第16話 いざ〇〇へ
三人はテオが作ったプリンを食べ終えた。
ヘルヴィの好みに合った、とても甘くて美味しいものだった。
「美味かったぞ、テオ。私が生きてきた中で、間違いなく一番だ」
「そ、そんな大袈裟な……!」
「いや、大袈裟なんかじゃない。事実を言ったまでだ」
「本当、美味しかったよ。ありがとうテオ君」
「あ、ありがとうございます……!」
二人に褒められて恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めるが、とても嬉しそうに笑うテオ。
その顔を見ながら食後の紅茶を飲む二人は、とても和やかで幸せな気分だった。
紅茶も飲み終わり、もう日が完全に沈んで外は真っ暗だ。
「もうこんな遅くなっちゃいましたね。フィオレさん、どうしますか?」
「んー、そうだなぁ……」
フィオレがこの時間までテオの家にいるとき、いつもならそのまま泊まっていく。
何十回もあったことなので、いまさらテオは意識することなく泊まってもらっている。
逆にフィオレは毎回緊張している。
ベッドが二つしかないので、テオが寝静まったのを隣で確認して、ちょっと残念がりながら寝る。
その次の日は、絶対に他の受付嬢からナニかあったか聞かれるが、彼女たちの求める情事をすることはなかった。
だが今は、テオには奥さんがいると知ってしまった。
フィオレはチラッと、奥さんを見る。
ヘルヴィは紅茶のカップを片付け終わり、振り返るところだった。
「フィオレは私が家まで送ろう」
「あっ、じゃあ僕も……」
「テオは皿洗いなどをしていてくれ。これも大事な仕事だ」
「あっ、そうですね。わかりました。フィオレさんをお願いします」
「ああ、任された」
話は決まって、フィオレは今日は泊まらずに家へ帰ることになった。
少し残念だが、もう奥さんができたのだから当然だろう。
「テオ君、ごちそうさま。本当にありがとうね」
「はい、またいつでも来てください」
そしてテオの家を出て、女性二人で夜の道を歩く。
道の端にときどきある、魔道具の光だけが道を照らしている。
フィオレは隣を歩くヘルヴィをチラッと見る。
夜であまり見えないはずなのに、それでも美しく綺麗な女性だということがわかる横顔だ。
夜の道をドキドキしながら歩いていたフィオレだが、無言が耐えられずに話しかける。
「あ、あの、ヘルヴィさん」
「ん、なんだ?」
「私、ヘルヴィさんという婚約者がいるって知らなくて、テオ君の家に何回も泊まってたんですけど……」
「ああ、知っている」
契約の際にテオの情報を把握しているヘルヴィは、そのことはすでに知っていた。
その言葉に心臓が鷲掴みされたように、息が詰まるフィオレ。
「す、すいません。もう泊まらないので……」
「いいぞ、別に。泊まりに来ても」
「えっ? いいんですか?」
フィオレは目を見開いて驚く。
言葉や行動の節々に、「テオのことが大好き、独り占めしたい」と表して見えるヘルヴィ。
絶対の他の女を、テオの家に泊まらせたくないと思っていた。
「私はテオに害を為す者には容赦しない。フィオレも見ていたから、それはわかっているだろう」
「は、はい、そうですね」
朝にギルドであった出来事を思い出す。
テオのことを殴ろうとしたカールの腕を、バキバキに折った。
どうやってやったかが全く見えなかったのが、恐ろしい。
しかしその後に、キス未遂をやったことの方が記憶に残っている。
それを思い出して少し顔を赤くする二人だった。
「んっ、んんっ、まあそういうことだ。フィオレはテオと仲が良い。これからも仲良くしてやってくれ」
「は、はい、ありがとうございます」
「だが、妻は私だけだ。浮気でもしたら……わかっているだろうな?」
「は、はい……わかって、ます」
暗闇の中、睨んできたヘルヴィの目が光ったのは、気のせいだと思いたい。
家の近くまで来たとき、ちょっと疑問に思ったことをフィオレは問いかけた。
「そういえば、これからもテオ君の家に泊まりに行ってもいいんですよね?」
「ああ、いいぞ」
「じゃあなんで今日は泊まっちゃダメなんですか?」
その質問に、ヘルヴィは止まった。
そこはちょうど、フィオレの家の前だった。
「ヘルヴィさん……?」
「ふっ、ふふふっ……!」
突如笑い出したヘルヴィを、不思議そうに見つめる。
「ふふっ、そうか、君は知らないだろうな」
「な、何がですか?」
「私とテオは、今日結婚したのだ」
正式には役所などに結婚届けなどを出していないのでまだなのだが、テオとヘルヴィの中では今日が結婚した日だろう。
「そ、そうなんですか?」
「ああ、つまり……わかるな?」
「何がですか?」
「わからないか……仕方ない、まだフィオレは子供ということだ」
「なっ! ど、どういうことですか!?」
「今日結婚した、そう、つまり――」
ヘルヴィは、告げる。
「今日が、私たちの『初夜』なのだ――!」
「なっ……!」
その言葉を聞いて、フィオレは顔を真っ赤に染める。
「そんな神聖なる『初夜』を、邪魔されては敵わないだろう」
悪魔の口から「神聖なる」という言葉が出てきたが、誰も指摘する人はいない。
「しょ、しょ、しょや……!」
たどたどしくその言葉を口にするフィオレ。
まさかそれが理由で泊まることを断固拒否されるとは思ってもいなかった。
しかし、とても真っ当な理由でもある。
「ということだ。今日は泊まらせるわけにはいかない。すまないな」
「い、いえ……だ、大丈夫です」
「君は私に、『初めて』と言ったな。そうだな、今までの私はそうだろう。だが明日会う頃には――今の私はいなくなっているから、よろしく」
何を言っているのかわからないが、フィオレも理解せずに言葉を発する。
「た、楽しんでくらさい!」
「ふむっ、さらばだフィオレ。また明日」
「は、はい……!」
闇夜に消える純白の髪を、ただただ呆然と見つめるフィオレだった。
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