第4話 名前
テオのプロポーズが成功し、数分が経った。
「……」
「……」
二人はテオの家で、ベッドに無言で隣り合って座っていた。
テオは勢いのままプロポーズしたはいいが、こんな美女と自分が結婚したのが夢ではないかと疑って、少し呆然としている。
悪魔はプロポーズを受けたはいいが、恋愛などしたことがないのでこの後どうすればいいのか全くわからず、黙ってしまっている。
二人ともときどきチラチラ相手のことを見るのだが、結構な確率で目が合う。
合った瞬間、二人とも顔を赤くし勢いよく反対方向を見る。
(こんな綺麗で可愛い人が、僕の奥さん……! ほ、本当に夢じゃないよね?)
(この男が、私の旦那……! くそっ、特に力も感じないこの男に、なぜ私はこんなに動揺させられるのだ……!)
幾度も目線を合わせ、そして逸らて……。
それを繰り返し、ようやくテオから話しかける。
「あ、あの、悪魔のお姉さんの、お名前って……?」
「……ヘルヴィだ」
テオと悪魔、ヘルヴィは身長差がある。
普通はこういう場合男の方が大きいが、二人の身長差は逆でヘルヴィの方が高い。
座っていてもそれは変わらず、テオがヘルヴィと目を合わせると意図せずに上目遣いになる。
ヘルヴィは見下ろすように目線を合わせたが、テオの心配そうに問いかけてくるその姿に心を打たれる。
(くそ、調子が狂う……!)
ヘルヴィは表には出さないようにしながら、自分の名前を言うことに成功した。
「ヘルヴィ、さん。あ、僕の名前は……」
一度名前を呼んでから、自分の名前を言っていないと思って話そうとしたが。
「テオ・アスペル、だろ?」
「えっ、そうですが……僕言いましたか?」
「契約の際に、お前の情報はほとんど全て把握している」
「そうなんですか! すごいですね!」
普通は気味悪がるところだが、テオは純粋にその能力を称賛した。
ヘルヴィはテオの顔を見ながら、自分が知っている情報を思い出す。
老父婦に育てられたが二人とも亡くなり、一人でこの家に住んでいること。
一人で暮らすために、力や魔力もないのに傭兵として働いていること。
テオを侮っている奴らにいいように使われていること。
他にも色々と情報を知っているが、最後のことを思い出し腹が立ってくる。
(こいつを蔑ろにした奴ら全員、名前と顔は把握している。これ以上こいつを侮辱してみろ、それは間接的に妻の私を侮辱していることに……『妻』って……!)
怒りが湧き上がっていたのだが、たった一つの言葉に惑わされて怒りは消えてしまった。
「ヘルヴィさん、どうしたんですか?」
いきなり顔を赤くしたヘルヴィを不思議に思って、テオはそう問いかけた。
「い、いや、なんでもない。ところでお前はいつもこの時間になったら行くところがあるんじゃないのか?」
「えっ、ああ! そうだ、ギルドに行かないと!」
ヘルヴィはなんとか話を反らせることに成功してホッとしている。
テオはそんなヘルヴィの様子に気づくことなく、慌てた様子でベッドから立ち上がり用意する。
「ヘルヴィさん、そんな情報まで知っているんですね」
「悪魔だからな、私は」
「すごいです!」
「あ、ああ、ありがとう」
テオの用意が終わり、家を出ようとする。
「あ、あの、ヘルヴィさんも一緒に来ますか?」
「ん、そうだな、ここに一人でいても暇だ」
「でも、その、ヘルヴィさんの格好はこの街じゃ目立つというか……」
悪魔であるヘルヴィは頭にはツノがあり、腰からは漆黒の翼が生えている。
この街に、いや、ほぼ世界中を見て回ってもこの姿をしている人はいないだろう。
悪魔だとすぐに気づかれることはないが、奇異な目で見られることは確実だ。
「ああ、そうだな。しまっておくか」
ヘルヴィは軽くとそう言うと、指をパチンと鳴らす。
すると次の瞬間にはツノと翼は消えていた。
「えっ、そんなことできるんですか?」
「悪魔だぞ、私は。そのくらいできなくてどうする」
「いや、僕悪魔のことあまり知らないので……」
何にしても、これでヘルヴィが外に出ても問題はなくなった。
「じゃあ行くか」
「はい! あ、その、ヘルヴィさん……」
「なんだ?」
家から出る直前、ヘルヴィは名前を呼ばれて振り返る。
テオは少し恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、ヘルヴィのことを見上げる。
その姿にまたドキッとしながら、ヘルヴィは話を聞く。
「その、僕の名前、一回も呼んでくれませんが……」
「えっ、ああ、そうだな」
名前を知っているとは言ったが、そういえば呼んだ覚えは無かった。
「その、呼びづらいですか? ヘルヴィさんにも、僕のことを名前で呼んでほしいです……」
「――っ!」
顔を合わせて聞いていたが、今の言葉で完全にやられたので、顔を背けるヘルヴィ。
(くそ、こんな短い間に何度も何度も……!)
顔を背けながらチラッとテオを見ると、不安そうにシルヴィを見上げている。
「……テオ」
「っ! も、もう一回お願いします!」
「テオ……! もういいだろ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
一気に顔を明るくさせたテオと、恥ずかしくて顔を見れないし見せれないシルヴィ。
「もう行くぞ、ここでモタモタしていても仕方ないからな」
「はい!」
そして夫婦になったばかりの二人は、街に出てギルドへと向かった。
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