第28話 戦闘開始


「今の一言で、私は加減ができるかわからなくなったぞ。せいぜい死なないようにな、お前ら」


 ヘルヴィの一言に、ジーナは拳と拳を目の前で力強く合わせる。

 拳がぶつかり合った瞬間、ガギンッという金属音が鳴った。


「上等! いくよー!」


 地面を抉るほどの脚力で、ヘルヴィに向かって跳ぶように接近する。


 右手を大きく振りかぶり、全体重を拳に乗せてヘルヴィの顎へ突き出した。



 ジーナの戦闘方法は単純明快。

 自分の身体に鋼鉄魔法をかけて、殴る。


 しかしこれを破れる者や魔物はほとんどいない。


 単純に、とても硬い。

 剣で斬ろうとしても肌一枚すら斬れない。

 ハンマーで殴ったとしても骨にヒビも入らない。


 更迭魔法は力も強くなるのでその拳は剣と真正面からぶつかり合ったら、簡単に剣をへし折る。

 ハンマーも砕け散る。


 その拳が人体の一部にでも当たったら、その部位は無事では済まないだろう――普通は。


「嘘、でしょ……!?」


 ヘルヴィの顔とジーナの拳の間に挟まれたのは、右の手の平。

 もちろんヘルヴィのものだ。


 無造作に挙げられた手の平に、打ち込んだ全力の拳。

 完璧な打ち込みだった。


 それなのに、ビクともしない。


 ジーナが今まで倒してきた魔物の中でも、自分の拳があまり効かない魔物はいた。

 そのときに打ち込んだときの感触に似ている。


 しかし、確実にそれ以上。

 手応えがあったのに、これほど手応えがないのは初めての経験だ。


「ふむ、思ったより強かったな」


 ニヤリと笑いながら、ヘルヴィが言った。


(微動だにしなかったくせに、何を言っているんだか……!)


 そう思いながら、ジーナは左の拳を最速で打つ。

 今度はヘルヴィの腹へ。


 右の拳で死角になっているし、今度は振りかぶることはない。

 絶対に当たると確信を持ち、殴った。


 威力は弱いが腹に当たれば悶絶はするだろう。

 そう思った、のだが……。


「今度は思ったよりも弱かったぞ」

「……あはは、まさか防がれるとは」


 腹との間に入った、左の手の平に止められていた。


 さっきもそうだが、手が入った瞬間が全く見えない。

 動体視力には自信があるジーナだが、手が動いたという残像すら視認できないのだ。


 ジーナの両手の拳が、ヘルヴィの手の平の中に収まっている。

 右腕が上で左腕が下で、腕が交差した状態だ。


 引いても押しても抜け出せない、離してくれない。


「鋼鉄魔法、珍しいものを使うのだな」

「へー、知ってるんだ……!」


 どうにかして抜け出そうと力を入れているので、ジーナは力んだ声になる。

 それに比べてヘルヴィは鼻歌でも歌えるぐらいの軽やかな声だ。


「ああ、昔に鋼鉄魔法を使える亀の魔物を殲滅したことがある」

「そんな魔物、聞いたことないけど……!」

「今言っただろ、殲滅したと」


 殲滅とは、残らず滅ぼすこと。

 つまりヘルヴィの言っているその亀の魔物は、もうこの世にはいないのだ。


「あいつらの甲羅はなかなか硬くて、壊すのが楽しかったぞ。お前の拳はまだまだ柔らかいな」

「いっ、ああっ……!」


 ヘルヴィが手に力を入れていく。

 その瞬間、ジーナの拳に鈍い痛みが走る。


 たとえハンマーで叩かれても痛みもしない拳が、ヘルヴィの握力で破壊される。


 痛みに耐えきれず、ジーナは地面に膝をつく。

 しかしヘルヴィは手を離してくれない。


「まだ序の口だぞ。指の一本も折れていないのに、膝を折るなど」

「いたたっ! ちょ、ちょっと助けて、セリアァ!」


 思わず相棒の名を呼んだジーナだったが、その相棒は魔力を溜めていた。


「はいはい、助けるけどちょっと痛いわよ」

「い、いいから早くしてー!」


 セリアは魔法を二人に向かって放った。


 風魔法で作った刃。

 それが鋭い風の音を立てながら、二人に接近する。


「んっ……」


 ヘルヴィは咄嗟にジーナの手を離して、その場から大きくジャンプして躱す。

 ジーナも離されてから躱そうとするがさすがに間に合わない。


 鋼鉄魔法をしているジーナだが、身体の何箇所かに切り傷が入り血を流す。


「いったい! ちょっと、加減してよ!」

「解放してあげたんだから、感謝しなさいよ」

「まあそうだけど。いやー、あともうちょっとで拳が潰れるところだった」


 両手を振って痛みを紛らわすジーナ。


 剣で斬っても肌一つ傷つかないジーナの鋼鉄魔法だが、セリアの風魔法はそれを容易く切る。

 深傷ではないが、鋼鉄の身体を傷つける魔法も十分強い。


「ふむ、服が切られなくて良かったよ。危うく観客のテオに違う刺激を与えてしまうところだった」


 ジャンプで躱した拍子に近づいた二人の距離。

 それが意図的かそうでないかは、ヘルヴィのみが知りうる。


 チラッと流し目でテオを見ると、その声が聞こえたのか顔を赤くしているテオが見えた。


「き、切れてたら目を逸らすから大丈夫です!」

「ふっ、ではなおさら切られなくて良かった。テオにはずっと私を見ていてほしいからな」


 その言葉にさらに顔を真っ赤にさせるテオ。


「が、頑張ってください……」

「ああ、もちろんだ」


 可愛いテオの姿を見て先程の怒りが無くなったヘルヴィは、戦闘に戻るために前へ歩く。


「なんかあの二人、戦闘中にイチャついてるんですけどー」

「あんだけ余裕ぶられると腹立ってくるわね」


 ジーナとセリアは不満そうな顔をしながらそう言った。


「すまんな、しかし安心するといい。私は今気分が良い、殺さないように手加減できるほどにな」


 ヘルヴィが右手を前に出す。


 そして戦いが、再開した。



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