第30話 自重?


「も、もう! ヘルヴィさん! その、キス……を、しすぎです! もうちょっと自重をお願いします!」


 テオは怒っていた。

 しかし他のそれを見ている三人は和んだ。


 顔は真っ赤なのだが、それは怒ったからというよりは恥ずかしいからだ。


 声を張って怒ってはいるが、ときどき恥ずかしそうに言う姿は全く怖くない。

 むしろ三人は愛おしく感じる。


「ジーナさん、セリアさん、大丈夫でしたか? 結構長く魔法を受けてましたよね?」

「うん、大丈夫だよー。心配してくれてありがとう」

「なんとかね……よくキスをしながらあれだけの魔法をできるわね。キスに夢中で操作を間違えて、ペチャンコになるんじゃないかとヒヤヒヤしてたわ」

「それくらい造作もないことだ」


 セリアだけがその異常さに気づける。

 天地がひっくり返っても、ヘルヴィには勝てないと思い知らされた。


「ヘルヴィさんは何者なの? あなたみたいな強い人が、名も知られてないっておかしいわ」

「そうだね。これでも私たち、貴族の護衛を頼まれるほどの強いんだけどなぁ」


 傭兵ギルドに属している二人だが、その実力が認められていろんな指名依頼をもらい、王都で貴族抱えの傭兵として有名である。


「言ったはずだ、私はテオの妻だ」

「いや、聞いたけどさ。その強さは説明できてないじゃん」

「言ったはずだ、私は最強だと」

「それも説明しているわけではないわよね?」


 適当にはぐらかすヘルヴィ。


 二人は無理な追及はしない。

 傭兵ギルドに属している人は、そういった人には言いずらい事情を抱えていることが多いのだ。


 ヘルヴィはギルドに属しているわけではないが、悪魔であることは人に言いふらしてもいいことはないだろう。



 その後、四人はテオの家に帰ることになった。

 ジーナとセリアは宿を取っているが、夕飯は一緒にすることになったのだ。


 帰り道で食材を買いながら、家に向かう。。


「ヘルヴィさん、今日は食べたいものありますか?」

「そうだな……昨日は肉だったから、今日は魚がいいな」

「わかりました、お二人も魚で大丈夫ですか?」

「もちろん!」

「ええ、ありがとう」


 二人は並んで歩き、その後ろをジーナとセリアが歩いている。

 商店街でテオが目利きをして、魚や野菜などを買っていく。


「テオ、重いだろう。半分持つぞ」

「いや、大丈夫ですよこれくらい。慣れてますから」

「……両手に持ってては、手を繋げないだろ」


 頰を赤らめて目を逸らしながら、ヘルヴィはそう言った。


「えっ……あっ、その……」

「ほら、早くしろ」

「は、はい、ありがとうございます……」

「……んっ」


 ヘルヴィは左手に荷物を持ち、右手をテオの方に差し出す。


「は、はい……」

「……よし」


 テオは差し出された手を繋いで歩く。

 頰を赤く染めた二人は、気まずいのか家まで黙って向かった。


「テオ君はわかるけど、ヘルヴィさんはなんであれだけのキスをしてるのに、手を繋ぐときは顔赤くするんだろう」

「さあ? 付き合ったこともない私たちにはわからないわね」

「セリア言わないで、悲しくなるから」


 後ろでその様子を見て、戦ったときよりダメージを受けた二人だった。



 家に帰って、四人で夕食を食べた。

 ヘルヴィの要望通り、テオは魚料理をふるまった。


「んー、美味しい! やっぱりテオ君の料理は最高だね」

「ええ、そうね。野宿で食べてる補給食なんかより断然美味しいわ」

「当然だろう、テオなのだから」

「あ、ありがとうございます」


 三人に褒められて、頰を赤らめながら笑顔を浮かべるテオ。

 照れ隠しに食べる速度が増したのを見て、三人は微笑ましくそれを見ていた。


「テオ君おかわり! いやー、美味しいからいくらでも食べられるね!」

「テオ、私もおかわりしてもいいかしら?」

「はい、もちろん」


 自分の料理を美味しそうに食べてくれる二人に、テオはとても嬉しそうに茶碗を受け取って立ち上がる。


「ヘルヴィさんはお代わりしないの?」

「それなら私たちが、テオの料理を全部食べるわね」


 二人はニヤッと笑いながらそう言った。

 傭兵をやっている二人は細身ながらも、栄養補給として人よりも多く食べる。

 これなら勝てるかもしれない、と思って勝負を仕掛けた。


 あからさまな挑発だったが、テオが絡むとなるとヘルヴィは引くわけにはいかない。


「ふっ、いいだろう。テオ、私ももちろんおかわりだ」

「は、はい、皆さん無理しないでくださいね?」


 それから、大食い勝負は始まった。


 しかしそれを想定して作ったわけではないので、料理には限りがある。

 今日作った分だけじゃなく、保存して明日や他の日に食べようとしていた分も出していく。


 どちらかというと早食い競争だ。


 そして結果は――。


「も、もう食べられない……」

「ま、まさか二人がかりで、負けるなんて……」


 ソファにぐてーっと伸びているジーナとセリア。


「美味かったぞ、テオ」


 ヘルヴィは口元をどこから出したかわからないが、椅子に座って紙ナプキンで口元を拭いていた。


 勝者は明らかだった。


「へ、ヘルヴィさんそんなに食べられるんですね。もしかして、昨日とか足りてなかったですか?」


 昨日出した夕食のおよそ五倍の量は軽々と食べたのを見て、テオはそう問いかけた。


 ヘルヴィはソファで動けない二人をちらっと見て、テオの耳元に顔を寄せて囁く。


「悪魔の私は空腹、そして満腹というものがない。だから本当なら食事をしなくてもいいのだ」

「そ、そうだったんですね」


 生きるためには衣食住が必要、というのは人間の逃れられない定め。

 悪魔であるヘルヴィは、本来それはいらないのだ。


 しかし娯楽として、食事をすることはできる。


「だが味はわかる、だからテオの料理は本当に美味しいぞ、ごちそうさま」


 耳元に近づけていた口を、頰に軽く押し当てた。

 本当なら口にしたいのだが、テオに自重しろと言われたので頰にしといた。


「っ! あ、ありがとうございます……」


 優しい頰へのキスに、恥ずかしそうに頰を染めたテオだった。



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