第113話 叫び声
倉庫内を悠々と歩くヘルヴィ。
ダリオ達が人質を取っているのにも関わらず、全く動じている様子はない。
倉庫の真ん中まで歩き、傭兵達の中心に立って周りを目線だけずらして見渡した。
「……ふむ、ルナは無事のようだな」
ダリオが座っている椅子の前で倒れているルナを見つけ、ヘルヴィは安心したように笑って言った。
その余裕満々の姿を見て、ダリオはさらに怒りが増していく。
「おい、お前。来るのが遅かったじゃねえか。何してやがったんだ?」
「……何か豚の鳴き声が聞こえたな。耳障りだ」
「あぁ!? なんだと……っ!?」
ダリオは怒り大声を上げようとしたのだが、ヘルヴィに睨まれただけで声が詰まる。
あの目、あの顔。
この上なく美人で、見たことないほど綺麗な顔立ちだからこそ、睨まれると怖気づく。
女如きが睨みを利かしたくらいで、自分がビビっている。
ダリオは自分自身がそれを認めたようで、さらにイライラが増していく。
ダリオは地面に倒れ気絶しているルナの首根っこを掴み、持ち上げる。
そして懐からナイフを取り出し、ルナの首元に見せびらかすように持っていく。
「おい、貴様! 俺様に謝れ!! この大貴族であるダリオ様が、お前を俺の女にしてやると言ったのに! それを断り、あまつさえこの俺にナイフを向けた! 万死に値するぞ!!」
「……はぁ、本当に貴様は、私を不快にさせる」
また睨まれて怖気づきそうになるが、さらに大声を上げて威勢を保とうとする。
「土下座しろ! 俺に許しを乞え!! 全部服を脱いで、土下座して、俺の足を舐めろぉ!!」
ヘルヴィの目がさらに、さらに冷たく、殺意が篭っていく。
睨まれているダリオは自分が優位に立って命令しているはずなのに、嫌な汗が止まらない。
だが周りの傭兵達はそれに気づかず、ヘルヴィが裸になり謝るのを下品な顔で期待して待っている。
しかし数秒、数十秒経っても、ヘルヴィはもちろん脱がない。
ただただ、ダリオを睨み続ける。
それだけでダリオは精神が擦り減って、攻撃され続けているような感覚に陥っていた。
「くっ……お前らぁ! この女をボコボコにしろぉ! 二度と俺に歯向かわせないよう! 徹底的にだぁ!」
ようやく次の言葉を言ったダリオ。
それを聞いて待ちくたびれていたかのように、周りの傭兵達が動き出す。
「へへへ、待ってました」
「痛めつけるという口実で、どこを触ってもいいんだよなぁ」
「ひゃひゃひゃ! 違いねぇ! むしろ旦那が服を脱げっていう命令をしたんだから、服を破いちまってもいいはずだぁ!」
傭兵の数は二十人以上。
一人の女に対して襲いかかるには、十分すぎる人数だろう。
負けるなんて誰一人、微塵も思っていない。
だが……。
「貴様らに一つ忠告してやろう」
「あぁ?」
「今すぐ逃げ出すのであれば、見逃してやる。だがこのままこの場にいれば、あの豚と共に殺す」
「……はぁ?」
その言葉に呆気を取られた傭兵達だったが、すぐに下品な笑い声を倉庫内に響かせる。
「ギャハハ! なんか言ってるぞ、この女!」
「この人数差でどうやって勝とうとしてるんだ!」
誰もヘルヴィの言葉をただの戯言だと思って、信じようとしない。
二十人以上の力自慢の傭兵達が集まって、一人のか弱そうな女性に殺されるなんて思いもしないだろう。
しかし――。
「そうか、では……死ね」
ヘルヴィがそう言った瞬間……傭兵達の身体に、異変が起こる。
いきなり頭の上から、ドラゴンでも落ちてきたかのような重圧を感じたのだ。
そして――重圧を感じた時は既に遅い。
そのまま一瞬にして傭兵達の身体が地面に沈むように、押し潰された。
ヘルヴィが操ったのは重力。
傭兵達の身体だけ重力を強くして、そのまま潰したのだ。
全員もうすでに、言葉も喋れないただの肉の塊となった。
塊から潰れて飛び出た骨の一部が見え隠れしている。
「……はっ?」
目の前の光景が信じられず、ダリオは目を限界まで見開いた。
しかしどれだけ目を開いても、擦っても、その光景は変わらない。
二十人以上いた傭兵達が、すでに人の形をしていない肉塊となってしまった。
「な、なんだ、今の……」
その場に生きている者は、ダリオと気絶しているルナ、そしてヘルヴィしかいない。
そしてヘルヴィがダリオに向かって歩き始めると、ダリオはハッとしてルナの首元にナイフを当てる。
「ち、近づくなぁ! それ以上近づいたら、このガキを……!」
「どのガキだ? 貴様の手元には、何もないぞ」
左手に掴んでいた感覚がなくなったのを感じる。
ダリオが瞬きをして開けた時には、すでにヘルヴィがルナを横抱きしている姿が見えた。
「な、な、どうやって……!」
「さあ、これで貴様を殺すのに、邪魔する者はいなくなった」
「あ、くっ……お、お前らっ! はっ……?」
ダリオは最後の望みとして、自分の後ろに控えているはずのキーラとクレスの方を向く。
しかし……そこには誰もいなかった。
傭兵達のように肉塊となっているわけではない。
ただ二人の姿が、なかった。
「ああ、お前の後ろにいた二人の女か。私の姿を確認した瞬間に、すぐに逃げ出していたぞ」
「なっ……!? あいつら……!!」
所詮、金で雇われただけの関係。
あの二人にとって、絶対に負けるであろう相手と命を賭けて戦うほど、ダリオに尽くしているわけではなかった。
「他の奴のことなどどうでもいい。貴様、いつまでその椅子に座っている。平伏せ」
「かっ……!?」
傭兵達にやったように、重力を操りダリオを平伏せさせる。
椅子もそのままぶっ壊れ、木の破片などがダリオの身体に突き刺さった。
無理やり重力をかけたので、腕や足も変な方向に曲がった形のまま、平伏せしている姿である。
「がっ、いっ……!?」
これ以上ないほどの痛みを味わっている。
ダリオはそう思っていたが……まだ、痛みには上がある。
「貴様には、地獄を味わせてやる――」
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