第6話 殺意
話しかけられてテオは少しビクッとしながら、そちらを見る。
「あっ……カールさん」
定期的にテオが一緒に依頼を受けるパーティのリーダーだ。
普通のパーティは一回追放したらもう一緒にやらないのだが、このパーティは別だ。
何回も追放しておいて、必要になったら都合良くテオを誘って一緒に依頼をやる。
だけどその報酬は働きに見合わない。
テオ自身もあまり一緒にやりたくない仕事仲間、という意識はあった。
「まさかお前ごときにこんな美女の婚約者がいたなんてな! なあ、お前ら?」
「ああ、お前じゃ釣り合わなすぎるだろ!」
「本当だな!」
三人の男たちは周りの目なんか気にせずにそう喋る。
少しでも周りを見れば、フィオレや他の受付嬢、そしてヘルヴィがとんでもない目で三人を睨んでいるのがわかる。
テオも三人に苦手意識を持ちながら話すので、周りの様子に気づいていない。
「そ、そうですね、僕には勿体無いくらいで……」
「そうだよな! だからさ……」
カールは身長が低いテオに肩を回して体重をかける。
そして耳元で周りに聞こえないように、話す。
「俺らに貸せよ、あの女」
「っ!」
「まずは一晩だけでいいからさ、いいだろ? いつもお前を依頼に連れて行ってやってるだろ?」
ニヤニヤしながらそう話すカールに、周りの男たちも同じことを考えているのかニヤついている。
小さな声で話しているのでさすがにフィオレは聞こえないが……悪魔であるヘルヴィには、余裕で聞こえた。
殺意が、膨れ上がる。
「へ、ヘルヴィさん……?」
表情は変わらないのに威圧感が増していくヘルヴィ。
その姿を見て、自分に向けられているものではないとわかっているのに恐れ戦くフィオレ。
(ああ、久しぶりに、本当に久しぶりに、心から殺したいと思ったぞ……貴様ら)
悪魔であるヘルヴィは人間など、何百と殺したことがある。
しかしその中で自分が殺したいと思って殺したのは、数少ない。
ほとんどが悪魔の契約で呼ばれて、その契約に従って殺したものだ。
そこにヘルヴィの感情はない。
脆弱な人間ごときが、自分を犯そうとしているからこんなに怒っているのだろうか?
いや、違う。
(私のテオを、侮辱したな……?)
悪魔である私の、契約者であるテオを。
私の、旦那を。
(貴様ら――殺すぞ)
ヘルヴィの様子に全く気付かないテオと三人組は、話を続けている。
「その、それは……」
「あっ? まさか嫌って言わねえよな? 今までの恩を考えろよ」
テオは三人に恩など、ほとんど感じていない。
あれだけの扱いをされれば当然だろう。
しかしこの三人は自分よりとても強く、逆らうことができなかった。
だから少しの報酬でも、依頼について行ったのだ。
だが今回は――。
「す、すいません! それはできません!」
肩を組んできたカールの腕を外し、頭を下げる。
「はっ? マジで言ってんの?」
「マ、マジです! それだけは絶対にできません!」
今までは自分だけが耐えればいいから、耐えてきたのだ。
しかし今回は、ヘルヴィにも途轍もない迷惑が掛かってしまう。
それに――。
「ヘルヴィさんは、僕の、お、奥さんです! 誰にも渡しません!」
他でもない自分が、こんなにも心から拒絶している。
それを誤魔化すことは、絶対にできない、したくないのだ。
「ああ!? 何様だてめえ! 痛い目見ねえとわかんねえのか!」
カールは腕を外されたことと、生意気にも口答えしたことに激怒した。
格下から舐められるのは、彼が一番嫌いなことだった。
腕を振り上げ、テオに振り下ろす。
テオも殴られると思って目を瞑り、少しでもガードできるように腕を上げた。
「ガッ……!」
待ってもテオの腕には衝撃が来なくて、なぜかカールが魔物に殴られたときと同じような呻き声を上げたのが聞こえた。
おそるおそる目を開け、目の前の光景を見ると……。
「いっ、あああぁぁぁ……!? お、俺の腕が……!」
カールの右腕が、あらぬ方向に曲がっていた。
一方向に曲がっているわけじゃなく、肘から先がギザギザした形になっているのが服の上からでもわかる。
もしかしたら骨が皮膚から出ているかもしれない。
テオも三人の男たちも、カールの腕がなぜこうなったのか、誰がやったのかまるでわからない。
近くで見ていたフィオレもどうやったのかはわからないが……誰がやったかは、なんとなくわかった。
「さすが私の旦那様だ」
「えっ、ヘルヴィさん!?」
テオがカールの腕を見て呆然としていると、後ろからヘルヴィが抱きしめてきた。
豊満な胸が背中に当たり、甘美な香りが鼻を通り抜ける。
「私を想っての言葉、とても嬉しかったぞ」
「えっ、僕は何もできなくて……」
テオは否定しようとしたが、ヘルヴィの人差し指が彼の口に当てられて言葉が遮られる。
「惚れ直したぞ、テオ」
「ヘルヴィ、さん……」
後ろから覗き込まれるように目線を合わせられ、吸い込まれるような瞳に何も言葉が出てこないテオ。
ヘルヴィは軽く笑みを浮かべているが、内心は結構荒れている。
(あああ可愛い可愛い……! さっきの言葉は本当に嬉しかったぞ、テオ……! なんてつぶらな瞳で純粋な目なんだ、それに当てている人差し指から感じる唇の感触……ぷるぷるで、今にも食べてしまいたい……!)
さすがに人前だから自重しているが、ここがテオの家で二人きりだったら、確実に唇を奪っているところだ。
(いや、むしろなぜ悪魔の私が我慢をしなければいけないのだ……? こんな美味しそうな果実、我慢するなんてもったいない……)
数秒前に思ったことを撤回し、このままテオの唇を……。
「て、てめえの仕業か!」
「テオのガキがこんなことできるわけねえ!」
「俺の腕をこんなにしやがって……てめえ、覚悟し――ひっ!?」
カールが痛みを耐えながら声を荒げていたのだが――ヘルヴィと顔を合わせた瞬間、言葉が出なくなる。
瞳孔が開き切った目が、カールを睨んでいた。
――これ以上喋ったら、殺す。
ヘルヴィの目が、そう物語っていた。
「ひいっ……!?」
「お、おい、カール!」
「どこに行くんだ!?」
本能で死を悟ったカールは、戦おうという意志はもうすでに無く、この場を逃げることしか考えられなかった。
ギルドから勢いよく飛び出していったカールを、他の二人が追いかけて行った。
「そ、その、ありがとうございます、ヘルヴィさん!」
「あっ……」
テオは今の体勢を突如思い出したのか、顔を真っ赤に染めてヘルヴィから離れる。
ヘルヴィの口から漏れた寂しそうな声は、彼には聞こえなかった。
(くそ、あいつらのせいで、せっかくのチャンスを……。いや、私たちは夫婦だ、これからもっとチャンスは来るか……次は、逃さない)
ヘルヴィがそんなことを考えているとは、テオは想像もつかない。
(び、びっくりした……!)
ヘルヴィがテオに迫っていたのを間近で見ていたフィオレは頰を赤く染め、動悸がする胸を抑えていた。
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