第22話 初めての休日

 ポチの薬屋さんを開店して初めての休日。今日のみんなの予定は特に決まっていない。それぞれがやりたいことをやってすごすはずだ。ポチはいつものように朝食堂にいくとほとんどの人が席についていた。まだ数日であるが、この時間に食事に降りてくるのが習慣になりつつあるようだ。今ここにいないのはどうやらエルザのようだ。まあ、納得。


「ねえ、ポチ今日はなにする予定なの?」

「今日はちょっと前から決まってて用事があるんだ。」

「あら、残念。私エルザとレベル上げ行くからポチもどうかなと思ったんだけど、先約あるならしかたないか。」

「うん、また今度いこう。」


 アルタには悪いが今日の用事は4日前シルメリアとした約束。そのために一緒にシルメリアの家にいくことになっている。


「私とエレノアは宿の修繕を頼みにいってきますね。」

「えっ私もいくの?」

「折角の機会だから、のちのために一緒に連れて行ったほうがいいと思ってね。」


 たしかにまた壊れない保障はないし、きっとエレノアが宿継ぐんだろうしな。エルフは長生きだからいつになるのかわからないのが問題か…


「…シルメリア?」


 さっきからろくに食事をせず手元をじっと見続けている。


「どしたの??」

「いえ…ちょっと考え事を…」

「ふーん…話してくれたら相談乗るけど?」

「はい、そのときはよろしくお願いしますね。」


 弱々しくだがどうにか笑顔をアルタに向けた。余程今日のことを気にしているようだ。

 

 その内容次第ではみんなに話すことになるだろうが、まあ結局家まで行ってみないとわからないのだろうな。


「あ、そうだ。今日の夕方採取担当としてチサトが来てくれることになったからよろしくね。」

「……誰?」

「開店初日に1番に来てくれた人だよ。」

「あー…チラッとしか見なかったので。」


 そうか、他のみんなは一緒に食事したけどシルメリアだけは開店初日に見た程度なのか。じゃあ名前いってもわかるわけないな。

 

 結局エルザはみんなの食事が終わるころになっても起きてこなかった。後でアルタが起こすそうだから任せておけばいいだろう。


「さて、シルメリア君の家はこの町にあるのかな?」


 ポチはシルメリアとそろって家から出ると、まずは家がどこにあるか確認した。頷きながらシルメリアは北のほうを指差した。地図を開き確認すると、北のほうにある人が住んでいる建物はどうやら貴族のようだ。さらにその奥、一番北には王城がある。


「しっかり地図見たことなかったけどここ国の王様が住んでいたのか…で、北ってことは…」


 チラリとシルメリアのほうを見ると申し訳なさそうな顔をしている。

 

 すごくいやな予感しかしない…北に行くというだけでどう考えても普通の事情じゃないだろ。家柄の問題か…


「えーと…せめて服装だけでもちゃんとしたほうがよさそうだね。」


 今ポチが着ているのはこの世界に来たときの服のままだ。白いTシャツに青い長ズボン。店に出ているときにはこれに水色のエプロンをつけていた。


 うん…どう考えてもこのままじゃまずいね!せめて商人として最低限の服装くらいにはしておこう…


 再び地図を広げ店を探す。貴族街のほうにも店はあるようだが、そもそもこの服装じゃ貴族街に入れてもらえないだろう。中央の通りにある商店街の中から服を扱っている店を探すとどうやら3軒ほどあるようだ。一番近いのはここから少し南にあり、ポチの店と反対側の並びのほうに立っていた。


「表から見てもやっぱわからないね。」


 店の外から眺めていたがどんな服を扱っているのか見てもわからなかった。2人はとりあえず中に入ることにした。どうやらここは仕立て屋さんのようで、完成した服よりも布地をそのまま並べられてる量のほうが多く、ここから着れるサイズで探すとなると厳しいだろう。まあいつかここでちゃんと合うサイズを作ってもらうことにしてすぐに次の店に向かった。


 次の店はポチの店より少し北西。さっきの店でもうわかったが、外から見ていてもわからないのでさっさと店に入る。普通にいろんなサイズの服を取り扱っている店のようだ。適当に手に取り眺める。


 うん、サイズが合わない…まあデザインも微妙だが。


「聞いたほうが早いかもっ」


 シルメリアは店員を見つけるとすぐ声を掛けに向かった。なにやら2人で話をしているらしい。チラリとたまにこちらを見ている。話が終わると店員は一度奥に行き、手に何か持ってきた。


「失礼します。ちょっとサイズ確認しますね。」


 店員は手に持っていた紐のようなものでポチの腕や足、腰周りを紐で測りだした。どうやらメジャーのようなもののようだ。


「このサイズだと…このあたりになりますかね。」


 お礼を言うと案内された場所で服を物色する。いろんな形の服があるがその中から無難なものをえらぶ。紺色のパリッとした長ズボンと白いカッターシャツに似た形の服に、ズボンと近い色で少しだけ模様の入ったベストだ。


