第26話 元JKの少年魔王は世界を壊す

      ◇


 意識を失い、次に目を覚ましたとき、私の目の前には荒野が広がっていた。


 見渡すと、視線の先には聖女様率いる教会騎士団の軍勢がずらりと並んでいる。

 棺桶に入ったままなので後ろはよく見えないが、背後から凄い数の魔族のひとの唸り声とかが聞こえるみたい。

 姿は見えないのに……圧が凄い。

 上空にはおびただしい数の蝙蝠(コウモリ)が飛び交い、夕方くらいのはずなのに、空が真っ黒だった。


「アン!起きた!よかったー」

「目が覚めたか、人質。これからがいいところだぞ?」


 声の方に視線を向けると、マホとフリードさんが馬っぽい魔族に二人乗りしている。

 どうやら私は今、侵攻(パレード)の先頭にいるようだ。


「外道魔術師!人質を盾に私をおびき出そうなどと、どこまで外道なのですか!!私はここにいます!人質を速やかに解放しなさい!!」


 気が付くと、聖女様は騎士団を背後に控えさせ、単身でこちらに向かってきていた。


 (罠だとわかっているはずなのに、私の為に来てくれたんだ……)


 その嬉しさと、その人をこれから騙さなければならない罪悪感で、ちょっぴり胸が苦しくなる。

 うつむいていると、フリードさんが棺桶から私を降ろし、縛っていた縄を少し解いてくれた。


「――喚(わめ)くな。今、解放しよう。聖女、お前はそのまま前へ来い」


 フリードさんは私の背中を強く押す。そして、小声で囁いた。


『わかっているな?行け。悟られるなよ?』


 私は黙って、マホの方を見る。

 声には出さないけど、口の動きが『が ん ば れ』と言っていた。


 私は縛られたまま前へと進む。

 足と足の間の縄はそんなに長くないけど、動けなくはない。一歩ずつすり足で、聖女様の方に向かっていった。

 裸足だから、地面の小石がちくちく痛い。更に数歩進むと、足の裏が切れたのか、じんじんとした痛みが広がってきた。

(うっ……いたぁ……)

 演出とはいえ、惨めな自分の姿になんだか泣けてくる。


「――ッ!」


 聖女様との距離があと数歩に迫ったところで、私は盛大にこけた。

 手を後ろで縛られているから咄嗟に手をつくこともできず、身体がべしゃりと地面に打ち付けられる。

 見かねた聖女様が私の元へ駆け寄ってきた。私は聖女様と再会を果たす……


「アン!大丈夫ですか!!こわかったでしょう?可哀想に……!」

「聖女様……来て、くださったんですね……」


 私は涙目で返事をする。さっき転んだときに砂が入ったようで、目には涙が溢れてきていた。

 そして、来てくれたことに心から感謝した。


 ――だって、聖女様が来てくれないと、この計画は始まらないから。

 

 そんなことも知らず、聖女様は持っていたハンカチで私の涙を拭うと、フリードさんたちの方に向き直った。

 手に持っていた杖を構えて、胸元のネックレスに手を当てる。


 ――大天使の力を使うつもりだ。


「外道め!神の裁きを受けなさい!」


 聖女様の杖に力が集まる。しかし、出力はいつもより少し多め、なだけのように思えた。

 胸元のネックレスは確かに光っているが、眩(まばゆ)く輝いてはいない。


 ――もっと怒ってもらわないと。聖女様には、全力を出して貰わないと困る……


 私は聖女様の裾にしがみつき、懇願するように訴える。


「聖女様!あれらは、ほんとうにおそろしい者達です。私を拷問にかけ、聖女様のことを色々と聞き出そうと……ごほっ!ごほ!」


 いいタイミングで、口に入った砂でむせた。かみさまは、私に味方してくれている。


「アン!無理して喋らなくていいのです。今――」


 私は聖女様の言葉を遮るように、畳みかける。


「痛、かった……こわかったです……」


 私がそこまで言うと、聖女様の何かがぷつり、と切れたような気がした。

 その形相はまさに鬼。私の肌には鳥肌が立ち、聖女様のまわりの空気が細かく震えているのがわかる。


「よくも……よくも!よくも!よくも!私(わたくし)の大切な者にこのようなひどい仕打ちを!!」


 聖女様のネックレスの輝きが増した。

 あたりは陽が落ちかけて薄暗いのに、そこだけ朝日が昇ったかのように眩い光が溢れ出す。

 聖女様は、杖を天高く掲げた。


「神よ!大いなる天使様よ!聖なる御力(おちから)で、悪に裁きをお与えください!!聖なる雷……」


「――【闇夜の御剣エクスカリバー星屑の太刀ステラ】――!!」


 ――瞬間。

 空から黒い光が、一筋の流れ星みたいに降ってきた。


(――凛ちゃんだ!)


