第25話 人質の心得
◇
凛ちゃんが行っちゃった。ドラゴンに乗って。
(男の子の姿になっても、凛ちゃんはやっぱりカッコよかったな……)
なんていうか、凛々しさに、逞しさがプラスされた。
でも線は細くて、睫毛も長くて、髪はサラサラ。
以前の凛ちゃんとそんなに変わらないように見えるけど、よく見ると背がすこし伸びてて、ちゃんと男の子の手をしてた。
ちょっと骨ばってるけど、綺麗な手。頼りがいのありそうな……
(いや、頼りがいなら前からあったけど!)
それに、私は凛ちゃんに頼るばっかりじゃなくて、背中を(なんなら身体も)預けて貰えるような人間になりたい!
だから、今日はがんばらないと……!
そんなことを考えながら、私は凛ちゃんが見えなくなった空をしばらくぼーっと見ていた。
凛ちゃんは結局、昨夜のことは何も聞いてこなかった。
まぁ、返事とか、見返りなんて求めてなかったし、気持ちを伝えられただけでもいいんだけど……
何も気にされてないのは、それはそれでなんだか少しさみしかった。
「アン?ぼーっとしてどしたの?人質衣装に着替えるんでしょ?いこう?」
「あ、ごめんマホ。今いく」
マホに呼ばれ、屋敷に戻る。
(ちゃんと人質役がんばらないと!みんなで帰るんだから!)
意気込んで衣装が用意してある部屋に入ると、そこには、ひとがすっぽり入るくらいの棺桶が置いてあった。
あの、映画とかでよく見る、吸血鬼が眠っていそうな真っ黒な棺桶。
近くではマホが手にロープを持って、手招きしている。
「なんか、師匠が知り合いに借りたらしい。『ロープで縛ったら、この中に入ってろ』だって」
「フリードさんの知り合いって、吸血鬼さんか誰かなの?」
「さぁー?詳しくは知らないけど、師匠、噛みつき癖あるし、コウモリ呼ぶし、そうかもね?」
噛みつき癖?よくわかんないけど、フリードさんってやっぱり謎だ。
私はマホに言われるがままにロープで縛ってもらい、棺桶に身を横たえた。
こうして寝そべってみると、思ったよりも息苦しくはない。
なんていうか、妙なフィット感があって、嫌いじゃない……かも。
「狭いけど、これ好きかも」
「――懐かしいね」
「?」
「学校でさ、追試サボって帰ろうとしたのがバレた時、先生が追いかけてきて、掃除ロッカーに隠れてやりすごしたの、覚えてない?」
「ああ、あのときの!ふたりして数学追試だったやつ」
「そうそう。アン、あのときも同じこと言ってたよ?狭いの好きかもって」
「あのときはふたりしてロッカーに入ったから、もっと狭かったよねぇ?」
「アンってば、やたら胸デカいから、狭くて暑くて。でもなんか、楽しかったよね」
「なんか可笑しくて、笑いこらえるのに必死だったっけ……」
「なつかし……」
マホは可笑しそうにクスクス笑っている。私も一緒に、あのときみたいに笑った。
「マホ、またやろう?元の世界に戻ったら」
「数学赤点?」
「そっちじゃないよぉ!しかも私は欠席で追試だっただけだから!」
「――何をしている。そろそろ侵攻(パレード)が始まるぞ。先頭はお前なんだからな、人質」
ふたりして騒いでいたら、部屋に入ってきたフリードさんに怒られた。
「はーい」と返事すると、フリードさんはやれやれとため息をつきながら、私が入った棺桶を背負う。
「吸精の指輪はつけているな?」
「――はい」
フリードさんに言われ、左手の感触を再確認する。そこには、今朝渡された指輪が嵌められていた。
(はぁ……結局自分でつけたけど。どうせなら、『ごっこ』でもいいから凛ちゃんにつけてもらいたかったな……)
ぼんやりしていると、足元の床にに細工をしていたフリードさんが棺桶を担ぎ直す。
「転移するぞ。マホ、用意はできているか?」
「ばっちり。忘れ物ないよ」
棺桶の中から横目で見ると、マホはところどころ繕われた学校の制服を着て、スクールバックを肩にかけている。
バックには少し汚れた、三人でお揃いのマスコット。
この世界に飛ばされて来たときの服装だ。
私のカバンは、聖教都の自室に置きっぱなしだけど、まぁいいか。マスコットは買いなおそう。またお揃いで。
そんなことを考えていると、フリードさんが何かを唱え始めた。
私達の足元に魔法陣みたいなのが浮かぶ。
「マホ、しっかり掴まっていなさい」
「わーい、ワープだワープ。私これ、超好き!」
マホはそう言って、フリードさんの腕にしがみついている。
「転移魔術……だよねぇ?私はじめて。楽しいの?」
「んー?急上昇、急降下して、最後に急落下する系のアトラクション?」
(えっ……)
「えええええっ!それ私ダメなや――きゃああああああああああああ!?」
言いかけている間に、急上昇↑急降下↓して……
――落ちた。
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