「…少し物足りないきもしますがひとまずいいと思いますっ」

「じゃあこれでいいや…」


 そのまま着ていくことにし、お会計を済ますとシルメリアはポチを頭から足元まで眺めた。


「あとは靴ですね。」

「あー靴か…そういえばぼろぼろだね。」


 靴も地図で探しこれは2つ用意した。普段はいているのが酷かったからだ。今からはくのはデザインのいいもので動きやすさは無視されていた。動きやすそうな靴は普段吐くのに使おうとストレージにしまった。


「ん…まずこれで貴族街入れると思います。特に酷い服装や怪しい動きとかしなければ通るだけなら誰でも通れますしね。」


 今までの服装が余程酷かったようだ。まあよれよれだったしな…


 この世界になれるのに必死で服装まで気が回っていなかったポチは、自分の服装を見るとすっかりこの世界の住人って感じだなーと少し思った。


「じゃあいこうか。」

「うん…あっ少しまって。」


 シルメリアは周りをキョロキョロすると人のいない建物の影にポチも引っ張って連れて行った。


「?」

「私もこのままじゃ通れないから…」


 そういえば耳と尻尾がついている。そのままでは家には帰れないだろう。耳と尻尾を外しストレージにしまうと『練成』を使用し、服の形を変化させた。今まで町娘みたいな服装だったのがあっという間に貴族のお嬢様に見える服装に変わった。


「こんなもんかな…まあ元に戻しただけなんだけどね。」


 耳と尻尾…そうか偽者だったっけねそれ。お風呂で一度見ちゃっただけだからすっかり忘れて…


「……っ」


 うわあああ…お風呂とか今思い出したらいかんだろ!


 顔が熱くなるのを感じながらポチは軽く視線をそらした。


「んーっ操作しないでいいのは楽だわー。ねえポチ店長変じゃないかしら??」

「…大丈夫。」

「ちゃんとこっち見て言って欲しいんだけど…尻尾無しとかお風呂くらいだから今じゃ逆に…あ…」


 シルメリアも思い出したのか頬を押さえだした。


「ままま、まさかそのときのこと思い出し…やあぁ~~忘れてぇ~」


 なぜかシルメリアはポチの両目を隠した。


 シルメリアさん…そんなことしても記憶はなんともなりませんっ逆に恥ずかしいからやめてください!




▽▽▽▽▽




 ひとしきり騒いだ後2人はやっと落ち着きを取り戻し、目的のために歩き出した。服装は問題なくあっさりと貴族街へ入ることが出来た。


「それでシルメリアの家はどこかな…」

「まだ先よ。」


 …まだ先?


 真っ直ぐと歩いて進んできたが、貴族街も中ほどを通過したところだ。これよりもっと北になると目の前にあるのは城になる。城壁の1つ手前の道を右に折れた。どうやら城へ向かっていたわけではないようだ。ポチは軽く胸を撫で下ろすとシルメリアが立ち止まったことに気がついた。


「…ん?ここ??」


 目の前には大きさはあるがあまり手入れのされていない建物がある。蔦とか巻きついて人が住んでいるようには見えない。


「違うわよっ」


 違ったようだ。シルメリアはキョロキョロと周りを見るとその門をくぐった。ポチは首を傾げる。違うといったのにその敷地に入っていくからだ。中に入ると門に寄り添うように塀に背を向けている。


「セレーネ。」

「おかえりなさい、主。」


 シルメリアの隣に少し大人びた女性が現れた。メイド服を着ている。突然現れたところをみるとどうやら精霊のようだ。


「もしかして精霊…?」

「質問はすべて後。ポチ店長は必要以上に今から口を開かないで。セレーネ、安全ルート確保。部屋まで案内して。」

「はい…では、こちらに。」


 よくわからないが、知りたければ黙ってついてこいということだろうか?


 壁伝いに少し歩くとセレーネが壁に手を当てる。すると壁が口を開いた。トンネルのように壁に出入り口が開いているのだ。そこをさっさとシルメリアはくぐる。ポチも後についてくぐると最後にセレーネがくぐり穴を閉じた。くぐった先は門から少し離れた城壁の前。同じようにセレーネが城壁にトンネルを作る。


 え…城に入るの??


