第85話 イデアの屋敷


「テオ様、ヘルヴィ様、長い旅路お疲れでしょう! 私のお屋敷に入って、休んでください!」

「あっ、そうそうイデア、私、あなたにお願いがあるの」

「イネッサちゃんが私にお願いって、珍しいね! なにかな?」

「私、ヘルヴィ様とテオ様に命を助けられたの。だから恩返しとして、今すぐに私の屋敷に招待したいのだけど、いいかしら?」


 それを聞いて、イデアは目を見開く。


「命を助けられたって、具体的にどういうこと?」

「草原で傭兵に襲われているところを、助けてもらったのです」

「そうだったんだ! ジーナ達から聞いてたけど、やっぱりヘルヴィ様は強いんですね!」

「……まあな」

「だから私の屋敷に招待したいの、いいかしら?」

「後でね! とりあえず最初は私の屋敷で休んでもらうの! 食事の準備も出来てるし!」


 その後も、二人は仲良さそうに笑顔で話し続けるが、内容はほとんど口論だった。


「私達はどちらでもいい、早く決めろ」


 見かねたヘルヴィが二人に声をかけた。


「あっ、すいませんお待たせして! ほらイネッサちゃん、貴女がワガママ言うから待たせちゃったじゃん。ずっと拘束するわけじゃないんだから、早く行って」

「くっ……わかりました。ヘルヴィ様、テオ様、街に行くときは是非お声かけてください。私が経営している店舗は、融通をきかせられるので」

「職権乱用だぁー」

「黙りなさい。ではお二人様、ご機嫌よう」


 優雅に一礼し、イネッサは隣の屋敷に戻った。


「お待たせしました! では中にご案内しますね!」

「ああ、よろしく頼む」

「よろしくお願いします!」


 ヘルヴィ達もイデアの後に続き、彼女の屋敷に入った。



「すごい……!」


 テオはイデアの屋敷に入って、興奮したように見渡しながら言った。


 屋敷の中は広く、とても綺麗であった。

 初めて見た豪華な屋敷に、テオは目を輝かせる。


「ふふっ、テオ、王都に来てからそれしか言ってないぞ」

「うぅ……だって、すごいじゃないですか……!」

「テオ様、ありがとうございます! 素直に喜んで頂けるのが、とても嬉しいですよ!」


 恥ずかしそうに顔を染めるテオに、イデアは好印象を覚える。



 イデアは前からジーナとセリアに、テオの存在を聞いていた。


 彼女達が言うには、「可愛い弟のような子がいる」と。


 いつか紹介してもらうという話だったが、それを聞いてから一年以上経った。

 久しぶりに彼女達がその弟のような子に会ったら、まさかその子には既に奥さんがいた。


(ふふっ、ジーナもセリアも手紙では淡々と書いてたけど、内心ではすごい悔しかっただろうなぁ)


 二人は酔うたびに弟、テオのことを話していた。

 その中で、一生共に暮らしたい、と言うぐらい二人はテオを好いていたのを覚えている。


(二人は飼いたいって言ってたけど……ふふっ、ペットみたいな愛らしさがあって、気持ちもわかるね)


 イデアよりも身長が高いのに、とても小さく可愛い子に見える。


 土足でいいところなのに、「こ、この絨毯、綺麗すぎて……靴脱いだ方がいいですか?」と、テオが恐る恐る聞いてきた。


「大丈夫ですよ! 靴を脱ぐのはお風呂のときぐらいで!」

「そ、そうですか、良かったです」

「一緒に入ります?」

「えっ! い、いや、その、遠慮しておきます……」


 ついつい反応が可愛いので、イデアはテオをからかってしまった。


「おいお前、私のテオに何を言っている?」

「あはは、冗談ですよヘルヴィ様。そう怒らないでください」


 ジーナとセリアの手紙に書いてあった通り、ヘルヴィはテオに対して過保護のようだ。

 会って間もないが、過保護になる理由もわかる。


 これほど母性本能をくすぐる存在は、そういないだろう。


「夕飯時まで部屋を用意しますので、そちらでお休みになってください! 荷物は……えっと、どちらに?」

「そういえばまだ上空に浮かしたままだったな。泊まる場所は屋敷の中の部屋ではないのだろう?」

「はい、別に用意してます!」

「では後でそちらに移動するときに下ろすから、荷物は大丈夫だ」

「……わかりました!」


 荷物がどこにあるのかよくわからないが、ヘルヴィが言うからには大丈夫なのだろう。


 あの二人の手紙には、ヘルヴィが理解できないことをするのはいつも通りと書いてあった。


「ああ、それとイデア。イネッサも私達の部屋を用意したいと言っていたぞ」

「そうなのですね! だけど私が用意した部屋の方、を気に入って頂けると思います!」


 ヘルヴィが言外に、良い部屋の方を選ぶと言っていると理解して、イデアはそう言った。

 その言葉にヘルヴィはニヤリと笑った。


「そうか、期待してるぞ」

「はい! 任せてください!」


 イデアはニコリと笑って、二人を部屋へと案内した。



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