第24話 魔王と脳内ルームシェア

      ◇


 聖教都の上空から紙片をばら撒き、私は魔王軍(仮)――いや、この場合は(借)かな?

――の皆さんと落ち合う場所に向かう。


 侵攻(パレード)は夕方から行うってフリードが言ってたから、今から向かうと少し早い。

(寄り道しよう。どこか落ちつけるところに……)


 ムーちゃんとお喋りしながら向かった先は【貪欲】の魔王城跡。

 特に用事があったわけじゃないけど、なんとなく空を飛んでいたらここに着いていた。


 焼け残った城の屋上に寝っ転がり、ムーちゃんと空を眺める。

(あの日、ここから見た星空、綺麗だったな……)

 まだ夕方前なのに、空にはうっすらと星が浮かんでいるのが見える。

(夜になるともっと近く感じて、綺麗なんだよなぁ……)

 思わず天に向かって手を伸ばす。


「なーんて、届くわけないか」


 手を引っ込めようとすると、不意に誰かから声を掛けられた。


『――アレが欲しいのか?』

「はっ?え、誰?ですか?」


 咄嗟に臨戦態勢をとる。こんな焼け落ちた魔王城に、人がいるなんて思えない。

 いても、まともな奴じゃないだろう。

 隣で寝ているムーちゃんに視線を向けるが、鼻ちょうちんを出してぐっすりなままだ。

(ムーちゃんには聞こえてない……?)


『我の声は、お前にしか聞こえない』

「だ、だれ……?」


 ――と、問いかけてはみたものの、心当たりがあった。

 この、耳の奥に絡みつくようないやらしい声。

【貪欲】の魔王アワリティウスだ。もと――だけど。


『つれないじゃないか。お前が手にかけた魔王を、もう忘れたか?』

「やっぱあんたか。何の用?姿をみせなよ」

『我はお前の中から出られない。姿が見たいなら、その意識を手放して、鏡でも覗くことだな?いや、意識をなくしたら見れないか?』


(鏡って……こいつ――まさか)


 前にフリードに聞いた話を思い出す。

 アワリティウスは、死んだ際の保険をかけている可能性があると。


「復活の呪いは、フリードさんが解呪したはずじゃ……」

『あんな若造の解呪が効くとでも?魔王を侮るな』


(フリードさん、失敗したんだ……そりゃ専門じゃないって言ってたけど……)


「私を、乗っ取りに来たってわけか」

『いや、それは今は無理だ』


 アワリティウスはさも残念といった風にため息をつく。

 私の頭の中で。


『お前、心臓しか食べてないだろう?』

「えっ、そうだけど」

『我の意識の大半は脳に残してきた。心臓だけでは、身体能力しか引き継げん』

「じゃあ……今話しかけてるのは、なんで?」

『最低限の意識は心臓にも残している。分散投資というやつだ』

「はぁ……」


(――って、呑気に会話してる場合じゃなくない?)


「目的は何?私、このあと忙しいんだけど」

『相変わらず、つれないなぁ?お前にとっても良い話かと思ったのだが?』


 いい話?あからさまに怪しいが、一応聞こう。

 今のこいつでは、私の身体は乗っ取れないらしいし。


「――手短に」

『アレが欲しいのか、と聞いたんだ。空に瞬く満天の星が』


(は?こいつ何言って……)


『聖女と一戦交えるのであろう?――我が手を貸してやろう』

「ど、どういうこと?」


 思わぬ提案に、相手がいないにもかかわらず身を乗り出してしまう。


『このままで、渡り合える確証はあるのか?』


 確かに、今のままで聖女に勝てるかは正直、五分ごぶだ。

 アンが力を削ぐ算段はあるが、なにせ今回は相手も『ギフテッド』。

 今まで通りの私の『ギフテッド(チート)』がどれほど通用するかはわからない。


「そりゃ、戦力は多い方がいいけど……あ、身体は貸さないからね!?」

『わかっている。我の魔術でアレを手に入れてやろう。アレは、聖女の力に対抗しうる質量だ』

「星って、さっき私が掴もうとした――あの……?」


 頭上にうっすらと浮かぶ星を眺める。


『そうだ。今や我とお前は一心同体。お前の欲しいものは、我も欲しい』


 どこまでも貪欲な奴だ。

(けど、『星』を手に入れるって……?)

