第80話 昼ごはん後に



 数時間後、テオとヘルヴィは昼ご飯を食べていた。


 久しぶりにヘルヴィが作ってくれたお弁当を、テオは美味しそうに頬張って、ヘルヴィは微笑ましく見守る。


「美味しいです! 特にこのお肉の味付けが!」

「そうか、良かったよ。テオ好みに合わせて作ったからな」

「あっ、前に話したのを覚えててくれたんですか?」

「もちろんだ」

「嬉しいです、ありがとうございます!」


 ヘルヴィとしてはテオの好みの話など、覚えていて当たり前である。

 テオもヘルヴィが美味しいと言った食べ物などは、全部覚えているであろう。


 好きな人の好きなものは、覚えていたいものだ。



 昼ご飯を食べ終わり、片付けをして馬車に乗り込む。

 黒馬もヘルヴィが浮かして持ってきた干し草を食べきり、出発した。


 そしてしばらく走っていると、ヘルヴィがあることに気づく。


「むっ……前の方で、人が襲われているな」

「えっ、ほ、本当ですか? 魔物にですか?」

「いや、人間に、だ。おそらく盗賊か何かだろう」


 テオは少し不快そうに、眉を顰める。


 前にテオたちも盗賊に襲われたし、人の悪意というものは残酷である。

 今までテオもヘルヴィと出会う前までは、ずっとそれに晒されてきた。


 襲われている人を助けてあげたいが、まだ全然強くないテオにはおそらく無理だろう。


「へ、ヘルヴィさん、その……」

「テオ、わかってる。助けたいんだろう?」

「っ! は、はい……だけど僕の力じゃ、助けられない……」


 ヘルヴィは考える。


 彼女としては、テオや自分に関わりない人の生死など、どうでもいい。

 しかしもうすでにテオは人が襲われているという事実を知ってしまい、それを助けられなかったらテオは悲しむ。


 そうするとせっかくの楽しい新婚旅行が、最悪な幕開けとなってしまうだろう。

 それだけはヘルヴィとしても避けたい。


「では、助けに行くか」

「っ! い、いいんですか?」

「ああ、テオのためだ。私は悪魔だから人の生死に興味はないが、テオのためにその者を助けに行く。それでいいか?」

「はい、ありがとうございます!」


 人を助けるときに、純粋にその人のことを心配して助ける人はそういないだろう。


 助けたことによって起こる自分への得を考えてしまうのが、人の性だ。


 テオは昔の自分のことを思い出して、自分と同じように悪意に晒されている人を助けたい。

 ヘルヴィはテオに嫌な思いをさせないために、助ける。


 その得をするために、襲われている人を助けに行く。


「じゃあ、急がないと……!」

「いや、このまま黒馬で走っては間に合わん」

「えっ、それならどうすれば……!?」

「瞬間移動する。テオ、掴まってろ」


 ヘルヴィは手を差し出すと、テオは焦って急いでいたようで、繋ぐのではなくその腕に抱きついた。

 それに少しヘルヴィはドキッとして動揺しながらも、馬車ごと瞬間移動した。



   ◇ ◇ ◇



 イネッサ・ネラソヴァは、ひっくり返った車両の中で考えていた。


 今まで鍛えたこともなく、痛みなどと程遠い暮らしをしてきた彼女は、身体を強く打ち付けて動けない。

 それでも頭の中では、誰の差し金でこうなっていたのか考えていた。


 彼女は貴族で、王都の中でも有数の家柄だ。

 正当に地位が上がっていった彼女の家を、妬む貴族などは多かった。


 一瞬、いつも絡んでくる競争相手の貴族かと思ったが、あそこがこんな卑怯な手を使うとは思えない。


 今外では自分の護衛と、どこかの貴族の雇われた傭兵が戦っている。


 しかし負けるのも時間の問題だと気づいていた。

 車両が倒れる前に窓から見た光景は、こちら側の護衛の倍以上はいる傭兵の数だった。


 動かない身体に鞭を打って、車両から出ようとする。


(私の命を狙ってるんだったら……私を殺させれば、護衛はもう、殺されないで済む……!)


 倒れた車両をずっと守っている護衛の声が、無くなっていくのがわかる。

 もう、死なないで欲しい。

 すでに負けるのはわかっているのだから、もう守らないでいい。


 だから、護衛だけでも逃げさせないと……!


 そう思ってイネッサは立ち上がり、なんとか車両から出ようとしたが……いきなり目の前の景色が変わった。


 車両の中にいたはずなのに外にいて、目の前には護衛として雇っていないはずの女性が立っていた。

 綺麗な白色の長い髪が、風に揺られて靡いている。


 周りを見渡すと女性の前には自分たちを襲ってきた冒険者が何十人もいて、イネッサの周りには傷だらけの護衛たちがいた。

 それはまるで彼女が自分たちを守るために、一人で前に出て傭兵達と戦おうとしているように。


 誰かわからないが、女性一人で相手取るには傭兵の数は多すぎる。


「あなた、逃げて……! 負けて、しまうから……!」

「た、立たない方がいいですよ! 座って、落ち着いてください……!」


 いつの間にか自分の隣には、優しく声をかけてくる少年がいた。

 その子がイネッサの身体を支えてくるが、今は目の前の女性だ。


「ふむ、力も無い女が、良い覚悟を持っている。テオのために来たが、来て良かった」


 イネッサが何を覚悟していたか知っているかのように、その女性は横目で自分を見て言った。


 彼女からはその女性の横顔しか見えなかったが、人間とは思えないほど綺麗な顔立ちが見えた。


「待っていろテオ。そして女よ。私が蹴散らしてくる」


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