第5話 婚約者
誰もが、その美女を二度見した。
純白の長い髪がふわりと風に流れる度に、妖艶的な香りが辺りを魅了する。
街行く人たちはまず正面から見惚れて、その次にすれ違う瞬間の香りで振り向きながら後ろ姿を眺める。
街中の人たちを歩いているだけで魅了してしまうヘルヴィの隣には、同じく魅了され、そして意図せずに魅了し返しているテオがいた。
テオは香りやその優美な姿に見惚れているのだが、隣を歩きながら無意識に彼女の手を握っていたのだ。
無意識なのでまだテオは彼女の手の柔らかさなどに気づいていない。
しかしヘルヴィは普通に気づいているので、彼の手の感触を堪能していた。
(くっ、男のくせになぜこんなに柔らかいんだ……それにスベスベだし、もしかしたら私よりきめ細かいんじゃないのか!?)
そう思っているが顔には出さず、ヘルヴィは問いかける。
「テオ、ギルドはこっちでいいのか?」
「……あっ、えっ、すいません、なんですか?」
「ギルドはこっちでいいのか、と聞いている」
「あ、はい、そうです!」
見惚れて呆然としていたテオはハッとして、質問に答える。
何も考えずに歩いていたが、いつもの癖でギルドに向かっていたようだ。
「そうか」
「えっ? あっ、すいません!」
テオは手を握っていたのに気づいて、すぐに彼女の手を離す。
「あっ……」
「いきなり手を握って失礼でしたよね、すいません」
「い、いや、大丈夫だ。その……」
先程の柔らかさや暖かさが離れてしまい、少し残念そうな顔をするヘルヴィ。
ヘルヴィの顔をずっと見ていたので、テオはそれに気づく。
「えっと……手、繋ぎますか?」
「……う、うむ」
今度はしっかりと手を繋ぐ二人。
指と指を絡ませ、恋人繋ぎというものをやる。
「ヘルヴィさんの手、なんだかあったかくて柔らかいです」
「そ、そうか……」
今度は意識して手を握ったのでテオはそう感想を言ったのだが、ヘルヴィはニヤけるのを抑えるのに必死だった。
(お前の方が柔らかいしあったかい……と言えたらどれだけ楽なのか! くそ、なんなんだこいつは。正直に言いすぎだろ、私が恥ずかしくなる……!)
初々しいカップルの雰囲気を醸し出しながら、二人はギルドへ歩いた。
そして二人は到着する。
他の建物よりも少し大きい傭兵ギルド。
入り口は常に開いていて、誰でも入れるようになっている。
そしてテオは中に入り、ヘルヴィも後に続く。
「ヘルヴィさん! ここが傭兵ギルドです!」
「ほう、そうか」
ヘルヴィは初めて来た、といってもテオの情報を持っているから、なんとなく知っている。
持っている情報を噛み合わせるために、周りを見渡す。
カウンターの場所、依頼書が貼ってある壁、そして――。
(あいつらか)
何個かあるテーブル席に座っている三人組。
ヘルヴィを見て固まっているが、彼女としてはなぜそうなっているかなんてどうでもいい。
殺気を出しながらそいつらを睨む。
「……なんか、寒くないか?」
「そうか? わからないが……」
「そんなことより、あの女すごいな……」
ヘルヴィに見惚れているのと、そもそも殺気を感じ取れるほど熟練者でもないので気づかない。
(まあ今はいいだろう。だが邪魔してきたら――)
「ヘルヴィさん、カウンターに行きましょう!」
「ん? ああ、そうだな」
ヘルヴィは話しかけられたので考え事をやめ、テオの後をついていく。
「あっ、フィオレさん!」
テオは受付嬢のフィオレに気づいて、少し駆け足で寄っていく。
いまだにヘルヴィと手を握っているので、彼女も一緒で駆け足になる。
「おはようございます!」
「え、ええ、おはようテオ君。その、彼女は……?」
フィオレは彼に謎の美女について問いかける。
二人は二年前から知り合っているが、こんな美女と彼が知り合いだったなんて全く聞いたことがなかった。
「あ、えっと……」
テオは説明しようとしたが、さすがに悪魔だということを言うわけにはいかない。
どう説明しようか悩んでいたが、ヘルヴィが代わりに話す。
「初めまして、フィオレ嬢。私はヘルヴィ、テオの……婚約者、だ」
「こ、婚約者!?」
その言葉にフィオレはもちろん、周りで聞いていた受付嬢たちも驚愕する。
テオも少し驚いているが、ヘルヴィが話を合わせてくれていると思って黙っていた。
少し顔を赤くしながら、ヘルヴィは続ける。
「ああ、彼が老父婦に育てられたというのは知っているだろうか?」
「は、はい、存じておりますが……」
「その老夫婦の友人が私の親で、昔に私とテオを婚約させていたんだ」
それっぽい経緯をすぐに話せるヘルヴィに、テオは驚いた。
もちろんそんな過去はないが、特に違和感はない。
「そうだったんですね。テオ君、教えてくれればよかったのに」
「あはは、すいません……」
そんな話本当はないので、話せるわけがなかった。
「テオを責めないでやってくれ、フィオレ嬢。彼も昔のことで、最近まで忘れていたんだ」
「そうなんですね。あとフィオレで大丈夫ですよ」
「そうか、私もヘルヴィで大丈夫だ」
二人の女性は顔を見合わせ、笑う。
テオもいつもお世話になって入りフィオレと、結婚したヘルヴィが仲良くなってくれて嬉しく思っていた。
「おいおいおい! あの弱くて臆病なテオに、婚約者だって!?」
大きな声で煽るように話しかけてきた、先程までテオを待っていた三人組の一人。
ニヤニヤした顔で絡んでくるそいつらを――ヘルヴィは冷たい目で、鋭く睨んだ。
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