第114話 逃げた二人
「いやー、危なかったっすねー」
女の傭兵、キーラは苦笑しながら言った。
青い髪をポニーテールにして、首元まで垂れている。
全力で逃げたからか、額に汗が浮かんでいた。
「そうですね。危うく、私達も肉塊にされるところでした」
隣にいるクレスは、安堵したようにため息をついた。
黒髪が腰くらいまで届いており、その顔は冷めたような、ずっと無表情である。
二人とも傭兵でいつも動いているからか、スタイルはとても良く、顔立ちも整っている。
容姿には自信があった二人だが、先程出会った女には負けると自覚していた。
「逃げれてよかったすね。というか、見逃してくれてよかったっす」
「あんな化け物、勝てるわけないので。すぐに逃げて正解でした」
ダリオという貴族に雇われていた二人だが、金で雇われていただけ。
あのダリオという人間性はゴミだったが、金払いがよかったのでずっと傭兵をしていた。
しかし、命を懸けるほど、ダリオに尽くしているわけではなかった。
それに今回のやつは、命を懸けるではなく、命を捨てるようなものであった。
ダリオが狙った女、ヘルヴィ。
あの女が倉庫に入ってきた瞬間、二人は悟った。
あんな化け物に、勝てるわけない。
簡単に殺されてしまうだろう、と。
最初から殺気をまるで隠さずに入ってきたので、一瞬にしてそれを見抜けた。
街中で会っても、綺麗な女性だとしか思わなかったかもしれない。
二人はダリオに大金を支払われるほど、傭兵としてはとても強い。
よく同じ女傭兵の二人組として、ジーナとセリアと比べられることがあるが、力は大差ないはずだ。
だが雇い主を間違えたのか、ジーナとセリアの方が上だと思われることが多い。
そこは若干不服なのだが、今は雇い主をもう少し考えればよかったと思っていた。
「さすがに追ってこないっすよね?」
「多分、大丈夫です。あの女であれば、おそらく私達を逃がすことなく殺すことが出来たはず。それをしなかったということは、つまりは見逃してくれたということのはずです」
「あははー、ぜーんぶ希望的憶測なんすよねー。まあ多分大丈夫っすよね、勘っすけど」
「ええ、なんとなく勘ですが、私も大丈夫だと思います」
実際に、ヘルヴィはこの二人を見逃していた。
殺そうと思えば、逃げようと二人が思った瞬間に殺せたのだから。
「しかし……雇い主がいなくなったけど、どうしたもんすかねー」
二人はダリオ、それにあそこにいた傭兵達の結末を見たわけではない。
しかし、殺されていると確信していた。
とりあえず二人は、街中を歩きながら考える。
「とりあえず、最近はあの豚にずっと雇われて時間なかったので……遊びましょう」
「そうっすね。あの化け物も見逃してくれたから……久しぶりに、良い男探したいっすね」
「そういえば、あの化け物の女性ですが……お相手がいるようでしたね」
「あれ、そうなんすか? まああんな美人、相手がいない方が不思議な気がするっすけど」
「顔は見てませんが、朝っぱらか部屋でヤってました」
「おっほー! いいっすねー、私達も最近ヤってないから、久しぶりに捕まえたいっす!」
二人は久しぶりの休みに、心を踊らせながら街中を歩き、男を物色し始めた。
◇ ◇ ◇
「……ふん、目障りな奴だった」
思えば、初めに飲食店で会った時からそうだ。
突如ヘルヴィ達の元へ来て、傲慢にも自分の妻となれと不快な言葉を吐いた。
あの時、テオがいなければ即刻殺していたかもしれない。
しかしテオがいて、恥ずかしそうに「僕の妻です!」と言ってくれたので、その時は気分が良くて見逃した。
その時に命拾いしているのにもかかわらず、馬鹿なことにまた命を捨てるようなことをした。
楽しい、幸せな旅行になっているのに、それの邪魔をする。
こんな奴、殺す価値もないが、生かしておく価値はもっとない。
命乞いのように、「金を……! 望む額、金を渡すから……!」と言っていたが、そうではない。
ダリオは金では支払うことが出来ないほど、ヘルヴィを不快にしたのだ。
「……ふむ、こんな汚い場所にもう用はないな」
倉庫内は肉塊となった傭兵達や、ボロボロになったダリオの血で真っ赤に、汚く染め上がっている。
ヘルヴィの身体には全く血はついていない。
そして人質として連れ去られていたルナにも、血をかからないようにしていた。
ルナはまだ寝ている。
この場では起こさないように、ヘルヴィは優しくルナを背負った。
背中ですうすうと寝息をかきながら、ルナは少し微笑みを浮かべて寝ていた。
「ふふっ、私の背中に背負われた者は、この世で一人もいないぞ。テオですら、だ。ルナ、お前は大物になる」
そんなことを呟きながら、ヘルヴィはその倉庫から出た。
数時間後、レンドイロ家の者がこの倉庫に来て、愕然とした。
血で染まった倉庫内、人間の形をしていない死体、そして当主であるダリオ・レンドイロの亡骸。
明らかに殺されている様子だが、どんな化け物がこれをやったのか、想像が出来ない。
しかしレンドイロ家の者は、この事件をあまり表沙汰にはしなかった。
ただ、ダリオ・レンドイロが不幸な事故で亡くなったというとは公表した。
それ以降、ダリオの実の弟である、イリオ・レンドイロが当主となった。
まだ大人になっていなかったが、その能力は父親の全盛期と同等かそれ以上のものであった。
こうして、レンドイロ家は衰退の道から、さらなる発展の道へと進むことが出来たのだった。
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