第111話 攫われたルナ



 ヘルヴィはテオと別れて、すぐに昨日の服屋へと向かった。


 とても急ぎだったので、歩いてではない。

 もちろん走ってでもない。


 瞬間移動。

 泊まっている部屋から廊下に出た瞬間に、それを発動させる。


 服屋の路地裏あたりに一瞬で移動をした。


 誰にも見られていないことを確認し、服屋の入り口へと向かう。


 服屋は、開店していなかった。

 昨日聞いた話だと、昼前からやっているはずだから、通常通りだったら開店しているはずだった。


 あの手紙の信憑性が、上がってくる。


 服屋のドアが閉められて、「閉店」と看板が掛けられているが、構わずヘルヴィは中に入った。


 中に入ると、作業をしていたルナの母親がドアが開いたことに驚き、そして期待の目を込めてヘルヴィの方を見た。

 だがヘルヴィだとわかると少し、いや、目に見えて落ち込んでしまった。


「ヘルヴィ、さん……どうしました? 昨日頼まれた服は、明日までにお作りするというお話でしたが……」


 そう言って笑顔を見せるルナの母親だが、明らかに目に見えて消耗していた。


 声に覇気がなく、体調も悪そうである。


「……すまないな、急に来てしまって」

「いえ、それは大丈夫なのですが……」

「今日は服屋はやっていないのか?」

「……はい、ちょっと、臨時休業をしてまして」

「……そうか。ところで、ルナの姿が見えないな」


 ヘルヴィがそう言うと、ルナの母親はさらに落ち込むように目を下に向けた。


「ルナは……また迷子になってしまったらしく……今、夫が探している最中です」

「……なるほど。困った者だな、ルナも」


 ヘルヴィが貰った手紙は、間違いではなかった。

 悪戯などではなかったようだ。


「私もルナを探すのに協力しよう」

「えっ、いいんですか?」

「ああ、もちろん。すぐに連れてきてやるから、待っているのだぞ」

「っ……ありがとうございます!」


 ルナの母親は頭を下げてお礼をする。


 とても心配だったのだ。

 昨日もルナは迷子になったが、あれは一緒に買い物をしている最中に、迷子になったものだ。


 あの時も心配したが、今回は訳が違う。


 朝起きたら、いつの間にかルナがいなくなっていたのだ。


 そんなこと、ルナが生まれてから一度もない。

 まだ買い物中に迷子になった、という方が理由があって安心できる。


 だが今回は、迷子などではない。

 ほぼ確実に……何者かに、攫われている可能性がある。


 ルナの母親と父親は、絶望しながらもそう判断した。


 家の前に置いてある、依頼の手紙が入っている箱の鍵が開いていた。

 それは毎朝、ルナが鍵を開けて手紙が入っている確認をしているのだ。


 鍵が開いているということは、ルナが起きて外に出てそれを確認したということ。

 そして鍵が開きっぱなしということは……その時に、ルナが連れ去られた、ということだろう。


 父親が娘が攫われたということを兵士に言いに出かけたが……人攫いに連れて行かれたとしたら、無事に戻ってくる可能性はあまりにも低い。


「ルナは……連れ去られた可能性が、高いです……!」

「……そうか、わかった。私が見つけ出すから、安心して待っていろ」

「お願いします、ヘルヴィさん……!」


 ルナの母親は藁にもすがるような、必死な物言いで頼み込んだ。



 ヘルヴィは服屋を出る。


「……やってくれたようだな」


 懐から手紙を取り出す。


『貴様が絡んでいた少女を捕らえた。その者の命が欲しければ、正午までにこの場所に来い』


 手紙には、そう書かれていた。


 ヘルヴィが絡んでいた少女など、ルナ以外にいなかった。


 宿屋を貸してくれているイデアも少女のような見た目をしているが、中身は立派な大人だ。

 しかもイデアは力ある貴族なので、そんなイデアを攫うという真似は出来ないだろう。


 この手紙の差出人は、見当がつく。


 王都に来てそこまで日にちも経っていない。

 ヘルヴィと絡んだ人数なんて、片手で数える程度。


 そしてその中でも、ヘルヴィに気持ち悪い感情を向け、そして最後には敵意を見せた男。


「名前は……覚えてないな。いや、むしろ覚えなくてもいいだろう」


 ヘルヴィはまた服屋の裏路地へと行く。


 そして手紙を後ろへと放り投げる。

 それと同時に、手紙に火がつき一気に燃え上がる。


「楽しい旅をしているのに、この私に二度も不快な思いを与えてくれるとはな」


 ヘルヴィの冷たく、鋭い殺気が辺りに広がる。

 路地裏にいたネズミなどが、一目散に逃げていた。


「仏の顔は三度までというが――悪魔は、三度も待たん」


 手紙は、ヘルヴィの後ろで燃え尽き、灰となった。



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