第57話 攫われ
「あはははっ! よかった、意外と簡単に攫うことができたよ!」
テオは見えない何かで口を塞がれていて、声を出すことはできない。
手と足も見えない縄みたいので縛られていて、地面に転がっている。
先程まで目の前でヘルヴィと盗賊のボスが戦っているのを見ていたはずなのに、気づいたら景色は変わっていて目の前に男がいた。
テオはその男の姿を見て、声を出せるものならば驚きの声を上げていただろう。
(あの姿、もしかしてヘルヴィさんと同じ、悪魔……!?)
男は頭からツノが生えており、腰からは翼が生えている。
背丈は大きくなく顔も童顔で、テオと同い年くらいに見える。
ヘルヴィの姿を知っているテオからすると、同じ種族にしか見えない。
しかし少し違うのは、ヘルヴィよりもどう見ても小さいということだ。
ツノも翼も小さい、だけど人間ではないというのは見てわかる。
「しかしずっと見てたけど、この人間の何がいいのかなぁ」
男はテオの顔を覗き込んでくる。
頰を掴まれ、無理やり顔を正面に向かせられる。
「顔立ちは整ってるけど、それだけ。別に絶世の美少年って訳でもないし、力なんて皆無。下等な人間の中でも下等。さっぱりわからないなぁ」
頰から手が離れ、興味を無くしたようにテオから視線を逸らす。
テオは周りを見ると、どこかの洞窟のような場所だった。
先程までいた山頂からどれだけ離れているのか、全くわからない。
「恋なんてよくわからないし、どうでもいい。僕たち悪魔には必要ないと思うけど、なんであの人はこんな人間に? やっぱり僕たちとは考え方が違うのかなぁ」
訳のわからないことを言っているが、わかったことは一つ。
(この人は、悪魔なんだ……!)
姿を見てわかってはいたが、今の言葉で確信した。
だけどその悪魔がなぜ、自分を攫ったのか。
「じゃあそろそろ目的を果たそうかな」
悪魔がそう言った瞬間、テオの口を覆っていた何かが取れた。
口だけが取れ、手と足は動かせないままだ。
「ぷはぁ……! あ、あなたは一体……!?」
「いいよ喋らなくて。口を押さえたままじゃ他の魔法を使えないから、解いただけだし」
何者か聞こうとしても、悪魔がテオに全く興味がないのか取り付く島もない。
「君は知らないと思うけど、悪魔を召喚した後、その悪魔を魔界に帰す方法がいくつかあるんだよ」
「ま、まかい……?」
テオが疑問に思ったことなど気にせずに、悪魔は淡々と説明する。
「大抵は願いを一つ聞いて、その代償を貰えば悪魔は魔界に帰れる。これが普通の帰り方。だけどあの人は願いを聞いているにも関わらず、代償を貰っていない。だから魔界に帰れない」
「だ、代償……」
そういえばテオが召喚したときに、ヘルヴィは確かに、
『願いを叶える代わりに、お前の大切なものをいただくぞ』
と言っていた。
それが目の前にいる悪魔の、代償のことなのだろう。
「あの人なら力づくでも奪えるはずなのに、なんでそれをしないのか知らないけど。そういう願いを言ったの? まあどうでもいいや」
そう言うと、悪魔は右手を開いた。
するとその右手付近がテオの目からは空間が歪んで、黒くなったように見えた。
そして悪魔が右手を握ると、そこには黒く大きな鎌が現れた。
「そして他に悪魔が魔界に帰れる方法で手っ取り早いのは――その契約者が死ぬことだよね」
「ひっ……!」
その言葉を聞いて思わず悲鳴を上げたテオ。
悪魔はテオの顔を見て、愉快そうに笑った。
「あははっ! 良い顔するねぇ、一瞬で恐怖に染まった顔になって、嗜虐心がくすぐられるよ。ボクはあまりそういうのないと思ってたのに。もしかしたら、あの人もこの顔を見たいから契約してるのかな」
愉悦そうに歪んでいるその顔は、テオがヘルヴィを召喚する前まで思い描いていた悪魔そのものだった。
「た、助けて……!」
周りには誰もいないことはわかっているが、涙目でそう言うテオ。
それを見てさらに顔を歪ませる悪魔。
「あはは、来るわけないでしょ。ここはさっきまでいたところと、数十キロは離れてる。さっきは双子山の東の山頂。今いるところは西の山頂近く。助けになんて誰も来ないよ」
テオはその言葉に目を見開く。
どこだかわからなかったが、まさかそんなに離れてるとは思わなかった。
「いくらあの人でも、来れるわけがないよ」
悪魔は大鎌をテオの顔近くに持っていき、その恐怖した顔を楽しんでいた。
「君を殺せば、あの人は自由だ。だから君には、死んでも――」
「誰を殺すだと?」
「――らう……えっ?」
いるはずのない者の声が後ろから聞こえ、思わず悪魔は振り向く。
いや、振り向けなかった。
振り向く前に、顔に鋭く重い一撃が入ったからだ。
悪魔は吹き飛び――その身体は、山を削った。
死が目前まで迫っていたテオは、それが無くなり安心し、涙を流しながらその人の名を呼ぶ。
「ヘルヴィさん……!」
テオが今まで見てきたどんな顔よりも、ヘルヴィの顔は怒りに満ちていた。
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