第29話 力の差


「次は私からいくわ」

「うん、お願い」


 セリアが前に出て、魔法を準備する。


 先程強めの魔法を放ってしまったから、魔力をしっかり溜めないと撃てない。

 いつもならばジーナがその時間を稼ぐのだが、それもできないだろう。


 しかし……。


「それだけ最強と名乗ってるんだから、私の最強の魔法が出来るまで待ってくれるわよね?」


 挑発するように、セリアは口角を上げながらそう言った。


「ふふっ、いいだろう。気分が良いのでな、待ってやろうではないか」

「それは良かったわ……」


 絶対に待ってくれるという確信はあったが、それだけ余裕で了承されると自分で言ったがさすがにイラっとくる。


(絶対一泡吹かせてやるわ……!)


 そう思い、セリアは本気の本気で魔力を溜める。

 セリアが放とうとしている魔法は難しく、魔力の消費も激しい。


 しかしそれゆえ最強。

 これを放って死ななかった魔物は、一体もいない。


 先程のジーナとの攻防を見る限り、ジーナの攻撃ですらダメージを与えていない。

 それならこの攻撃も、死にはしない……と思う。


「ジーナ、いいのよね?」

「うん、良いと思うよ。ヘルヴィさんがその魔法で死ぬとは到底思えないし」


 相棒のジーナですら、こう言っているのだ。

 それを信じて、全力の攻撃をするしかない。


「いくわよ、ヘルヴィさん。せいぜい死なないようにね」


 そして魔力が溜まり、セリアは両手を前に出して――放った。


「潰れなさい――『高重圧グラビデ』!」


 重力魔法。

 対象の相手にかかる重力を何倍、何十倍にもして潰す魔法だ。


 相手がどれだけ硬くても、どれだけデカくても関係ない。

 どんな魔物も耐えられずに潰れて死んでいく。


 セリアはこれを人間に使ったことなどない。

 扱いが難しく、使ったら絶対に人間は肉片になってしまうからだ。



 ――だが。


「ふむ、重力魔法か。まさかこの時代に使える者がいるとは思わなかったな」


 何も変わらない様子で、ヘルヴィはその場に立っていた。

 まるで魔法なんて喰らっていないかのように。


「嘘……!? そんな、当たってるわよね!?」

「ああ、しっかり当たっている。今私の体重は百倍ほど増えている。もちろん、テオの前で正確な数字は言わないがな」


 セリアは自分の魔法がしっかりかかっていることを確信している。

 百倍重くなっているというヘルヴィの言葉も、自分がそれだけの魔法をかけていると認識していた。


 しかし、それでなぜあんなにも普通なのか。


「なぜ私が倒れないか不思議そうだな、セリアよ。答えは単純、力が足りないだけだ」

「た、体重の百倍が全身にのしかかっていて、平気なの……?」

「私に膝をつかせたいなら、あと数千倍は必要だな」

「ふ、ふふっ……」


 思わず笑ってしまうセリア。

 数千倍必要と言われても、試しようがない。


 今のセリアにとってはこれが限界。

 重力魔法がまずそれほどの強さに至るかもわからない。


 いつもは一瞬で片がつく魔法を数十秒やっているので、セリアは魔力が尽きて魔法を解いてしまう。


「はぁ、はぁ……もう、無理よ、私は戦えない」

「いやー、私も今のを見て無理だって悟ったよ。勝てる気が全くしないね」


 セリアは膝をついて息を荒げながら、ジーナは両手を上に掲げて降参をした。


「ふむ、私から攻撃はほとんどしていないが……それなら最後に、お仕置きとして喰らっていけ」

「あ、あんまり痛いのはやめてね……」

「痛いというよりは、少し苦しい程度だ」


 ヘルヴィが指をパチンと鳴らすと――二人は地面に這いつくばった。


「ぐっ……! えっ、これって……!」

「あ、あなたも、重力魔法、使えるの……?」


 とても難しい魔法で扱える者はほとんどいない。

 それを魔力を溜める時間もなく、一瞬で行うほどの魔法力。


「さ、さすが、魔法の方が得意って、いうだけあるわね……」


 セリアは力を調節できないので、おそらく人にやったらすぐに殺してしまう。

 しかしヘルヴィは自分たち二人を這いつくばる程度に調節している。


 そこでも魔法の差というのがわかってしまう。


「そ、それよりも、きついんだけど……!」

「大丈夫だ、骨が折れない程度には調節している。数分ほどの我慢だ」


 ヘルヴィは笑いながら……ジーナの方の重力を強くした。


「ぐへっ……! ちょ、なんで……!」

「魔法で力を強くして抜け出そうとしても、そうはさせん。重くしといた、ありがたく思え」

「ぐっ、これ、本当に動けないんだけど……!」


 鋼鉄魔法をかけて本気で立ち上がろうとしても、ギリギリ起き上がれないぐらいの重圧がかかっている。


「ヘルヴィさん、終わったんですか?」

「ああ、テオ。見てわかる通り、私の圧勝だ」

「テ、テオくーん……助けてー……」

「テオ、私、全力で魔法を撃った、あとだから……もう、死にそう……」


 近づいてきたテオに、倒れ伏している二人が助けを求める。


 優しいテオなら、自分たちを助けてくれるだろうと思ったのだ。

 ヘルヴィもおそらく「やめてあげてください」と言われると思ったが……。


「そ、その……もう少し我慢してください」

「えっ……ど、どうして……!」

「僕のお、奥さんに……い、いきなり戦いを仕掛けた、お仕置きです……!」


 その言葉に三人とも驚き……ヘルヴィは戦闘の顔から、一気に女の顔になった。


「あ、だけど、その、ヘルヴィさん、もう少し弱目でも……んんっ!?」


 戦いをしたあとだからか、いつもより積極的になったヘルヴィは、二人が見ている前でテオの唇を奪った。


 その後、数分間押し潰されていた二人の重力は、弱まることはなかった。



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