 フィリアの無事を確認するとヨーデラさんはルーナの作ったおやつを食べるのを再開していた。


 …何してるんだこの人?


「今日の戻る時間とか言ってなかったですけど…ヨーデラさんはなぜこんな時間に?」

「送り出したのはいいけど流石に心配になってね…この年でダンジョンに足を運ぶのもあれでね、ここでまたせてもらっていたんですよ。」


 なるほど。


「おじぃさま…おやつなら私が作りますのに…」

「……ふぐぉっ」


 ヨーデラさんが驚いてむせている。あわててルーナが水を持ってきてくれた。


「ふぅ~ありがとう…いやいやフィリア今日は疲れているだろう、またにしないか?」

「でもただの魔力切れです…」


 チラリとフィリアがポチのほうに視線を送った。どうしても今日の変化を試したいようだ。


「じゃあこれを飲んでください。」


 ポチはストレージから魔力ポーションを取り出してフィリアに渡した。1本も飲めばふらつきは改善される。魔力ポーションを受け取ったフィリアは嬉しそうに飲み干した。


「ありがとうございます…これでおやつ作れますね?…ね?」


 にっこりと笑うフィリアがなぜか少し怖い。ヨーデラさんが気のせいか少し震えている。


「フィリア、折角だから少し効果確認のため同じものを2つ作って欲しいんだけど。まずは今の状態で作ったものと、それと…」


 テーブルの上に魔力ポーションを20本ほど取り出して並べる。次々と出てくるので思わずじっとフィリアはその様子を見つめていた。


「オーバーブースト状態を維持して調理したものの2種類を。」

「オーバーブーストですか…?」

「うん、使用中はねステータスが全部+30されているみたいだから…あ、そうかステータス増加剤も2種飲もうか。そうすると…-22に+30で8…この2倍で16…さらに3倍で…48か。」

「???」

「えーとね、今のままで運が-22。オーバーブースト状態だと8。増加剤Sで16。その上から増加剤S+で運が48になるんだ。まあ…途中でオーバーブーストが切れちゃうと数値が変わっちゃうから切れる前にかけなおしになるけどね。」

「とりあえず言われたように飲んでみればいいの?」

「うん、試してみて。」


 それほど時間もかからず今ある材料で出来るものということで、以前エレノアに教えたクレープをルーナからフィリアに教えながら作ることになった。作るのは小さめなもので中身はシンプルに砂糖とバターのみだ。試食をするのはヨーデラさんとポチそれと一緒にいたのでエレノアにもお願いする。


「私も食べるの…?」

「まだフィリアの料理食べたことないだろ?」

「そうだけど…話は聞いてたから少しどきどきするわね!」


 最初に出てくるのは確実においしくないのになんでエレノアはこんなに嬉しそうなんだ…あれか、怖いものみたさってやつ?


 少し待つとクレープを焼くいい匂いがしだした。


「おまたせ…です。」


 自身なさげにフィリアがクレープを持ってきた。とりあえず見ていても始まらないのでポチは口に運んだ。


 …うん。材料も見た目も普通なのになんでこの味なんだろう。弾力があって中々噛み切れなく、飲み込むのもためらわれる味をしているのだが…


 これでも昨日よりましなあたりがすごいところだ。とりあえず気分が悪くなることはないようだ。ヨーデラさんもエレノアも食べながら難しい顔をしているところを見ると似たような感想なんだろう。


「…昨日より上手になっているよ。」


 ヨーデラさんがどうにか口を開いた。きっと精一杯の褒め言葉なんだろう。


 納得できない顔をしながら再びフィリアは厨房へ消えた。次はオーバーブースト状態のものを作るのだろう。運が8の状態になるのでとりあえずマイナスはなくなる。焼く匂いがしはじめたのでもう少しで出てくるだろう。


「オーバーブーストで作ったやつ…」


 それだけ言うとクレープをテーブルに並べて少し離れている。見た目は先ほどとそれほど変わらない。でも一口食べると違いがすぐわかった。


「あ…やわらかくなってる。」


 うん、たしかにやわらかくなった。でも味は食べられるけどおいしくはないというくらいだ。なるほど…運が0以下じゃなければどうにかなるようだ。


「こ…この改善はすごいことだ…!」

「おいしい…?」

「フィリアすごい上手に出来ているよ!」


 ヨーデラさんが1人で涙を流しながら盛り上がっているが、フィリアはおいしいといってもらえず嬉しくなさそうだ。

 しぶしぶとまた厨房に戻っていく。

 今度は最後の増加剤2種追加して作るやつになる。運は48。ポチがエレノアにクレープを教えたときとさほど差がないくらいだ。これを基準に考えると普通においしく出来るはずだ。


「………」


 出来上がったクレープを無言でフィリアがテーブルに並べた。少し疲れが見えるようだ。


 さて…これでどうだろうか。


 みんな一斉にクレープを口に運んだ。


「これは…」

「びっくりしました!」

「~~~フィリアッ」

「な、なに…?」


 ヨーデラさんが1人興奮してフィリアに抱きついた。


 まあそれは置いといて…これは驚いた。おいしく出来ている。というかすごくおいしいわけではなく、普通においしいと言う感じだ。


「感動してしまった…すごくおいしいよ。」


 そのヨーデラさんの言葉にフィリアの顔に笑顔が浮かんだ。


「あのっ…スキルなしでこのくらいまで運を上げたいっ…です!」

「スキルなしか…ん~オーバーブーストありで8だからそこまでってことだよね。」

「はいっ…まずはそこが目標です!」

「大体40レベルまで上げるってことだよね…」

「40…えーとレベルとかよくわからなくて…」


 少し困った顔をしてヨーデラさんに視線を送る。


「フィリア…商人がレベルを上げるのはスキルのために最低20。これでも戦闘職を持たない人には大変なんだ…スキルを全部取るためには30いるがまあこれはなくても問題はない。料理のためにフィリアは40までがんばるのかい?」

「……うんっだってそこまで上げて、やっと人に食べさせられる物になるのなら…やるしかっ」


 目をキラキラとさせフィリアはやる気に満ち溢れていた。一つ問題があるとすればまだ9歳という若さだろうか。この年齢では1人でダンジョンに行ったり外に出ることが出来ない。チラリと今度はヨーデラさんがこちらに視線を送る。


「…手伝い。ということで雇いましょうか?」

「いいのっ?」

「手伝いだから給料もそれほどだせないけど…」

「お金はいらない!」

「働くいじょうそれはだめだよフィリア…」

「う…そうなの?」

「だからちゃんと受けとること。」


 大きく頷きながらフィリアはすごく嬉しそうな顔をしている。


「それでいいですかヨーデラさん。」

「本人が決めたのならしかたがない…ここでレベルを上げつつ商人として鍛えてもらおうか。」


 ヨーデラさんのお許しも出たことにより、今まで大人しかったのがうそのように子供らしく飛び跳ねて喜んだ。


「主様、お客様です。」


 いつの間にか隣に立っていたルーナが店の方に客がきていることを教えてくれた。そろそろ日も傾き始めているこんな時間に一体誰がきたのだろうか…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る