第17話 初夜?


「あっ、お帰りなさい、ヘルヴィさん」

「……ああ、ただいま、テオ」


 ヘルヴィが帰ってきたとき、テオはまだ皿洗いをしていた。

 あれだけの料理を作ったので、それぐらい時間がかかるのは当然だろう。


「手伝おうか?」

「いえ、もうすぐ終わるので」


 テオは最後の一枚を洗い、手を拭いて振り返る。

 そうするとすぐ近くにヘルヴィがいて、少し驚く。


 見上げると、顔を少し赤くしたヘルヴィが、自分の頰に手を伸ばしていた。


「ヘルヴィさん? どうしたんですか?」


 撫でるように自分の頰を触ってくるヘルヴィ。

 くすぐったくて、身を軽くよじらせる。


「あ、あの……」


 その手が首に到達しようとしたとき……ヘルヴィは手を引いた。


「……い、いきなりすまんな。頰が水で濡れていたから、手で拭いたのだ」

「あっ、そうだったんですね。ありがとうございます」


 テオは素直にお礼を言う。

 ヘルヴィは「ああ……」と言って顔をそらす。


 不思議そうにそれを見ているテオだったが、あることを思い出す。


「あっ、お風呂沸かしてませんでした。今やってくるので、待っててください」


 そう言ってリビングから出ていく。


「……はぁー」


 テオを見送って、ヘルヴィはため息をついた。


「どうしたら、初夜を迎えられるのだ……」


 ヘルヴィは焦っていた。


 フィオレにはあんなに啖呵をきってしまったが……。

 初夜というのは、もちろん初めての経験だ。


 そして初夜に起こるアレも、お互いに初めて……のはず。


(待てよ、テオは初めてだよな……?)


 自分のことは自分が一番わかっているので、初めてなのは確信している。

 しかしテオが初めてではない、なんて保証はどこにもない。


(テオと契約した際に受け取った情報を、全て思い出せ――!)


 この情報はとても大事なことだ。

 テオが初めてではないのなら……特に行動は起こさないが、心の中ではそれはそれは落ち込むだろう。


 ドキドキしながらテオの記憶、情報を掘り返すが……。


(良かった、ない……)


 冷や汗を拭きながら、安堵のため息をつく。

 自分が受け取った情報の中に、テオが初めてを経験したというものはない。


 ヘルヴィが受け取った情報は、テオの中で特に記憶に残っているものなどが多い。

 なので初めてを経験していれば、そういうのは絶対に受け取っているはずなのだ。


(しかし、新たな問題が発生した……!)


 テオ・アスペル、十四歳。

 ――性知識が、ほぼ全くない!


 老夫婦と暮らしていたから当然といえば当然なのかもしれないが、それでも無さすぎる。


(まさか自分が、『精通』していることすら知っていないとは……!)


 一三歳のときに精通はしているようだが、寝ているときに夢精しただけでそれが何なのかわかっていないようだ。

 お漏らしだと思ったようで、テオとしては恥ずかしい事柄と記憶されていた。


(これは、ヤバいんじゃないか……? まさかこれほどテオが、性知識に乏しいとは思ってもいなかった)


 自分は知識としてはあるが、経験は全くない。

 そしてテオは、知識も経験もない。


 そんなピュアな二人が、ちゃんとした初夜を迎えるなんて、無理な話だろう。


「どうすれば……」


 ヘルヴィは考えて考えて……仕方なく、決断することにした。



「ヘルヴィさん。お風呂の準備できましたよ」

「テオよ!」


 リビングに戻ってきたテオの肩を、ガッと掴む。


「えっ、な、なんですか?」


 驚きながらも目を合わせると、ヘルヴィは言った。


「勉強するぞ!」

「……はい?」


 ヘルヴィはテオの身体を押して、ソファに座らせた。

 呆気に取られていたテオは抵抗することなく座ったが、頭にハテナマークを出している。


「勉強って、何のですか?」

「やればわかる」


 ヘルヴィはテオの前で腕を組んで、右往左往している。

 何から教えればいいか、迷っているのだ。


「そうだな……まずテオよ、お前は子供がどうやって生まれるか知っているか?」

「えっ、こ、子供ですか?」


 テオは顔を赤くして、ヘルヴィの顔をチラッと見てからすぐに背ける。

 そして手を太ももに挟んで、モジモジしている。


(なんだその格好、可愛い……いや、違う、違くないが今はそこじゃない。この反応、まさか知っているのか? だが先程記憶を確認したときは、そういう風には思えなかったが……)


 テオはためらいながらも、子供がどうやって生まれるかを答える。


「そ、その、夫婦となった男女が、き、き……キスをしたら、十ヶ月後に、コウノトリが運んでくるって……!」

「……」


 顔を真っ赤に染めて、ヘルヴィの唇をチラチラ見ながらテオは言った。


 まさかそんな迷信を、そんなにまで信じ込んでいるなんて思いも寄らなかった。


(私の唇を見てもじもじしているテオ、本当に可愛いなぁ……)


 少し現実逃避して、テオの姿を見てそう考えるヘルヴィだった。

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