第28話 魔王城で、女子会を

 私達が聖教都侵攻(未遂)をし、マホが日本に帰った日から、半年が経った。

 世界の半分を壊し、未曾有の自然災害と疫病を引き起こしたあの戦いは『星屑の災禍スターダスト・ハザード』と呼ばれ、それを引き起こしたとされる聖女は力を失い、聖女教会トップの地位から失脚した。

 一方で私は『新・【貪欲】の魔王』としてその名を轟かせる。


 あの日、マホがゲートに入ったのを確認すると、私は安堵のせいか気を失った。

 後日フリージアから聞いた話によると、あの後【貪欲】の新魔王――もとい速水凛率いる魔王軍(借)は、聖女の無力化に成功。

 それでよし、として撤退していったことになっていた。


 未だに聖教都の人間と魔族の間には深い溝があるが、表立った諍(いさか)いはなく、冷戦状態となっている。

 それもそのはず。

 あの日を境に、大陸の東側は天変地異に見舞われ、壊滅状態。

 聖教都のある西側は、その後蔓延した疫病の対処に追われていたのだ。争う暇などない。

 それに、魔族達はもとより、ごく一部の者が私達に協力してくれていただけなので、聖教都にこれ以上攻め込む必要もない、とのことだった。

 

 私は今、復興中の魔王城の執務室で、資料に目を通している。


 あの戦いの後、私はフリージアの契約魔族である侯爵の推薦で、新たな【貪欲】の魔王に正式に就任した。

 就任するにあたり、私にはふたつの条件が課されることになる。


 1つめは、『壊滅した大陸の東を復興させること』。

 2つめは、『先代であるアワリティウスの尻ぬぐい』だった。


 具体的には、アワリティウスが人間たちに植え付けた、魔族に対する嫌悪の情を薄れさせるというものだ。

 フリージアに詳しく聞くとそれは、人間と魔族の関係をつかず離れず、時に協力できる関係に戻す――という難題だった。

 私はそのふたつの問題を、魔王補佐兼お目付け役となったフリージアと共に、日々解決しようとしている。


 一方で、アンは疫病に苦しむ聖教都に突如、聖女の力を継ぐ者――『救世の癒し手メシア』として現れ、あれよと言う間に聖女教会の新聖女に擁立された。

 アンはアンで、教会トップとして街の復興に尽力しているとのことだ。


 私に課された課題は難しいものではあったが、人間側のトップがアンである以上、時間をかければ解決できるものだと確信している。

 相変わらず私とアンは元の世界に帰れないままでいたが、今は帰ることよりも、目の前のことに尽力したいという想いが強かった。

 それが私達のせめてもの贖罪になると思っている。


「――魔王様。補佐官殿がお見えになりました」


 使用人のクラリスに呼ばれ、ノックされた扉を開ける。

 そこには、綺麗な夜色のワンピースに身を包んだフリージアが立っていた。


「ご機嫌うるわしゅう。魔王様?」

「やめてくださいよ。よそよそしい」

「いやなに、将来有望と噂される魔王様に、今のうちに媚びでも売っておこうかと」

「必要ないですよ……実質、世界の半分はあなたのものになったでしょう?今でも十分傀儡かいらいなのに、これ以上私に何を望むんですか?」

「それもそうだな」


 クク、と楽しそうに笑うフリージア。

 部屋に通そうとすると、逆に手招きをされる。


「今日は土産がある。お前たち風に言えば、さぷらいず、というやつだ」

「――?」


 手で示された方に目を向けると、そこには、フリージアの背に隠れるようにマホが立っていた。


「マ……マホ!?」

「わっ!!凛、ひっさしぶりー!驚いた?」


 ひょっこりと顔を出したマホは両手をひらひらと振り、とびきりの笑顔を見せる。


「昨晩、遂に居場所を特定してな。今日、朝一で迎えに行かせたのだ」

「凛達にどうやって会おうか考えながら部屋でごろごろしてたら、窓の外にリリエルがいるんだもん。びっくりしたよ」

「で、でもどうやって?」

「リリエルはね、居場所がわかればどこにいても来てくれるの。それより、凛のお兄ちゃんが心配し過ぎですごくて!!あっちの方が、時間の進みがだいぶ遅いみたいなんだけど、誤魔化すの大変なんだよ――って……詳しいことは後でいいか!!」