 身体全体を使って、ただひとつの的を射抜くように、星の力を纏った刀を振り下ろしている。

 凛ちゃんが撃ちおろした流れ星はきらきらと黒く煌(きら)めいて、一直線に私と聖女様を穿とうと向かってくる……

 聖女様は私を守るように流れ星に向き合うと、杖から雷の奔流を放った。


「くっ……どこの魔王か知りませんが、神に盾突くなど……!!」


 聖女様がネックレスを握りしめると、雷は黒い流れ星を引き裂きながら天へ昇り、引き裂かれた流れ星は黒い星屑をぽろぽろと零しながら空一面を天の川にみたいに彩っていく。

 零れた星屑が地に落ちて、大地を抉り、その裂け目から水や蒸気が噴き出して、まるで悲鳴をあげてるみたい。

 けど、噴き出す煙が空に登って天の川に飲み込まれていくその様は――

 世界の終わりと言うにはあまりにも――


「きれい……」


 私は呼吸するのも忘れて、ただ、その光景に見入っていた。

 すると、雷と流星の間から、銀河のようなものが広がっているのが見えてきた。


「あれは、まさか……」


 ――元の世界への……ゲート!


「アン!マホ!ゲートへ!!」


 ドラゴンに乗ったまま流星を放つ凛ちゃんが、声を荒げる。


 今も尚ぶつかるふたつの大きな力に耐えきれず、大地が揺らぎ、東の火山が噴火した。

 吹きすさぶ風に乗って、大量の灰を纏った真っ黒な雲が、どんどん近づいて来る。


「ふたりとも、はやく!!」


 凛ちゃんの呼びかけに応じ、マホが黒い翼の天使に抱えられながら、私に向かって手を伸ばす。


「アン!手を!」

「待って!凛ちゃんは!?」

「私は後から行く!今手を離したら、力の均衡が崩れてゲートが閉じそう!!」

「後からって……!そんなのできるわけ――」


 そこまで言って、私は理解した。

 凛ちゃんは、はじめから――このつもりだったのだ。


 空を見上げると、そこには困ったように笑っている凛ちゃんがいた。


「はは、今はこれで精一杯。動けそうにないや。ちょっと考えれば、こうなりそうなことくらいわかったはずなのに……ね」

「うそ……凛ちゃん、ほんとは前から、わかってたんでしょ?」

「どうだろう?案外、この手を離したら、ゲートにそのまま落っこちたりして……」

「そんな都合のいい話が……っ」


「――アン」


 私の言葉を遮るように、凛ちゃんは口を開く。


「昨日は驚いたよ。アンの気持ち、嬉しかった。これが、私にできる精一杯の返事だよ」

「――ッ……!」


 自分の全てを私達のために使おうとする、凛ちゃんのその姿に、返す言葉が見つからない。


「マホ、アンを頼むね。ふたりとも……笑ってよ?――お願いだから」

「凛……っ」


 マホは凛ちゃんの言葉を受け、私の腕を掴んで引っ張り上げようとする。


「異界に連れ去るつもりですか……」

「違う。帰るんだ。――ほら、よそ見してる場合?邪魔ならしてくれて構わないよ?――うん、できるなら、力いっぱい全力で来てよ!」

「くっ……言わせておけば……!」


 聖女様が一瞬マホに視線を向けるが、凛ちゃんは逃がすまいとして、流星に一層の力を込めた。


「まだ、まだだ……!」

「――ッ?この期に及んで、追撃を……!?」

「はぁああああ!」

「させ、ません――ッ!」


「――【闇夜の御剣エクスカリバー星を呑む閃ノ剣メテオール】――!!」

「――【神ノ雷霆・滅殺ディバイン・ストーム】――!!」

 

 星の奔流と雷の嵐が激しくぶつかり合う。

 もう、空は見えない。

 私の目の前には、神様のお迎えみたいな、綺麗な星の輝きだけが広がっている。


「私達は……帰るん、だぁぁぁああああ!!」


 流星は雷を押し返し始め、力の大きさに比例するように、ゲートが大きく口を開ける。


「――行って!」

「アン、おいで!」


 私がマホに手を伸ばして捕まろうしていると、聖女様の攻撃が激しさを増した。


「――外道魔女っ!させません!アンを再び、連れ去らせるわけには!!」


「――【神ノ雷霆・輝きの加護ディバイン・フォータルフィア】――!!」


 聖女様の詠唱に応じるように雷が勢いを増し、流星を切り裂いて凛ちゃんに迫る。


「――ッ!?」


 雷に押され、凛ちゃんが顔を顰(しか)める。

 均衡が崩れたせいか、ゲートが不安定に揺らぎ始めた。


「くっ、うぅ……!」

「この私が!貴方のような若い魔王に劣るとお思いですか!!」


(どうしよう……!このままじゃ凛ちゃんが、凛ちゃんが……)

 ――負けちゃう……!

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