第77話 思い出の家



 そして、翌日――。

 ついにテオとヘルヴィの、新婚旅行の日がやってきた。


 前日の夜はいつも三回戦はするものを、一回戦でやめておいた。

 朝早く起きて準備をしないといけないのと、旅行先でも出来るからだ。


 日が昇った頃にネモフィラの街を出れば、昼過ぎくらいに到着するらしい。

 だから昼ご飯は道中で食べるので、朝のうちに用意しておく。


 最近はジーナとセリアと一緒にご飯を食べていたので、いつもテオが作っていた。

 なので今日はヘルヴィが昼ご飯を作ることになった。


 テオと出会うまでは料理などしたことはなかったが、教えてもらえれば中々なスピードで吸収していく。

 少し凝った料理も、テオに教わりながらではなく一人で作れるようになっていた。


「よし、これで完成だ」

「お疲れ様です、ヘルヴィさん! お昼が楽しみです!」

「ふふっ、そうハードルを上げるな」


 ヘルヴィは台所に立つときだけにする、白いエプロンを外しながらテーブルにつく。

 いつも綺麗でクールな服を着ているヘルヴィだが、エプロンは可愛いのを着けていた。


 朝ご飯はテオが軽く作ったので、それを一緒に食べる。



 そして荷物などの準備を終えて、家を出る。

 テオはこの街を離れたことが一度もなかったので、初めて老夫婦と共に暮らした家を長く離れることになる。


「なんか不思議な気分です。ずっと離れるわけじゃないのに、少し寂しいような」

「……そうか。テオは、この家を離れたくないか?」


 老父婦がずっと暮らしてきたこの家は、やはり他の家に比べて少し老朽化が進んでいる。

 家自体は平屋で広めだが、これからヘルヴィと永遠に暮らしていくには心許ない。


「……そうですね、離れるのは寂しいです。おじいちゃんとおばあちゃんとの、思い出の家なので」

「……そうか、そうだな」


 ヘルヴィはテオと契約するときに、テオの記憶の大部分を見ている。

 だからテオがこの家が好きな理由、離れたくないという想いがわかっていた。


「すみません、旅行の前にしんみりしちゃって」

「いや、大丈夫だ。夫の想いを受け止めるのも、妻である私の役目だ」

「あ、ありがとうございます」


 少し照れるように笑いながら、テオはお礼を言った。



 まずは傭兵ギルドに向かい、フィオレに挨拶をしに行く。

 最低でも二週間、楽しめるものが色々とあれば、それ以上この街を離れることもある。


 昨日も旅行に行くことを話したが、いつもお世話になっているので当日も話に行く。


 傭兵ギルドに行くと、外で掃除をしているフィオレを見つける。

 まだ朝早いので、ギルドも開いておらず準備中ということだろう。


「フィオレさん!」

「あっ、テオ君! ヘルヴィさん!」


 少し遠くでテオが声を掛け、右手を振りながら走って近寄って行く。

 左手には恋人繋ぎをしているヘルヴィがいて、テオに引っ張られるように駆け足になる。


 その様子を見てフィオレは(親子かな?)と少し思ったが、テオには内緒だ。

 ヘルヴィにはもう通じていて、(夫婦だ)と言われていた。


「二人とも、まだ行かなくていいの?」

「もう行きます! その前にフィオレさんに挨拶を、と思って」

「わざわざ来てくれたの? ふふっ、ありがとう、テオ君」


 自分のことを姉と思って慕ってくれているテオが、とても愛おしい。

 軽くテオの頭を撫でると、「えへへ……」と照れ臭そうに笑うのが可愛い。


 長くやっていると隣にいる奥さんが、とても不機嫌になって心の中でグチグチと言ってくるのですぐに手を離す。


(グチグチなど言わないぞ。ただ頭を撫でるのは三秒まで、テオからしたら五秒までと……)

(はいはい、わかってますよ)

(……最近お前、私に対して雑になってきてないか? 私を悪魔と知ってよくそのような態度が取れるな)


 ヘルヴィが悪魔だとわかっても、変に態度を改める必要はない。

 フィオレはそう思い、ヘルヴィもそれを望んでいた。


(ヘルヴィさんはヘルヴィさんですから。あと雑ではなく、仲良くなったと言って欲しいです)

(仲良くなったのであれば、別に敬語などしなくてもいいぞ? 私は気にしない)

(いえ、一応年上ですし……何歳上からわからないけど)

(一万歳以上はあるな)


 そんなことを心の中で話していると、テオが少し疑問に思う。


「ヘルヴィさんとフィオレさんは、お話ししなくて大丈夫ですか?」

「えっ? あっ、そ、そうだね。ヘルヴィさんも、気をつけて行ってきてください」

「んっ、ああ、そうだな」


 ヘルヴィはいまだに、テオに心の中が読めるというのを伝えていない。

 だから二人が心の中で話しているのが、聞こえないのである。


「なんかお二人、いつも目で会話してるというか……心が通じ合ってるというか……」

「そ、そうかな? テオ君とヘルヴィさんの方が、通じ合ってると思うけど」

「もちろんだ。私とテオは相性が良いからな」

「そ、そうですか? 嬉しいです……!」


 なんとかテオの追求を誤魔化して、二人は安堵の息を吐く。


(ヘルヴィさん、いつ心が読めることを言うんですか?)

(……ふむ、正直に言うと、言うタイミングが無くなってしまったのだ)

(だと思いました。早めに言った方がが良いと思いますよ)


 そうこうしていると、もう出発時間になってきた。


「じゃあ、そろそろ行きます! お土産とか買ってきますね!」

「うん、ありがとう。楽しんできてね」

「はい!」

「フィオレ、短い別れだと思うがまた会おう」

「はい、フィオレさんもお気をつけて」


 挨拶を終え、フィオレはギルドの外の掃除を続行し、二人は街の東の門へと向かう。



 ――数週間後、ヘルヴィがテオにあのことを話していないのを後悔することになるのだが、今は知る由もなかった。



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