第55話 左腕


 昼ご飯を食べ終わり、四人は片付けをしていた。


 料理に使う道具をリュックにしまい、ヘルヴィが上空へと浮かび上がらせたときに、それに気づいた。


「……ふむ、招かれざる客が食後に来たようだな」

「えっ?」


 その気配に気づいてないテオが、ヘルヴィの言葉に疑問の声を上げる。


 しかしそのテオですら、それが姿を現わす前に殺気を感じ取った。

 背筋が凍るような気配に、それが来ている方向を見る。


 ジーナとセリアもそちらを見ていて、すでに戦闘態勢だ。


「なにこれ、気持ち悪い気配。嫌な雰囲気だね」

「しかもこの気配、さっきの盗賊の奴よね。随分変わってるけど」


 二人は全力で警戒をしていた。


 テオは怖さから一歩後ずさり、ヘルヴィは守るために一歩前に出る。


 そしてそれが姿を現わす。


 盗賊のボスの身体から何か黒いモヤが出ていて、それがテオですら気づく気配の正体なのか。

 わからないがそれが原因で、この気持ち悪い雰囲気を持っているのは確かだろう。


「なにあれ、キモい……」

「左腕どうなってるのかしら?」


 ほとんど変わらない容姿だが、一つだけ明らかに変わっているところがある。


 左腕はヘルヴィの攻撃を避けるために、自分で殴り落としたはず。

 それなのに左腕がある。


 左腕を回収していたのをヘルヴィは見ていたので、くっついただけなら驚かない。

 一から生やすのは難しいが、くっつける魔法ぐらいならセリアもできる。


 しかしボスの左腕は、異様な姿をしていた。


 肥大していて、右腕よりも五倍ぐらいの太さがある。

 左腕だけ肌色ではなく、赤黒くて気持ち悪い感じだ。


 くっつけるのと同時に、何か改造したのは明らかである。


「さっきぶりだな、お前ら」


 ボスは逃げるときに見せた余裕がない顔は消え失せ、ニヤニヤと笑いながらそう言った。


「もう会いたくなかったけどねー」

「そうだな、それは同意見だ。だからお前ら、この世から消えろ」

「それはこっちのセリフね」


 セリアがそう言った瞬間、ボスはジーナへと接近した。


 テオには残像しか見えない速さだったが、ジーナとセリアは普通に見えた。


 むしろ先程戦ったときよりも少し遅くなっているかもしれない。

 やはり大きな左腕がスピードを落としているのだろう。


 その左腕が、ジーナの顔面へと振るわれた。


「――っ!」


 それをジーナは――避けた。


 しゃがんで避け、次の攻撃が来る前に後ろへと大きく下がる。


 ジーナは鋼鉄魔法に自信を持っている。

 魔法を鍛えて硬くなった身体は、ほとんどの攻撃を弾き受けつけない。


 だから常人以上の反射神経を持っているにもかかわらず、攻撃を避けない。


 ボスとの殴り合いも血は出ていたが、同じところを数十回も殴らないと致命傷にならないぐらいだった。


 しかし今の攻撃は、避けた。

 いつもならば顔面への攻撃など、カウンターで頭突きを入れるぐらいなのに。


 何百戦として培ってきた勘が、避けなければいけないと告げたからだ。


「おいおい、さっきは目突き以外避けなかっただろう? 殴り合おうぜ、今度は俺も避けねえからさ」


 ジーナがなぜ避けたのかわかっているボスは、ニヤニヤと笑いながらそう言った。


「お前の気持ち悪い左腕に触れたくないから、嫌だ」

「はっ、そうか。だが大丈夫だ、触れるのは一瞬だけだ。それでもうお前はこの世にいないからな」


 ボスは笑いながらそう言ったが、あることに気づき周りに目線を配る。


「じゃあ私の魔法も、一瞬だけ触れてちょうだい。それでさよなら、よ」


 セリアが今まで貯めていた魔力を解き放ち、ボスに向けて風魔法を飛ばす。

 先程は一度も当てられなかったが、スピードも落ちて標的もデカくなったので、確実に当たる――そう思ったのだが。


「オラァァ!」


 ボスが左腕を一振りしただけで、セリアの魔法が打ち破られてしまった。


「なっ……!」

「どうした? 今度は触れてやったぜ? さよならは、しないみたいだな」


 ブラックベアのような大型の魔物でも一撃で殺せるほどの威力。

 どんな強い魔物でも、当たれば最低でも傷つけることはできた。


 相棒のジーナの鋼鉄魔法ですら、薄皮は切れるぐらいだ。


 しかしあの左腕に当たったはずなのに、傷一つ与えられなかった。


 つまり異様な左腕は、ジーナの鋼鉄魔法を上回るということがわかる。


 ジーナとセリアがこのまま戦うのであれば、あの左腕以外を狙えばいいだけだろう。

 だがあれだけ大きく、驚異的な武器を持っている相手にするのは難しい。


 普通なら絶望的に思う状況だが、いつもの二人なら不敵に笑う。


 だからこそ、面白い――そう思う二人、だが。


「お前らには手に余る相手のようだな。私がやれば十分だ」


 そんな気持ちなど知らん、というように前に出るヘルヴィ。


「もー、またいいとこ取りするんだから」

「本当ね、ヘルヴィさんといたら面白い敵と戦えないわ」

「ふむ、そうか。ならば帰ったら私が相手してやろう。手加減なしで、な」

「いやそれは私たち多分死ぬよね!?」


 それには返事せずに、ヘルヴィはボスと相対する。


「貴様には聞きたいことがある。今度は逃さんぞ」

「その態度、気に喰わねえなぁ……! いつまでも自分が最強だと思ってるんじゃねえぞ! この俺が、最強だ!」


 今までの余裕の笑みがないボスは、自分に言い聞かせるように叫ぶ。


 ヘルヴィは対称的に涼しげな顔で、相手に諭すように言う。


「私が、頂点だ。与えられた力に溺れた者が最強など、身の程を知れ」



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