 2人はさっさと城壁に開いた穴から中へ入っていく。置いてかれたらまずいので、ポチもあわてて続いた。この後も人がいないところを通り大きく回りながら何度も穴をくぐり、2階の奥のほうにある1つの部屋についた。


「防音結界を。」


 部屋に入ってすぐセレーネに指示を出す。シルメリアはしばらく無言だ。少しすると部屋の扉のすぐ横の壁をゴンゴンと叩き始める。


「ん…大丈夫見たいね。」


 ため息を1つつくとベッドに座り込んだ。


「…シルメリア、そろそろ説明もらえるかな?」

「ん…じゃあ話すね。」


 話し始めるとセレーネはどこかに消えた。その間もシルメリアは順番に話を進め、それが終わるころセレーネが丁度お茶を机に並べ始めた。お茶の準備のために席を外していたらしい。


「……こんなところかな。驚いた?」


 話を整理すると、シルメリアの名前はシルメリア・オブ・アリストテレス。アリストテレス王国の第1王女で継承権第2位。兄がいるそうなのだが現在行方不明。それによりもしものためにとシルメリアに結婚の話が来たらしく、それがイヤでここを飛び出し自立しようとしたということだ。

 普段からセレーネに手伝ってもらい何度も町に繰り出していたので、脱出するのはお手の物。ただ働かなくてはならず、ポチの店に来たらしい。

 セレーネは母親から受け取ったこの城の精霊で、自由に動きまわり自分のために母親も役立てていたらしい。


「兄が見つからないからって跡取りを生ませるためにとか…」


 これは酷い。まるでシルメリアが道具のようじゃないか…


「……アリストテレスって名前だったんだねこの国。」

「え…そこーーっ気にするのそこなのっ?」

「いや、王女様だって言うのも驚いたけど…なんていっていいのかわからなくて。」


 シルメリアは目に涙をため俯きかげんだ。自分の体を抱きしめるようにし、何かをこらえているようだ。


「私だって国のためなら仕方がないとは思うけど…でもあったこともない人と話す機会もなく、いきなり結婚なんて…しかもっ20も年上なの!」

「そういえば…」


 先ほどまで黙っていたセレーネが口を開いた。


「4日後結婚相手が顔を出しにくるらしいですよ。」

「なに…それ…私結婚するなんていってないよ!」

「はい、身代わりしてた私も一切口は聞いていません。突然言い出しました。」


 身代わり…?


「…セレーネ。私になって父を呼んできて…」

「わかりました。」


 1つ返事でセレーネの姿がシルメリアに変わった。今部屋にはシルメリアが2人いる。精霊は小さくなったり消えたり出来るのだから別の姿にもなれるのだろう。


コンコン


 セレーネが部屋を出て少しすると部屋がノックされた。防音結界ははずされているのだろう。


「どうぞ…セレーネ。防音結界。」


 すぐさま防音結界を張りなおした。部屋に入ってきたのは30代半ばくらいに見える男性で、シルメリアの父親、つまり国王様だ。


「シルメリア…話ならここじゃなくても…ん?そいつは誰だ…」


 すっとポチの前にシルメリアがたち塞ぐ。


「父様。なぜ結婚を急ぐのです?兄は見つかるかもしれないのですよ…」

「10年も見つからんのだ生きているかもわからんだろう…それよりそいつだ!」

「父様!」


 シルメリアはクルリと向きを変えるとポチの腕にしがみついた。そのまま父親のほうに向き直り、


「こちらはポチ。私はこの方と結婚します!」

「「は?」」


 ポチと父親がはもった。


「何を勝手な…」

「勝手なのは父様ですっそれにポチとは…いっ…一緒にお風呂に入った仲ですの!」

「「なっ」」


 再びポチと父親がはもる。


 ちょっとーーーーっ何言ってくれちゃってるのっ


「ポチ…とやら…それは本当なのか?」

「うそいってどうするのよっこんな状態の娘を他に嫁になんて出せないでしょう?」

「お前は黙りなさい。で、どうなのかね?」


 鋭い眼光がポチを射抜く。さらに赤い顔をし、潤んだ目でシルメリアがポチをじっと見つめる。


「はぁ…事故…みたいなものですがうそではありません…」

「そうか…正直にありがとう。先方には断りを入れておくよ。」

「……!じゃあ結婚しなくていいのね?」

「今は…だ。」


 それだけ言うと父親は部屋から出て行った。ひとまず決まっていた結婚の話が白紙に戻ったようでシルメリアは安堵した。そのままへなへなと崩れていったところをあわててポチが支えようと手を伸ばす。


「ちょ…大丈夫シルメ…」


 ポチの軸になっていた足にセレーネがわざと足を掛けるとポチがバランスを崩した。


「リア…?」


 支えようとしたポチまで一緒に倒れこみ気がついたときには2人の唇が重なっていた。状況が理解できず2人の時は少しの間止まったかのようだった。


「あら…私はお邪魔虫?」


 セレーネの言葉であわてて離れた2人は真っ赤な顔で目もあわせず無言のまま座り込んでいた。


 な…なっ何でこうなったーーーーっ


 思考が停止し状況が飲み込めない。というか考えようとしても思い出すと熱暴走した機械のようにうまく言葉がまとまらない。それはシルメリアも同じようで座り込んだままたまにポチをチラリと見るだけで立ち上がらない。


……………

………

……


「帰ろうかな…」


 やっとのことで2人が動き出したころには日が暮れ始めていた。

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