第112話 誘拐場所へ



 その男……ダリオ・レンドイロは、イライラしていた。


「来ねえじゃないか……! あの女……!」


 ダリオがいる場所は、貴族街から少し外れた場所。

 市民街と貴族街の間あたりで、人気がないところに位置している倉庫。


 その中でダリオは、二十人以上の男達を集めていた。


 ダリオが抱えている私兵の者達だ。

 特に、荒事をさせるために雇っている傭兵達である。


「旦那ぁ、本当に来るんすかぁ?」

「黙ってろ! 必ず来るはずだ!」

「そう言ったって、正午まであと十分ぐらいっすよ」


 傭兵の一人が、時計を見ながら欠伸をする。


 一時間ほど待っているが、一向に来る気配がない。


 ダリオは豪華な椅子に座って待っているが、傭兵達は地べたに座ったり寝転がったりしている。


「クレス、しっかり手紙を届けたのだな?」

「もちろんです、ダリオ様。貴方様が汚い字で書いた手紙を、ちゃんと届けましたとも」

「じゃあなぜ来ないのだ!?」

「さぁ、私に言われても。ダリオ様の作戦が失敗しただけでは」


 クレスと呼ばれた女性は、ダリオの隣に背筋を伸ばして立っている。

 ダリオの方に目線は全く向けず、問われたことに余計な一言を付け加えて淡々と答える。


「キーラ! そのガキをもう一回見せろ!」

「はいはーい。全く、人使い荒いんすから」


 同じくダリオの隣に立っていたキーラが、地面に倒れている女の子、ルナを抱き上げる。


「……ふむ、やはり昨日、あの女が絡んでいたガキに違いない。だが、なぜあの女が来ない!?」


 気絶しているルナの顔を、ダリオはしっかりと見て確認する。


 人質を取ればあの女が、ヘルヴィが必ず来ると思っていた。


 一番はヘルヴィの夫だという男を攫うことが出来ればよかったのだが、全くあの二人が離れないから出来ないと判断した。

 なので簡単に攫うことが出来るルナを人質に取ったのだが……。


 約束の時間近くになっても、姿形が見えない。


「ダリオ様が書いた地図が、汚くて読めなかったのでは?」

「あー、ダリオ様汚いっすからねー。あ、文字のことっすよ? 顔のことじゃないっすからね?」

「キーラ、雇い主のことを悪く言うのはやめなさい。そういうのは後でこっそりするものです」

「お前らは黙ってろ!」


 いつもはもう慣れたキーラとクレスのやり取りも、ダリオはイラつき始めた。


 なぜこう上手くいかないのか。


 ダリオが生まれたレンドイロ家は、王国でも有数の大貴族であった。

 生まれた瞬間からの勝ち組。

 それがダリオであった。


 しかし……ダリオの両親は、不幸な事故で死んだ。


 否、違う。

 ダリオが自分の両親を、事故に見せかけて殺したのだ。


 レンドイロ家がどれだけ凄いのか、ダリオはすでにわかっている。

 それを自分一人の物にしたいと思ったのだ。


 ダリオの父親はとても素晴らしい当主で、貴族として模範となるような人であった。

 母親もそんな父親を愛し、支えている、まさに絵に描いたような素晴らしい両親。


 そんな両親を、ダリオは邪魔だと思ったのだ。


 ダリオが父親の能力を超えるまで、父親は当主をやめないつもりであった。

 その方が息子のためになる、そう父親は考えていた。


 だがしかし、ダリオはそんなこと望んではいなかった。

 早く、早くレンドイロ家という権力ある立場を、全て自分の手中に収めたかったのだ。


 実際、ダリオが父親の能力を超えることは、おそらくなかった。

 それほどダリオの父親は優れていた。


 だが超えることはなくとも、当主の座はいずれ渡すつもりだった。

 それなのにダリオは、両親を殺して早く当主になりたかったのだ。



 そして今、父親を殺して当主になったはいいが、何も上手くいっていない。


 当然だ。

 何も能力がないのに、いきなり当主になったところで上手くいくはずもない。


 ダリオは無駄に自尊心が高いので、取引をする相手などに上から話す。

 そうした態度を取って、さらに事業が上手くいかなくなっていく。


 あと数年もすれば、レンドイロ家は衰退していくはずだった。


 しかし――。


「ダリオの旦那ぁ! 女が来ましたぜぇ!」

「なに!? 本当か!?」


 ダリオは今までの態度とは一変、とても嬉しそうに声を弾ませる。


 ようやく待っていた女が来た。

 美人でスタイルが良い、自分の隣に立つにふさわしい完璧な女が。


 だが自分の隣に立つには、昨日の昼のような態度では悪すぎる。

 一度この倉庫で、痛い目を見せなくてはいけない。


 そう思っていたら、倉庫の入り口が開いた。


「……ここか。薄汚いところだ。豚共がいるにはいいが、私が来る場所ではないな」


 倉庫内に、ヘルヴィが入ってきた。


 ヘルヴィの姿を見て、やはり美しいと思ったダリオだが、同時に違和感を抱く。


 想定した手筈ではすでにヘルヴィを捕まえて縄で縛り、倉庫内に連れてくるはずだった。

 外にいる雇った傭兵達がそうするはずだったのに、何をしているのか。



 ――ダリオがこのまま当主をしてれば、数年後にレンドイロ家は衰退するはずだった。


 だが今、ダリオがこの馬鹿な行動を取ったことによって……その未来は、完全に変わった。



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