第7話 依頼へ


 ギルドに来ていきなりちょっとした事件があったが、無事に終わった。

 カール達にとっては無事ではないかもしれないが、テオやヘルヴィにとっては無事だったからこれでいいのだ。


「テオ君、今日はどの依頼を受けるの?」


 受付カウンターでフィオレが彼にそう問いかける。


「簡単な依頼はないですか?」

「今日はないみたい」

「そうですか……」

「ごめんね」

「あ、いえ、フィオレさんのせいじゃないですから!」


 テオは慌てたように手を振る。

 その様子を見てクスッと笑うフィオレ。


 いきなり婚約者を連れてきてビックリしたが、やはりテオは変わっていない。


 そしてその婚約者なのだが……。


「ねえねえ、ヘルヴィさん、テオ君とは昔から仲良かったの!?」

「そ、そうだな……」

「昔のテオ君って絶対に可愛いわよね! なんかそういうエピソードとかない?」


 フィオレ以外の受付嬢に、絡まれていた。


 先程のキス未遂を見ていたのはフィオレだけじゃなく、他の受付嬢もだ。

 むしろ未遂で終わったことに気づいていないのは、この場にいる中ではテオだけである。


「エピソードか……昔、テオはおねしょしたことを隠していたら祖父にバレて怒られ、祖母に泣きながら抱きついて慰められた、ということならあったぞ」

「きゃー! かわいい!」

「ちょちょ!? なんでヘルヴィさんがそのこと知ってるんですか!?」

「私だからな」


 契約した際にテオの情報を把握したヘルヴィ。

 昔のことなども断片的ではあるが、情報としては持っているのだ。


 特にテオ自身が思い出深いことなどは、ヘルヴィには伝わっている。


「あはは、そんなことがあったんだね、テオ君」

「うぅぅ、恥ずかしいから誰にも知られたくなかったのに……」


 その後もヘルヴィは受付嬢たちにテオの過去の話をしていく。


 テオは恥ずかしいのでフィオレとの話に集中する。

 フィオレは他の受付嬢とともにヘルヴィの話を聞きたかったのだが、彼がさすがに可哀想なので話に付き合う。


「今日の依頼はどんなのがありますか? できれば僕一人で行けるやつで……」

「うーん、薬草集めの依頼とかならあるけど、魔物が出る可能性が高い一帯のところだからなぁ」

「難しそうですかね……」

「うん、テオ君一人じゃちょっと厳しいかな」


 魔物の中でも一番弱いとされるゴブリンでさえ、二体以上いたらおそらくテオは負けてしまう。

 魔物が出る地域への依頼はテオ一人では不可能に近いだろう。


 そう、一人だったら。


「テオよ、私を忘れていないか?」

「あっ、ヘルヴィさん」


 受付嬢たちの話から抜け出してきたヘルヴィが後ろから話しかける。


「お前を一人で依頼に行かせるわけないだろ?」

「えっ、でもヘルヴィさんに危険な目に遭わせるわけには……」


 悪魔であるヘルヴィの実力を知らないがゆえか、心配そうにそう言ったテオ。


 彼のその優しさにキュンとしながらも、表には出さずにヘルヴィは話を続ける。


「私は控え目に言って、最強だぞ?」

「えっ、控え目に言って、ですか?」

「ああ、そうだ」


 ヘルヴィはフィオレの方を向いて話す。


「私がついていくのは問題ないか?」

「あ、はい、大丈夫ですが、報酬は変わりませんよ」


 普通なら一人で受けた方が、報酬は独り占めできる。

 だからこういう場合、二人で受けても報酬は変わらないのでそちらで折半していただく、ということで説明するのだ。


「それこそ問題ない。同じ財布の中に入る、ということなのだから」


 しかしすでに夫婦である二人には、折半ということはせずに済む。


「そ、そうですか、わかりました。ではどの依頼をお受けになりますか?」

「日帰りで出来る依頼の中で、一番難しいものを」

「……えっ?」


 ヘルヴィの言葉に、フィオレにテオ、それに周りで聞いていた受付嬢たちも耳を疑う。


「なんだ、聞こえなかったか?」

「い、いえ、聞こえましたが、大丈夫なのでしょうか?」

「へ、ヘルヴィさん! 無茶ですよ! 僕たち二人でそんなのは!」


 二人でそんな高度な依頼はできないと言うフィオレとテオだが、ヘルヴィは「全くもって問題ない」と言いたげな顔である。


「それで一番難しい依頼はどれだ?」

「え、えっと、一応こちらになります……」


 とりあえずフィオレはその依頼書を出して読み上げる。


「この街から東にある森にある洞窟に生息する、『キマイラ』を討伐せよ。というものですが……」


 キマイラという魔物は、ライオンの頭、山羊の身体、毒蛇の尻尾を持つ化け物である。


 そこまで気性が荒くないので、手出しさえしなければ人間を攻撃することはないとされている。

 だが怒らせてしまったら最後、確実に殺されるだろう。


 そんな危険な魔物が街の近くに住み着いてしまって、住人たちはとても困っているのだ。

 今は国からの対応を待っているところだが、簡単に倒せる魔物ではないのでとりあえず放置している。


「いやいやいや! やっぱり無理ですって!」


 かなり最強の部類に入る魔物の依頼で、テオは頭を振ってヘルヴィを止めようとする。


「なんだ、そんな雑魚が一番難しい依頼なのか?」

「へっ……? 雑魚……?」


 ヘルヴィは逆に拍子抜けだ、という風に話す。


「まあいい、その依頼を受けようじゃないか」

「や、やめた方がいいと思われますが……」

「大丈夫だ、じゃあもう行こうか」


 ヘルヴィはテオの手を取り、ギルドの入り口に歩き出す。

 もちろん来るときと同じように、恋人繋ぎだ。


「えっ、ええっ! ほ、本当に行くんですかヘルヴィさん!?」


 まだ手を繋ぐのは慣れていないテオだが、今はそれどころじゃない。

 テオにとっては死地に向かうと同然なのだから。


 引っ張るようにしてテオの手を引くヘルヴィは、振り向いて少し笑って言う。


「大丈夫だ、私は最強なのだから」


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