 そう言って、マホは勢いよく抱きついてきた。


「また会えて嬉しいよ!!凛!!」

「うん……!わたしも!」


 少し低くなったマホの頭を胸元に抱き寄せる。

 魔王になってからというもの、男の姿でいるのが当たり前になっていた。

 元からこの世界では、私は男と思われていたし、魔王としての威厳的な意味でもこっちの方が都合がいいらしい。

 マホが来るなら久しぶりに元の姿に戻ってもよかったのにな、と今更ながらに思ったが、そんなことを微塵も気にしていないマホを見ると、どうでもよくなった。


 私が再会の余韻に浸っていると、不意に廊下の奥から聞き慣れた声がした。

 底抜けに明るくてふわふわとした、子どもみたいに高いトーンのこの声は……


「あーーーーーっ!!マホ!ずるぅーーーーーい!!」


 ――アンだ。

 今日は復興の進捗確認と花見を兼ねて、城に招待していた。

 約束の時間には随分早いが、会う約束の日には、アンは大抵早く来る。

 もちろん、私達が会っていることは、聖女教会の者には内緒だ。


「アン!!開口一番それか!?私より凛なわけ?もう……相変わらずだね」

「マホも好きだけどぉー!!」


 そんなことを言いながら、アンがマホの背中をぽかぽかと叩いている。


「では、私はこの辺でお暇(いとま)しよう。水入らずの再会を楽しむといい。夕方にマホを迎えに来よう。復興政策の資料は使用人に渡してある。後日見てくれ」

「フリージアさん、ありがとうございます」

「マホ!せっかくなら泊っていきなよぉ!あと凛ちゃん、今日は女子会なんだから、アワリィは頭の中から追い出しておいてね?」


 アンはそう言って、自分のパジャマの入った手荷物をぶらぶらさせた。

(また勝手に泊まっていくつもりだったのか。一応家主は私なんだけど……まぁいいか)


「わかった。アロマオイル焚いて、寝かせとく。あいつローズマリー嗅ぐとすぐ寝るから」

(――にしても、アワリィって……アンのあだ名のセンス……)


 マホに視線を向けると、こっちはこっちでテンションガンあがりだった。


「魔王城でお泊り会パジャマパーティー!!サイコーじゃん!師匠、迎えは明日の夕方でお願い!!」

「私は構わないが――いいのか?凛」

「お気になさらず。ふたりのわがままは、いつものことですから」

「ねー、うちの倉庫から花火持ってきたんだよ!夜になったらやろうよ!あ、師匠にも明日教えてあげる。これがマジもんの花火だよ?」

「わかった。わかったから、そんなに腕ひっぱらないでってば……!」


 笑って返すと、『苦労性だな、お前も』と言ってフリージアは帰っていった。


 私はふたりを部屋に招き入れ、マホが持ってきたお菓子を広げて準備をする。

 テーブルには、見たことのない新作ポテトチップス、クッキーにコーラが並び、アンの好きな、サクサクが入ったチョコレートもあった。


 前より狭い魔王城(ほとんど私とムーちゃんが焼き払ったせいだけど)の庭に、先週末はじめて咲いた桜っぽい花を見ながら、私達は女子会ティーパーティーをした。

 『あの司祭は担任の誰々に似てる』だとか『先輩魔王が仕事しなくて困ってる』だとか『頭の中にアワリィがいるのにお風呂どうしてんの?』だとか。

 『兄弟達のシスコンぶりに拍車がかかっててヤバイ』だとか、その他にも沢山。

 そんな他愛ない話を、いつまでもいつまでも、時間を忘れて話しあった。


 生まれてからずーっと幼馴染で、一緒にいた私達も、今ではそれぞれ『新米魔王』『魔王と密会する聖女』『異界を行き来する外道魔女』だ。

 でも、そんな風に肩書が変わっても、やることはいつもと大して変わらない。

 お茶とお菓子を片手に、私達はいつまでも――

 ――三人で笑いあった。

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