第78話 旅行へ出発



 王都までは小さい馬車を借りて、二人で行くことになっている。


 前に行った貸馬屋へと向かい、車両と馬を借りる。


 二人は一ヶ月以上もここを離れるというのに、とても身軽な格好をしていた。

 大きな荷物は何もなく、いつも通りの格好だ。


 それもそのはず、大きな荷物は前のようにヘルヴィが空に浮かしているから。

 地上から肉眼では見えないが、雲の上にしっかりと二人の荷物が浮かんでいる。


 だから荷車は必要なく、二人が横に並んで座れる車両とそれを引っ張る馬が一体必要なだけだ。


 そしてどちらもすでに手配済みである。

 二人が乗る車両を引っ張ってくれる馬は、前に二人がいっしょに乗った黒馬だ。


「久しぶり、今回もよろしくね」


 店員の言うことを多少聞くようになったが、それでも反抗的な態度がほとんど。

 しかしテオにかかれば、最初から大人しかったかのように静かで従順だ。


「今日は車両を引っ張ってね。頼んだよ」


 黒馬は低く唸るように返事をした。

 店員が、「もうテオ様専用の馬とした方がいいかもしれませんね」と苦笑いをしながら言った。


 実際は黒馬以外の馬が、ヘルヴィの存在感に怯えてしまうから黒馬を借りるしかないのだが、それを知らない店員だった。



 金はあるから比較的高めの車両を借りたので、横に二人で座っても余裕がある。

 もう一人ぐらい座れるほど空いているが、乗る人はいない。


 そしてそれくらい余裕があるのにもかかわらず、テオとヘルヴィは肩と肩が重なるほどくっついていた。

 テオの右手とヘルヴィの左手は二人の間で、指が絡み合っている。


「さて、じゃあ行こうか。楽しい旅行にしよう」

「はい! すごく楽しみです!」


 二人はネモフィラの街の門から出発し、王都へと向かう。



 しばらくはちょっとした談笑をしながら道を進み続ける。


 一時間ほどしたとき、道の先にヘルヴィが何かを見つけた。

 ヘルヴィが真っ直ぐと前を見つめているので、テオは問いかける。


「どうしたんですか?」

「ん、いや、前に魔物がいるようだ。このままだと進行の邪魔をしそうだと思ってな」

「あっ、そうなんですね。少し迂回しますか?」

「その必要はない。このまま進んで私が……いや……」


 ヘルヴィだったら今ここからでも魔法を放てば、まだ見えないが道を邪魔している魔物を消し去ることができる。


 だが、ここは……。


「テオ、魔法を使ってみる気はないか?」

「えっ、どういうことですか?」

「つまりテオ、お前がこの先にいる魔物を魔法で倒すんだ」

「えっ!? ぼ、僕がですか?」

「ああ、魔物も最底辺レベルのやつだ。簡単な魔法でも、当たりどころが良ければ一発で消し飛ぶ。取り残しても私が対処するから、試しにやってみるといい」

「わ、わかりました。うわぁ、緊張します……!」


 目に見えて身体が固くなり、ヘルヴィの手を握る力も少し強くなった。

 その様子を見て、息子を見守る母のような気持ちになるヘルヴィ。


「大丈夫だ、失敗を恐れずにな」

「は、はい……!」


 数分後、ようやく道の先に魔物が見えてきた。

 二体の人型の魔物が、道のど真ん中に座っている。


「み、見えました! ま、魔法を……!」


 遠くに見えた瞬間に左手を前に出して、魔法を放とうとするテオ。


「待て待て。まだ遠すぎて、狙いも定まらないだろう。もっと近くに寄ってからだ」

「あっ、そ、そうですね……!」


 何百メートルも離れたところにいる魔物を魔法一発で倒すのなんて、セリアほどの魔法使いでなければ出来ないだろう。

 テオは最近魔法を発現したばかりなので、遠くても十メートルぐらいだ。


 左手を下ろして、緊張しながらも黒馬に繋がっている手綱を握る。


「き、君も大丈夫? もうちょっと近づくけど、怖くないよ……! 大丈夫だからね……!」


 テオは自分が一番怖がって緊張しているが、車両を引っ張っている黒馬を落ち着かせようとする。


 実際、黒馬は全く慌てておらず、なんなら黒馬だけでも蹴散らせるぐらい弱い魔物だ。

 それでもテオは黒馬のことを心配した。


(自分が怖がってるのに馬を落ち着かせようなど、出来るわけないだろ……ふふっ、可愛いやつだ)


 普通ならばテオが恐怖しているのが伝わって、馬も落ち着きが無くなってしまうことがある。

 黒馬だったからよかったものの、本当なら危ない行為だったかもしれない。


 緊張と恐怖でそれもわからなくなっているテオを見て、ヘルヴィはやはり可愛いとしか思えなかった。


 そしてギリギリまで近づき、テオの魔法が届く距離で黒馬をヘルヴィが止まらせる。

 魔物は近づいてきたテオたちに気づいたようで、こちらが止まってから動き出した。


「ひっ、う、撃っても大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だ」


 手綱を握る必要がなくなったので、テオは慌てて両手を前に出す。

 腕が震えていたが、ヘルヴィがテオの腕を支えるように手を添えた。


「いけ、テオ」

「は、はい!」


 テオは教えられた通り、自分の中の魔力を込めて両手から撃ち出す。

 人の頭くらいの炎の球が、魔物に向かって放たれた。


 一体の魔物に当たり、爆発。

 しかし当たったところが腕だったので、腕が消し飛んだだけで死にはしなかった。


「もう一度だ、テオ」

「はい! いっけぇぇぇ!」


 同じように火の球が飛び出て、片腕を無くした魔物の顔に当たった。

 そして爆発し、魔物は絶命した。


 しかしあと一体残っていて、魔法が発現したばかりなのでもう撃てないテオ。


「はぁ、はぁ……も、もう……!」

「ああ、十分だ。よくやったよ、テオ」


 優しい声でそう言われて、テオは横にいるヘルヴィの顔を見上げる。

 ヘルヴィはテオの頭を撫でながら、魔法を発動。


 テオが一瞬魔物から目を離して、次に見たときには魔物の頭と胴体は離れていた。


「あ、ありがとうございます……まだ僕は、二回魔法を放つのが限界みたいです……」


 たった二回魔法を放っただけで、緊張と疲れからか息切れをしているテオ。


「最初はこれくらいだろう。これから強くなるのだから、大丈夫だ」

「ありがとうございます……だけど、初めて魔法で魔物を倒しました……!」

「そうか、それは良かった。良い経験になったか?」

「はい! ありがとうございます!」


 ヘルヴィの顔を見上げながら、テオはとても嬉しそうにお礼を言った。


 他の人から見れば、ほんの小さな一歩かもしれない。

 しかし、確かにテオは一歩、強者の道へと踏み出した。




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