第22話 キミのスキはどのスキ?
世界を壊す決戦を目前に、私達は屋敷で一日遊んで過ごした。
明日への緊張と恐怖、罪悪感を忘れるように――
お茶を飲んで、お菓子を食べて、他愛もない会話を一日中していた。
アンは相変わらずよく食べるし、マホが紅茶に入れる砂糖の量はハンパない。
ようやく手に入れた、いつもどおりの日常。
けど、ここは確かに異世界で、私達の帰るべき場所は家族の待つ家と、友達のいる学校だった。
皆、言葉にしなくてもそれはわかっている。当たり前のことだ。
(だって、今までそのために、色々と頑張ってきたんだから……)
ただ、私は少し違った気持ちを抱いていた。
魔王になったこと、後悔はしていない。それが私達の為に、私にできることだったから。
でも、元の世界に帰るとき、この姿はどうなるんだろう?元の姿に戻れるのだろうか。
(もし戻らなかったら?女の姿に戻る方法は教わったけど、角は取れないし、瞳も赤いまま。そんな私を、家族は、お兄ちゃんは、受け入れてくれるのかな?)
それに、明日私が世界を壊したら、この世界にいた人たちは苦難の道を歩むだろう。
この世界には、いい人もいれば悪い人もいる。
けど、いい人が確かに存在する以上、簡単に壊していいものではない。私ももう高校生だ。それくらいはわかる。
それ以上に元の世界に帰りたい気持ちが強くてここまで来てしまったが、せめて、私達に償う機会、手段は無いのだろうか。
ふたりも、おなじ気持ちだとは思う。
でも、誰かが言ったら最後。もう元の世界には帰れないから、誰も言い出せないのだ。
(もう二度と、家族に会えなくなる。そんな悲しい思いを、親友にして欲しくない……)
私を含め、それは三人とも同じ気持ちなんだろう。
今更考えても仕方のないことだけど、つい考えてしまい、私は寝付けないでいた。
あまりに寝付けないので、気分転換に二階のテラスに出る。
そこには先にアンがいて、夜風に当たっていた。
風に誘われ、ふわりとした金髪が心地よさそうに揺れている。白い寝巻きのワンピースとも相まって、その姿は闇夜にぼんやりと浮かび上がる、一輪の花のようだ。
「――アンも寝付けないの?」
「うん」
「作戦書読んだよ。聖女から力を奪う大役だ。そりゃあ緊張するよね……」
「保険だけどね?でも、みんなの為だもん。やるなら、絶対に成功させるよ」
アンの言う“みんな”に、この世界の人のことは含まれていない。
しかしここでそんな話を蒸し返しても意味はない。アンを泣かせてしまうことになる。
「凛ちゃんは、この世界でやり残したこと、ある?」
そう聞かれ、思わずびくりとする。
アンはまさか贖罪について言い出すつもりなのだろうか?
ふたりの為にも――それを言い出させるわけにはいかない。
私がアンの言葉を遮ろうと口を開きかけると、それを遮るようにしてアンが話を続ける。
「私はね、一つだけ心残りがあるの」
「な、なに?」
「凛ちゃん。相談――のってくれる?」
「もちろん。親友でしょ?」
必死に落ち着いたふりをする。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
アンは優しく微笑むと私の懐にするり、と滑り込み、両腕を首の後ろに回した。
不意に引き寄せられるような力が首にかかり、アンの顔が私に近づく……
――瞬間。柔らかいものが唇に触れた。
アンが背伸びして私を抱き寄せ、キスをしているのだと認識するまでかなりの時間を要した。
時間が――止まっている。
さっきまで沢山鳴いていたはずの鈴虫の音も聞こえず、涼しい夜風も感じられない。
アンが時間を止める魔法を使ったのかと思うくらい、完全に、私の時間は停止している。
今、私の五感は、アンの唇の感触と甘い匂い以外のものを感じられなくなっていた。
唇が離れても、身動きができずに呆然としていると、アンがまだ濡れている唇を開く。
「ファーストキスはね、凛ちゃんがよかったの」
頭が回っていない私は、返事ができない。
「それでいいの。何も考えなくて――いいんだよ」
(アンは一体、何を言って……)
「これが私の心残り。でも……今なくなった。ありがとね?――大好きだよ、凛ちゃん」
アンは悪戯っぽく笑うと『おやすみ』と一言つぶやき、去ってしまった。
うつむいていたせいで顔は見えなかったが、耳が真っ赤だ。
テラスには、為すすべのない私が、ぽつんと残された。
「えっ……ますます寝れなくなったんだけど……」
そうはいったものの、さっきまで考えていた、贖罪だのなんだのという考えもどこかへ行ってしまっていた。
(さっきのは何?アンはいったいどういうつもりで?)
(明日世界は壊れるのに?こんなときに?こんなときだから?)
(アンは私の事が好き?私も好きだよ?)
(でもそれってどういう好き?アンの好きは私の好きとは違う?)
(いつから違った?前から?それってどの前?)
(私が魔王になる前?男になる前?この世界に来るまえ?それとも幼稚園から!?)
(あーもう!!考えても、ぜんぜんなんにもわからない!!)
私は寝室に戻ると枕に突っ伏して声にならない声を発した。
不思議なものだ。
あれだけ寝れないと思っていたはずなのに、気がつけば、部屋には朝日が差し込んでいた。
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