第29話 私の愛する、元JKの魔王様
暖かい午後の昼下がり。
私は窓から見える『桜』という名の花を見ながら、温めたカップに紅茶を注いでいた。
季節のフレーバーが鼻腔をくすぐる。
その甘い香りはまるで、失恋したばかりの私の心を、慰めてくれているかのようだった。
三人分のカップと茶菓子をお盆にのせ、部屋をノックする。
「失礼いたします。魔王様、お茶がはいりました」
「ああ、今行く」
紅茶の香りを楽しみながら待っていると、扉が開いた。
そこから顔を出したのは、私よりも少し年上の、十七歳の少年。
顎下くらいまでの艶やかな黒髪に、宝石のような紅い瞳。
耳の後ろからは、しなやかにうねった黒い角が、後頭部に向かって伸びている。
「相変わらずいい香り……いつもありがとう、クラリス」
中性的な優しい声と、爽やかな笑みを返され、天にも昇る心地になってしまう。
(あぁ、魔王様は今日も素敵だ……)
私は恋をしていた。
相手は私がお仕えしている、この魔王様だ。
お名前は速水凛様。
下の名前でなんて、恥ずかしくて恐れ多くて、直接お呼びしたことはないけれど、いつか面と向かって「凛様」とお呼びすることが、今の私の目標だ。
凛様は、この東大陸に最近即位したばかりの新米魔王で、それまでは、『JK』もとい『ジョシコウセイ』という者だったらしい。
しかも、異界から来た存在だというから驚きだ。
今日はそのジョシコウ時代のご友人を魔王城に招き、
扉の向こうからは、凛様のほかに二人の女の子の楽しそうな声が聞こえる。
凛様は詳しくお話しにならなかったけど、おそらくこの二人が、私が失恋した理由なのだろう。
先日、凛様が『桜』と呼んで気に入っている花がはじめて咲いた日。
私は凛様に告白した。
凛様はお若いながらも誇り高く、強く、弱者に寄り添う、魔王らしからぬお方だった。
かくいう私も、捕らわれていた魔王城が崩壊する際に窮地を救われたことがきっかけで凛様と知り合い、魔王に即位するとの噂を聞いて、頼み込んでお仕えさせていただいている。
凛様のことは、救われたあの日からずっとお慕いしていた。
私が凛様に想いをお伝えしたとき、凛様は少し戸惑いながら、それでも真摯に返事をくださった。
『気持ちは嬉しいけど、ごめんね。私には君よりも、自分よりも大切な存在がいるから。君を一番に大切にすることはできない』
『魔王様ご自身よりも、大切なお方……ですか?』
『そう。たとえ世界を壊してでも、そのひとには笑っていて欲しい。そんな大切なひとだよ』
その優しい言葉と表情を見れば、凛様の中に私の居場所がないことはすぐにわかった。
少しうつむいて涙を堪えていると、凛様は私の頭をそっと撫でてくれた。
『でも、次にまた世界を壊すときは、クラリスのことも守るよ。それは約束する』
そんな、まだ期待させるようなことをしれっと仰ってしまう凛様が少し憎らしく思えたが、撫でられた手のあたたかさが、私を救ってくださった時とまったく同じだったから――
私はいまだに凛様のことが大好きで仕方がなかった。
凛様に紅茶をお渡しして部屋を去ろうとすると、楽しそうな声が聞こえて思わず立ち止まる。
私が、凛様のお声を少しでも聞いていたくて、失礼を承知で部屋の前で聞き耳を立てていると、不意に扉が開いて凛様が姿をお見せになった。
「クラリス、どうしたの?気配が消えないから、何か用事でもあるのかと……」
「ままま、魔王様!あの、いえ、これはその……魔王様があまりに楽しそうでいらっしゃるので、どんなお話をなさっているのかな、とか、ご友人はどんな方なのかな、とか思っていた訳ではなくてですね……!」
「思ってたんだね?」
「あう……」
墓穴を掘ってしまった。凛様の前では、どうしても嘘をつくことができない。
そんな私を見て、凛様は楽しそうにクスクスと笑う。
「盗み聞きは感心しないけど、そういうことならこっちにおいで?クラリスにふたりを紹介するよ」
「そ、そんな!魔王様と共にお茶会など……よ、よろしいのですか?」
「いいよ。ちょうど懐かしい話をしていたんだ。私がふたりと一緒にこの世界に来て、魔王になる前の話」
それは、個人的にかなり気になる。
正直に言うと、凛様のことなら隅から隅まで、何でも知りたい。
私の思考は遠慮と欲望の狭間でせめぎあったが、呆気なく欲望が勝利した。
私が部屋に入り、ご友人であるアン様とマホ様に挨拶を済ませると、凛様は三人掛けのソファの真ん中に腰かけて、語り始めた。
それは、凛様がこの世界にはじめてやってきたときのお話だった――
凛様達は楽しそうにお話をなさっているけど、それは傍から聞いても驚くべき、過酷な道のりのように思えた。
大切な友人と生き別れ、得体の知れない存在を頼り、身を粉にして敵に立ち向かう。
時に人を助け、時に魔王を斃し、時に天使を堕天させ、時に最強の聖女に刃を向ける。
でも、凛様はもちろん、アン様、マホ様はいつだって前を向いて進んでいらっしゃったのだ。
――大切な、友人のために。
私は、思う。こういう方達だから、凛様達の笑顔はこんなにも素敵なのだと。
そして、私にもいつかそんな大切なひとができたときは、凛様のように前を向こう、と。
そう思いながら凛様に視線を向けると、心地のいい笑みが返ってきて、また赤面する。
(わ、私だって、私だって……凛様のためなら、なんだってできる気がします……!)
私は赤面した顔を隠すように立ち上がると、紅茶のお代わりを用意すると言って部屋を出る。
閉じた扉の向こうからは、いつまでも明るい声が魔王城に響き渡っていた。
※これにてこのお話は一旦完結します。読んでくださった方、お付き合いいただきありがとうございました。反響次第で続編を検討していますので、要望、評価(星)、感想などあればお気軽にお願いします。
続編を出すとしたら、『俺の妹がいつの間にか異世界で魔王になってハーレムを築いていた件』みたいな感じで考えています。
JKが三人寄ると異世界が碌でもない目に遭うそうですよ 南川 佐久 @saku-higashinimori
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