 別に欲しいと思って手を伸ばしたわけではないが、興味はある。


「アレを、どうするつもりなの?」

『お前の持つ刀(つるぎ)に星の力を乗せてやろう。その【闇夜やみよ御剣みつるぎ】は、星と相性がいい』


 腰に携えている黒い愛刀に視線を落とす。

(聖女もなんか言ってたけど、やっぱエクスカリバー、そんな名前だったんだ……)

 ――でも、今は私の可愛いエクスカリバーだ。

 黒く艶めく、夜みたいな妖刀。

 どんなに似合ってなくても、この名前にはもはや愛着すらある。


「力を乗せるって……できたら凄そう。でも、なんでそんなこと知ってるの?この刀の名前も」

『我は一度、その刀に屠られているからな。――言わなかったか?』

「えっ。初耳だし。ってか、じゃあなんでこないだまで生きてたの?」

『一度は刀(そいつ)に首を断たれたが、再生した。前の使い手は『脳内ルームシェアはごめんだ』といって、骸を完全には処理せずに、去っていったからな』


(うわぁ。やっぱ魔王って再生するんだ……氷漬けにしておいて正解だった……)


「脳内ルームシェアって……今の私みたいな状況のこと?」

『――だろうな。骸に触れれば憑りつかれると思っていたようだ』


(マジか。ひょっとして、こいつがずっと討伐されなかったのって、皆それを嫌がって?)

 急に貧乏くじを引かされたような気になる。


「――で、あんたはなんで、この刀のことそんな詳しいわけ?」

『一度身体に触れれば、その武器の特性くらいは理解し、引き出すことができる。我はそういう魔術が得意なのでな』

(へー、便利そうな力持ってるじゃん。味方になるなら、案外いいかも……?)


「えっと、つまり、今回は無償でその力を貸してくれるってこと?」

『無償と言うのは語弊があるな。言っただろう、我らは一心同体だと』

「ああ、わかった。乗っ取る身体が無くなると困るんだ」

『いかにも』


 なんだか楽しそうな声だ。こっちは決戦を控えて緊張してるっていうのに。

 でも、力を貸してもらえるのは心強い。私の身体が無くなると困るというのも本心だろう。

 ここは、こいつを信じてもいいかもしれない。


「今回はあんたを信用するよ。――で、どうやって星の力を使うの?」

『【闇夜の御剣】の本質は【解放】だ』

「解放……?」

『お前、我の居城に攻め込んだ際に、弓を使っていたな』

「うん。弓なら多少は心得があるけど……」

『では、刀を振るう際は、それを想像しろ。刀身は弓。乗せる力が矢だ。一気に解き放て』

「うーん?よくわかんないけど。矢を放つイメージで刀を振ればいいの?」

『そうだ。――クク、天に弓を引くのは得意だろう?』


(あー、そう言われたら、なんかできる気がしてきた……)


「ものの例えでしょ、それ。でも、言いたいことはわかった」

『さすが理解が早いな、勇者サマは』

「――元・勇者ね」

『あと、この刀に名を付けていなかったか?』

「え、うん。エクスカリバー……だけど」


 改めて言うとなんか恥ずかしい。だって、ムーちゃんがこれがいいって言うから!!


『エクスカリバー……か……』

(アワリティウスもなんか引いてんじゃん!)


『似合わないな』

(ほらぁ!)


『まあいい。力を発したいとき、その名を呼んでやれ。それを合図に、我が星の力を乗せてやろう』

「名前を呼ぶ……」

『大型の魔術行使をする上で重要なのは【式】だ。呪文を構成するものの大半は【名前と命令】でできている』

「……?」

『我ほどの魔王ともなれば大概の詠唱を略し、名と命だけで思い描いた魔術を発動させることが可能だ』


 どこかドヤ声な元・魔王。

 けど、魔術がからきしの脳筋バカな私には、その凄さがちっとも全然伝わらない。


「えっと、つまり……?」

『ああ。お前はただ一言、言の葉を唱えればよい』


『――【闇夜の御剣エクスカリバー星屑の太刀ステラ】――と』

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