第56話 決着、そして……


「私が、頂点だ。与えられた力に溺れた者が最強など、身の程を知れ」


 ボスはそう言われて、あの声だけの存在の言葉を思い出した。



「君に力を与える。そしてあの悪魔を殺してくれよ」


 そう言った瞬間、ボスの目の前には左腕が落ちてきた。

 上を見ても何もなかったはずなのに、突如現れたように感じた。


「君の利き手らしいね。これをもっと強くして、くっつけてあげるよ。ボクならできる、どう? やるかい?」


 耳元で響いてくる正体不明の声。

 それはボスにとっては魅力的な提案をしてくる。


 しかし……。


「てめえ誰だ? 姿を現さない限り、そんな提案飲まねえよ」


 自分の都合に良い、良すぎるその提案を疑わないわけがない。


 左腕も触らずに、周囲をずっと警戒し続けるボス。


「うん、まあそうだよね。人間の中でも意外と理知的な君は、そう言うと思ったよ」


 その声がしたと同時に、ボスの目の前にまた突如現れた。


 何も感知できないで現れたから屈辱的だが、そいつの姿を見て衝撃を受ける。


「お前は……!」

「ボクの姿なんてこんなもんだよ。で、どうするの? ボクの提案、受ける?」


 その姿を見て、ボスは考える。

 昔に聞いたことあることを思い出して、問いかける。


「その提案を受けたら、お前に俺は何を渡すんだ?」


 目の前に出てきたそいつは、ニヤリと笑う。


「話が早いね。だけどさっきも言ったけど、君がボクに渡すのはあの悪魔の命。君の命なんかよりも価値あるものだね」

「その言い草は気に入らねえが……まあいい。俺の命じゃないだけマシだ。わかった、その提案受けてやる」


 そうしてボスは、強大な力をもらったのだ。



 左腕の力は強い。

 この左腕なら、身体が硬い女も、魔法の女も倒せると確信できた。


 しかし今目の前にいる女、ヘルヴィに関しては勝てると確信がどうしても持てない。


「俺が、最強だぁ!!」


 そんな不安な心を振り切るように、そう叫んでボスは地面を蹴る。

 大きな左腕を振りかぶり、ヘルヴィへと向かって打ち込む。


 自分が先程いたところの岩壁を、一発殴っただけで全てを崩落させた力。

 硬い女でも一発で殺せる、この左腕。


 これなら防げないだろう――そう思って打ち込んだ左の拳、だが。


「邪魔だな」


 ボスの視界には左腕を打ち込んだので見えなかったヘルヴィの姿が、いきなり見えるようになった。


「はっ……?」


 答えは単純、左腕を振り払われたから。


 目の前に飛んでくるハエを、手で振り払うように。

 そのような仕草で、この強大な左腕が上へと弾かれてしまった。


 しかしそんな仕草にも関わらず、左腕に受けた衝撃は尋常ではなかった。


 手首の辺りを払われたのか、そこが折れてしまっている。

 厚くなった筋肉、太くなった骨。

 それが全く意味をなしていない。


 しかしあいつに与えられたこの左腕は、再生する。

 折れたところはたちまち繋がり、治った。


「は、ははっ! この左腕は最強だ!」


 再生してすぐ、またヘルヴィに向かって突き出す。

 体重をかけ、全身全霊で。


「力比べをしたいのか。ならば知るがいい、己の弱さを」


 ヘルヴィも左の拳を握り、突き出した。

 振りかぶりもせず、ただただその左腕を倒すぐらいの力で。


 そして――消し飛んだ。


「ガッ……!?」


 衝撃に耐えられず、ボスは後ろへと吹き飛ぶ。

 地面を数メートル転がり、止まった。


「いっ、あぁ……! なんで、だぁ……!」


 ボスの左腕は、無かった。

 前のように切り落ちたとかではない。


 跡形もなく、消し飛んでしまったのだ。


 強大な力だったはずの左腕が、ヘルヴィの軽く振るった拳で消し飛んだ。


「もう少し弱くてもよかったな。久しぶりに拳を振るったから、つい力を込めすぎてしまった」


 近づいてくるヘルヴィの言葉に、さらに絶望感を覚えさせられる。

 倒れているボスを、ヘルヴィは見下ろした。


「お前は、なんなんだ……!」

「さっきから言っているだろう。私が頂点だと。お前が最強なんて、妄想もここまで激しいと笑えない」


 さすがにボスはもう、ヘルヴィに勝てるとは到底思えなかった。

 この女が頂点かは知らないが、自分はもう勝てないと理解した。


「さて、お前には聞きたいことがある。先程の左腕は、誰から力を与えられたか、だ」


 抵抗をする気もないボスは、正直に答える。


「はっ、俺もよく知らねえが――くっ……がはっ……!」


 ボスが喋ろうとした瞬間、いきなり苦しみ始めた。

 地面に転がりながら苦しみ……そして止まった。


「ねえヘルヴィさん、今の何? こいつどうなったの?」


 後ろから近づいてきたジーナが、そう問いかける。


「……どうやら何者かに殺されたようだ」

「そうね、今のは毒の魔法による殺し方に近かったわね」


 セリアはボスの死体に近づき、魔力を見てそう言った。


「そんなんあるんだ……結局、あの左腕はなんだったんだろうね?」


 ヘルヴィもそのことは気にかかっていた。


 この山に入ってから感じている気配。

 これは少し、自分に――。


「っ!?」


 考えごとをしていたヘルヴィだが、あることに気づく。

 テオに召喚されてから一番の大声を、上げる。


 焦った表情で、今までにない切羽詰まった声で。



「――テオはどこだ!?」



 いきなり叫んだヘルヴィに驚いたが、その意味を理解してジーナとセリアは周りを見渡す。


「えっ、なんで……!?」

「さっきまでそこに……!」


 ジーナとセリアの後ろにいたはずのテオの姿が、どこにもなかった。

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