第27話 景品を求めて戦いへ


 フィオレに聞くと、傭兵ギルドから離れたところに広めな空き地があるようだ。

 周りに家もほとんどないので、少し大きな音を立てても大丈夫らしい。


「では、そこでやろうか」


 ヘルヴィがそう言って、他の二人も頷く。

 景品であるテオも、もちろんそれについていく。


 四人はギルドを出て、少し歩き空き地へと向かった。


「おー、こんな場所があるんだね」

「戦うのにはもってこいな場所だわ」


 ジーナとセリアが空き地を見渡しながら言う。


「す、少し暗くないですか?」


 テオも同じく見渡しながらそう言った。

 日が沈んできているので、テオの目には戦うには暗すぎるように見えた。


「あー、夜目がきかなかったらそうかもね。私たちは慣れてるけど」

「そうね。ヘルヴィさんはどうかしら?」


 自分たちは問題ないという二人が、ヘルヴィに問いかける。


「私も全く問題ない。昼間と同じくらいには見えている」

「おー、さすがだねー」

「しかし、観客であり盛り立て役であるテオが、私たちの戦いを見れないというのは困るな」


 ヘルヴィはそう言って、指をパチンと鳴らす。


 その瞬間、空き地が一気に明るくなった。


 いきなり明るくなって驚いた三人が上を見ると、大きな光球があった。

 直視しても大丈夫な明るさで、それでもこの空き地を照らすには十分なものだ。


「どうだテオ、これくらいなら見えるだろう?」

「はい、ありがとうございます、ヘルヴィさん」


 顔を見合わせて笑う二人に、ジーナとセリアは少し疎外感を感じてムッとする。


「ヘルヴィさん、私も光球を出しましょうか? 一人でこの大きさの光球を維持する魔法は、大変でしょう?」

「そうだね、戦うなら公平じゃないとね」


 直径十メートルはありそうな光球を出し続けるのは、並の魔法使いでは十数分が限度だろう。

 それを出しながら戦うのは普通は難しいので、セリアも出して公平にしようと考えたのだ。


 その考えを見抜いたのか、ヘルヴィはふっと笑う。


「大丈夫だ。私にとってこんな魔法など簡単すぎて、ハンデにもならない。なんならあと同じものを100個出しても構わないぞ」

「……あまり私たちを舐めないでほしいなー?」

「舐める? 違うな、公正に実力を判断しただけだ」

「いいわ、話すより戦った方が早いでしょ? 実力を示すには」

「そこは同意見だ」


 攻撃的な笑みを浮かべた三人と、これから始まる戦いにドキドキして冷や汗をかいているテオ。


「テオは離れててくれ」

「は、はい」


 急いで離れようとして、ヘルヴィに背を向けて走り出そうとした。


「ああ、そうだテオ。ちょっと待ってくれ」

「はい? ……っ!」


 ヘルヴィに呼ばれて振り返った瞬間、息ができなくなった。

 唇で、唇を塞がれたからだ。


 数秒重ねるだけだったが、いきなりのことで思考が止まるテオ。


 顔を離したヘルヴィは、したり顔で言った。


「これで私は絶対に勝てる。礼を言うぞ、テオ」

「……は、はい、頑張ってくださいぃ……!」


 今度こそ逃げるように、顔を真っ赤にしながら走り出したテオだった。


「うわー、セリア見た? 今の見た? すごいね、今の」

「み、見たわよ。うるさいわね」

「なんでセリアが照れてるの?」

「て、照れてないわよ!」


 どちらも頰が少し赤くなっていたが、セリアはなぜか恥ずかしそうにしていた。


「待たせたな」

「見せつけてくれちゃってさー。いいなー、ずるいなー。この幸せ者ー!」

「ふふっ、褒め言葉だな」

「結婚してるんだよね? いつしたの?」

「昨日だ」

「昨日!? 新婚さんなんだ! そりゃお熱いよねー」

「そうだな。ところで、相方の者は手で顔を隠しているがどうしたのだ?」

「あー、セリアはとっても純情だからねー」

「……うるさいわね、もう落ち着いたわよ」


 深呼吸をしながら心を整えるセリア。

 これから戦うのに、魔法使いが心を乱していたら本気を出せない。


「どっちから戦う? セリアは今落ち着いてないから、私から先でいいよね?」

「……ええ、それでいいわ」

「ほう、お前らは何を言っているのだ?」

「えっ、何が?」


 首を傾げるジーナに、ヘルヴィはニヤリと笑いながら言う。


「お前ら二人でかかってこい。そうしないと勝負にもならないぞ」


 その一言で、ジーナとセリアの顔から一気に熱が引いた。


「……へー、そこまで言うんだ?」

「さっきも言っただろ、そこまで実力がかけ離れているのだ」

「……後悔してもしらないわよ?」

「しないから大丈夫だ」


 今回の戦いに対して二人の感情は楽しみと好奇心だけがあったのだが、今の一言で怒りも追加された。


「わかったよ。こっちは二人で戦う、それだけ自信があるんだね」

「そうね、そうしましょう」

「ああ、そうしないとつまらん」

「ただし! ムカつくから、私たちが勝ったら景品は一つ追加で」


 人差し指を一本だけ立てて、ニヤリと笑うジーナ。


「ほう、別にいいぞ。私が負けるわけないからな」

「私たちが勝ったら――テオ君からのキスを求めるよ」


 その瞬間、ジーナとセリアの目の前から途轍もない威圧感が発せられるのを感じた。


「なっ……!」

「くっ……!」


 その威圧感だけで、二人は一歩後ずさってしまった。


「ほう……私ですらテオからのキスを一度しか受けてないというのに、それを求めるか」


 今日の朝にされたキス以外、全部がヘルヴィからのキスだ。

 テオからのキスなど、ヘルヴィにとってはこの世の何よりも価値がある。


 それを、目の前の女共に奪われるなど、あってたまるものか。


「今の一言で、私は加減ができるかわからなくなったぞ。せいぜい死なないようにな、お前ら」



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