第81話 蹂躙劇



 黒い仕事をこなしてきた傭兵たちにとって、その依頼は楽なものだった。


 たった一人の貴族の娘を殺せばいい。

 王都に戻って来る道中で待ち伏せして、標的である貴族の馬車が通ったところに攻撃を仕掛けた。


 護衛もいるが、人間のを殺し慣れている傭兵たちにとっては簡単に倒せる相手だ。


 途中までは、上手くいっていたはずなのに。

 いきなり目の前から傷ついた護衛たちが消え、驚愕して見回すと一人の女が目に入った。


 極上モノだ。

 これほど美しい女を、傭兵達は見たことがなかった。


 貴族の娘も容姿が良いので殺す前に楽しもうと思っていたが、この女はそれ以上だ。


 傭兵達は自分達の幸運を喜んだ。

 簡単な依頼をこなして莫大な金が入り、しかも極上の女が向こうから来てくれた。

 人生で一番の運を、使い果たしたのかもしれない。



 ――だが傭兵達の運は、極上の女が来てしまったところで尽きてしまっていた。



「待っていろテオ。そして女よ。私が蹴散らしてくる」


 ヘルヴィがそう言うと、傭兵達は彼女に向かって攻撃してきた。

 極上の女だとしても、戦うと言っているのであれば全力で仕留めにいく。


 出来れば殺さないで、顔も綺麗なまま残ればいい。

 そんなことを思っていたが、すぐにその考えは間違いだと知る。


 ヘルヴィに襲い掛かった傭兵二人。

 それぞれ剣を持って突き刺そうとしたが、身体に刺さる前に折れていた。


「……はっ?」


 折れた瞬間が見えなかった傭兵二人はそんな声を上げる。

 ヘルヴィが目にも留まらぬ速さで、剣の側面を殴って折ったのだ。


 それに驚いて固まった二人の首に、ヘルヴィは手刀を落とす。


「むっ、力加減を間違えたか、殺してしまった」


 本来なら気絶で済ませようと思ったが、弱く攻撃したつもりがそれでも二人は事切れてしまった。


「まあお前らも、人を殺すつもりだったのだ。死んでも文句はないだろう」


 ヘルヴィがそう言うと、傭兵達に流れていた空気が引き締まった。

 簡単な依頼だと思っていたが、最後にとんでもない存在が来てしまった。


「囲め! 数人で攻撃を仕掛けろ!」


 誰かがそう叫び、すぐさまヘルヴィの周りを囲んだ。


 今度は三人で真正面から、死角になるところから攻撃を仕掛ける。

 しかしそれでも届かず、いつの間にかその三人は倒れていた。


「ふむ、首はこれくらいの力加減か。鳩尾は、もう少し強めの方がいいようだな」


 二人は首に手刀をされ気絶し、一人は鳩尾に拳を喰らって地面で悶えていた。

 ヘルヴィは顔面を踏むようにして、その一人を気絶させる。


「さて、来るがいい。テオの前だから勉強も兼ねて私の手でやっているのだ、ありがたく思え」


 本来ならヘルヴィの魔法一つで、一秒も満たない時間に終わる。

 それをしないのは、後ろでイネッサと共に戦いを見ているテオのためだ。


 肉弾戦のときにどう動けばいいか勉強させるために、力加減という面倒なことをしている。


 テオも頑張って観察しようとしているのだが、やはりヘルヴィが攻撃する瞬間は速すぎて見えない。



 数分後、十数人といた傭兵達が全員、地に伏していた。


 最後の数人は逃げようとしたのだが、それを察知したヘルヴィは逃げようとした者の心臓を魔法で破壊した。

 傍目にはいきなり倒れて死んだように見えるだろう。


「これで終わりか。もう少し粘っててくれれば、テオにもっと教えられたのだが」

「いやいや、あれ以上見せられてもよくわからなかったです」


 ただの蹂躙劇だった。


 力の差があり過ぎたのだ。

 ヘルヴィが見せたのは、ただ力でねじ伏せたのみ。


 ジーナも力でねじ伏せることが多いが、それでもまだ技術や駆け引きを使う。

 しかしヘルヴィは全く使わなかった。


 それらを使えないわけではないが、それを使うには相手があまりにも弱い。

 だからテオが見て学んだのは、「力をつければ技術がなくても蹂躙できる」ということぐらいだ。


「相手を気絶させるには、力加減に気をつけろ。誤って殺してしまうことがあるからな」

「いや、僕はまだ気絶させるぐらいの力もないですよ……」


 テオはそう話しながら、傷ついた護衛達の手当てをしていった。

 全員の手当てが終わり、貴族の娘が少しよろけながら立ち上がる。


「ありがとう、ございます、お二方。貴方方が来なければ、私たちはここで奴らに殺されておりました」


 少しふらつきながらも、綺麗に頭を下げてお礼を言う。

 護衛の人たちも立ち上がり、後ろで頭を下げる。


「私はイネッサ・ネラソヴァと申します。お名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「あっ、テオ・アスペルです」

「ヘルヴィ・アスペルだ」


 ヘルヴィの言葉を聞いて、テオは少し恥ずかしいが口角が上がってしまう。


「テオ様、ヘルヴィ様、重ねてお礼を申し上げます。ありがとうございます」

「私はテオがいなければ助けに行かなかったからな。礼を言うならテオに言え」

「い、いえ、僕は何もしてないですし、ヘルヴィさんが倒してくれたから……!」


 二人のその様子を見て、イネッサはクスクスと笑う。


「お二人は仲がよろしいようですね。ところで、お二人は王都に向かっているのでしょうか?」

「あっ、はい、そうです。観光目的で」

「そうですか、ではお礼をさせていただくためにも、王都までご同行してもいいでしょうか?」

「大丈夫ですよ! ねっ、ヘルヴィさん」

「……ああ、そうだな」

「ありがとうございます」


 イネッサは護衛達にひっくり返った車両を戻すように指示を出す。

 幸いにも車両はそこまで壊れていなかった。


(ふむ、しかし……)


 ヘルヴィは、少し困っていた。


 お礼をしたいために同行をしたのは、本当のことだ。

 それはヘルヴィが心の中を覗いて、確かめている。


 しかしそれ以外にも、イネッサには狙いがあった。


 心を覗いたからこそ、その狙いがわかってしまった。

 それは……。



(ヘルヴィ様、ヘルヴィ様……! とても素敵なお名前で、綺麗で、美しいお方! はぁ、どうしよう、こんな気持ち初めてで……! ヘルヴィ様に私の全てを、奪って欲しい……!)



 イネッサは、ヘルヴィに執心しているようだった。


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