第86話 窓越しの会話



 イデアは二人を案内してから、自分の部屋へと戻る。

 二人には数時間後に食事の準備が出来るので、呼びに来ると言っておいた。


 旅の疲れを癒してもらうために、この屋敷で一番良い部屋に通した。


(まあ……疲れが取れるかどうかは、お二人次第だと思いますけどね)


 二人を通した部屋には、とても大きなベッドがある。

 大人が三、四人寝転がっても大丈夫なぐらいだ。


 そしてベッドは一つだけしか用意していない。


(テオ様はそんな気は無さそうだったけど……どう見てもヘルヴィ様はやる気だったわね)


 イデアが部屋を出るときに二人の目を見たが、ヘルヴィは夜まで待つという考えが無さそうだった。


 もちろんしっかりと防音をしている部屋だ。

 どれだけ激しく騒いでも、外には何も聞こえないだろう。



 イデアは自分の部屋へと戻り、一息つく。


 ジーナとセリアから手紙で聞いていたが、やはりヘルヴィの方は底知れぬ何かがある。

 二人が同時にヘルヴィに戦いを挑んでも、軽くあしらわれると聞いていた。


 ジーナとセリアはこの国でもトップクラスの傭兵なのに、その二人が負けるとはあまり信じられなかったが……。


(どれだけ強いのかも、わからない。全く見抜けないのは、初めてかも)


 イデアは獣人だからか、相手の強さを本能的に理解することが出来る。

 ジーナとセリアが王国に傭兵として来たときも、まだその実力を見抜いてない貴族が多い中、イデアは二人の強さを見抜いて雇うことにした。


 しかしヘルヴィを前にして、強いのかも弱いのかもわからない。


(実力差があり過ぎるから、わからないのかも)


 ヘルヴィは、月だ。


 空に浮かぶ月はとても大きく、近くに見える。

 しかしあれは本来、何万キロもこの星から離れているらしい。


 普通の人では、月がどれくらい離れているかなどわからないし、まず気づかない。


 それと同じで、ヘルヴィがどれだけ強いのか、どれだけ実力差があるのかわからないのだ。


(初めての経験だ……ふふっ、面白い)


 一人で口角を上げて笑っていると、窓に何かが当たった音がした。


 いつもの合図のようなものに気づいて、イデアはため息をつきながら窓を開ける。

 窓の側に置いてあった通信の魔道具を持ち、口に近づけ喋る。


「イネッサちゃん、何?」


 数メートル離れた隣の豪邸、そこに同じように窓を開けているイネッサの姿があった。

 イネッサが石か何かをこちらの窓に当てて、合図をしたのだ。


「何、じゃないでしょう。わかりますよね? あのお二人の様子を聞きたいの」


 魔道具の効果で遠くにいても声が通じるので、お互いに小声で話す。


「ヘルヴィ様とテオ様なら、この屋敷で一番良い部屋へ通したよ」

「お、お二人は、一緒の部屋?」

「もちろん。夫婦なんだから当たり前でしょ?」

「うっ……そ、そうですよね……」

「イネッサちゃん、どうしたの?」

「い、いえ……なんでもないわ……」


 とてもショックを受けたような声、それに遠目で見ても落ち込んでいるのがわかる。


(そんな落ち込むことなんてある? あっ、もしかして……!)


 あることを思いつき、ニヤつきながらイデアは話す。


「もしかしてイネッサちゃん、好きになっちゃったの?」

「うえぇ!? な、何を言って……!」

「あははっ、反応わかりやすいねー。いつものイネッサちゃんじゃないみたい」

「うぅ……卑怯ですわ……」


 貴族のパーティなどでも油断も隙も見せないので、イネッサの図星を突かれたような反応はとても珍しい。

 親しくない人から見れば、逆にそれはワザとらしい反応に見えたかもしれない。


 しかし子供の頃から一緒にいるイデアには、今のは素の反応だということがわかった。


「へー、あんな堅物のイネッサちゃんがね……」

「ぜ、絶対に誰にも言わないでくださいよ! 特にあのお二人には……!」

「わかってるわかってる。私からは言わないよ」


 だけど勘が良さそうなヘルヴィなら、すでに気づいてる可能性があると思うけど……とは言わないでおいた。


「だけどもう結婚してる人を好きになるって、厳しくないかなぁ? それにあの二人、超ラブラブだしね」

「わ、わかってますよ、そんなの……」

「あっ、だからあんだけお礼がしたいからって、お二人のお世話をしたいって口出してたんだ。うわー、下心満載だねー」

「それは言わない約束でしょ……!」

「いや、そんな約束してないし」


 これだけイネッサをからかう機会などないので、思う存分にやっておくイデア。


 数分間そう話して、そろそろお互いに仕事などがあるので中断することに。


「あっ、そうだ。ヘルヴィ様が、私達が用意する部屋を比べて良い方に泊まるって」

「本当!? ちょっと、それをもっと早く言いなさいよ!」

「別にお互い手の内知ってるし良いじゃん。それとも、わざと負けてあげよっか?」

「そんなことしなくても大丈夫ですわ。ああ、ごめんなさい、負ける理由が欲しかったかしら? だとしたら、わざと負けてもよろしいですわよ?」

「ふふっ、そうこなくっちゃね」


 お互いに不敵な笑みを浮かべる。


「好きな人に良いところ見せようとして、空回りしないようにね、イネッサちゃん」

「もちろんですわ。ヘルヴィ様には私のそんなところ、見せるわけにはいきませんもの」

「……ヘルヴィ様? テオ様じゃなくて?」

「……えっ?」


 


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