杜撰な管理人

俺たちが住んでいる街に変化が訪れた。

どういうわけか木製の円柱に羽を生やしたみたいな感じのオブジェクトが所々に通学路にある。不健康な人間の血液のような少し濁った赤色をしている。試しに触ってみたが手に血液のようなものは付かなかった。


「村山っ…!」

「え、そんなバカな…」


そのオブジェクトは人類にとって大きな脅威となった。


「15分…3km」

「いや何かの間違いだ!必ず道はあるはずだ!」






とにかく邪魔。設置する場所考えろよ。

とてもじゃないが自転車の運転など危なくて出来ない。

俺は澤部と一緒に自転車で登校していたのだが歩道や横断歩道の真ん中にも平気で設置されているものだから思わずため息が出る。

自転車が通れるスペースがほとんどないので渋々自転車を押して登校する。

よく考えたらさすがにこの異常な状況で先生も遅刻を咎めはしないだろう。

「そんなことよりこれなんだよ! 気味が悪い! よくそんな冷静でいられるな! 」

澤部がそう言う気持ちも分かるが道路の真ん中に得体の知れない物体があったらまず邪魔だと思うのが普通だと俺は思う。俺がおかしいのだろうか。


学校内に先生はほとんどいないようだった。どうやら、設置者は「鉄道」というものを知らないらしく、線路上にまでトーテムが設置されていたらしい。

電車が止まれば大半の先生は通勤できない。

しばらくするとスマホからいきなり音楽が流れ始めた。電源は切ったつもりだったが先生が来てから鳴った場合かなりめんどうなので早めに気づいてよかった。


と思えば教室の生徒全員のスマホからも同様に同じ音楽が流れていた。

刹那、いかにも中二病患っていますという感じの男がスマホの画面に映る。

気味が悪いので電源を切ろうとしたが何度やっても切れない。

「電源切れないなら間をとってスクショ撮っとこ」

とどこからか聞こえてくる。なんの間だ。音楽が止まり中嶋が喋りだした。



「今、私は日本中のスマホをジャックしてこのように話している。皆さんは既に日本中のあらゆるところにトーテムポールが設置されていることに気づいただろう。あのトーテムポールに10秒以上手をかざしていた者はトーテムポールに命を奪われる。ただし、1度誰かの命を奪ったトーテムポールは緑色に変わりそれに30秒間手をかざしていた者はそいつの余命分、そいつが生きるはずだった分寿命が伸びる。」


当たり前かもしれないが、真面目にこの話を聞く者などいるわけもなく教室内はスクリーンショットの音で満たされる。

文章だけで見るとこいつは真面目そうだがかなりおどけた口調や態度で鼻につく。

「ただし」の部分を歌舞伎っぽく伸ばして言ったり絶対そこじゃないだろというところにアクセントを持ってきていたりもしている。



「また、緑のトーテムポールの効果は1度きりだ。効果を発揮したトーテムポールはまた元の赤色に戻る。あと、事故とか飢餓とかそういうことが起きたら普通に死ぬから気をつけてくれ。あくまで普通に生きた場合だからな。」


こいつの話をまとめると身代わりを差し出せばその代わりに身代わりとなった者の寿命分だけ誰か一人が長生きできるといった所だ。


「マジで疲れた」

「あれ建設したやつに勝訴して絶対「しゃりょうやラーメン」食いに行ってやる!」

「お前固有名詞好きだな」



「このトーテムポールは今後、人類にとって大きな脅威となるだろう」


最後の一言はかなりおどけた口調で言っていたが設置場所の雑さにより既に充分、通勤、通学の脅威になっていることに気づいて欲しい。



放課後様子でも見に行くかと思っていたら案の定、1時間後には死者が発見された。

これにより先生達にトーテムポールに近づいたり誰かに触らせたりする者がいないか監視されながら下校。今日の授業は中止となった。

『死者』と表現されているのは死体が残っていなかったかららしい。その後、友達と肝試しのノリでトーテムポールに触りに行った人間が

「なんかよくわからないけどそいつの体の周りに光の粒子みたいなのが出てきてそれで気づいたら……」

と証言していた。

その人間は、現実を受け入れられていないのかとても興奮気味だった。しかし、表情を窺うとどこか嬉しそうで、テレビの取材を受けられた喜びが友人への心配をどう見ても上回っているみたいで久しぶりに腹が立った。

ああいう奴に限って大体あって間もない奴に「親友だよな」などと言っているところを俺は何度も見たことがある。そして、何故か、ああいう奴に限って人気者だ。もし俺のところに「人気者になりたい」という類の相談が来たら恐らく俺は間違いなく

「まず、個性を捨ててキツイ部活入って適当に綺麗事言っとけ。あと大人しそうなやつでも見下しとけ」

などと言ってしまうだろう。だが、間違ったことは言っていないと自信を持って言えてしまう事も間違いない。


「村山、お前今、俺と初めて話した時ぐらい怖い顔してるぞ。どうかしたか」

「別に…… て俺お前と初めて話した時そこまで怖い顔してたか⁉︎」


翌日になっても彼の友達が見つからなかったことがテレビで報道されると世間は大騒ぎになった。それからはもちろん冷やかしで触りに行く奴はいなくなったがこれから自らの長寿のために他の人間を売る輩がたくさん出てくることは容易に想像がつく。


しかし、この手の輩は意外にも少なかった。

だが、人間という生き物への失望を隠しきれない自分がいる。

「そうだったのか……」という失望と「悪かった」という懺悔の感情が俺の中で激しくひしめき合った。




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