第20話 男の子って、こうやってなるんだ……

      ◇


 マホとアンと再会を果たし、フリードに協力を仰いだ日から四日が経過した。

 私が朝食をとりにリビングへ降りると、そこにはマホの姿があった。


「おはよう」

「んー、おはよー」


 トーストを頬張るマホが視線をこちらに向ける。


「今日……だね。師匠から話は聞いてる」


 そう、今日が約束の日だ。

 今日、私は――魔王になる。


 以前フリードに聞いていた通り、地下室への案内はマホに任せられていた。


「立ち合いは不要って師匠に言われてるけど……やっぱ、ついてったらダメ?」

「気持ちは嬉しいけど、私なら大丈夫。正直どうなるかわからないし、危ないかもしれないから、ひとりでやらせて?」

「でも、やっぱ心配だよ……」


 寂しげにしゅんとするマホ。私を大切に想ってくれる、その気持ちが素直に嬉しい。

 今日は、なんとしてでも儀式を成功させないと。


 私達は食事を済ますと、屋敷の地下室に入る。

 そこは沢山の古びた書物が積まれ、見慣れない実験道具のようなもので溢れかえっていた。


「奥の広間だって」


 マホに言われ、部屋の奥に視線をやると、そこには大きな魔法陣があった。

 床に描かれた魔法陣の真ん中には机が置いてあり、そこには水の入ったグラスと赤いカプセル状の薬が乗った皿が置いてあった。


「マホ。危ないから部屋から出ててね」

「ほんと、ひとりで大丈夫なの?」


 私の手を握るマホの手が小刻みに震えている。

 これは私の震えか、マホのか、それともその両方か。今は緊張していてわからなかった。

 あれだけ覚悟してきたつもりなのに、我ながら情けない。


 マホは、握っていた手をそっと両手で包み込む。

 冷たかった私の手が、次第にあったかくなっていく……


「何があっても――魔王になっても、私は、凛の友達だから」

「ありがとう、マホ。それ、今一番言って欲しかった。――泣きそう……」

「はは、凛らしくないじゃん。いつもカッコイイ凛サマはどこいったの?」

「だからそれ、どこ情報?私、そんなキャラじゃないってば」


 緊張感のない、いつもの会話。

 この“いつも”を取り戻すために、私はここまで来た。


「じゃあ、マホ。――またあとで」

「うん。上でお菓子用意して待ってるね」


 マホが部屋から出たのを確認して机に向き直り、皿に乗った五つのカプセルと対峙する。


(これか……)


 外国製のジェリービーンズみたいに発色のいい赤が目に痛い。

 その赤は、禍々しくも見えるし、まるでおもちゃのようにも見える。


「フリージアさん、いい仕事するなぁ。これなら飲めそう」


 血なまぐさい心臓をむしゃむしゃと食べる羽目にならなかったことに、心底ほっとする。

 魔王になるにあたり、リスクがあるだのなんだのと言われたところで、何もしないまま聖女に臨んで、敗れるようでは元も子もない。

 元の世界に帰りたければ――やるしかない。


 マホとアンと、また笑って過ごしたい。

 思えば、もはやその想いだけが私を突き動かしていた。

 それは魔王城に乗り込んだときも、魔王を斃(たお)したときも

 ――そして今も。


「いただきます」


 私はカプセルを一気に飲み干した。


「……?」


 飲んですぐには何もなかった。

 風邪薬を飲んだ時と同じような感覚だ。効いているのかいないのかわからない、あの感覚。

 しばらく床に座っていたが、目立った変化もなかったので部屋を立ち去ろうと腰を上げる。


 ――瞬間。


「――ッ!?」


 激しい頭痛が私を襲った。頭痛、というよりこめかみの辺りが物理的に痛い気がする。

 耳の後ろが、凄くあつい。


(うわ、キタキタ。ヤバ……!?うそ、なにコレ……!!)


「いたッ……!うっ……あっ……うぅ……」


(はぁ……ヤバイヤバイヤバイ。コレ、ヤバイって……)


「も……ムリ……」


 あまりの痛さとあつさに耐えかね、私は意識を失った。


 

 ――どれ程時間が経っただろうか。


 じんじんと頭に残る痛みを感じ、私が目を覚ますと、そこはまだ地下室だった。

 マホが様子を見に来ていないところをみると、気を失っていた時間はせいぜい数分といったところか。

 風邪を引いたときのように身体がだるく、少しぼーっとするが、思ったより深刻な影響はなかったようだ。

 正直、全身から火が出るとか、そんな惨状になることも覚悟してきた為、拍子抜けなところがなくもない。


「これ、ちゃんと魔王になれてるのかな?」


 そんなことを考えながら、地下室を出ようと扉に手をかける。

 不意に、入り口付近の壁に掛かった鏡から視線を感じ……

 その姿に、目を奪われた。


「な、誰……?」


 そこには、私にそっくりな顔立ちの少年が映し出されていた。


 顎下くらいのショートカットの黒髪……は私とお揃いだが、その瞳は真紅(あか)い。

 しかし、なにより異常なのは、両耳の後ろの辺りから、大きくうねった黒い角が生えていることだった。

 その角は、先日斃した魔王を彷彿とさせる。


 私はその鏡に映った少年から目が逸らせないまましばらく立ち尽くしていたが、ふっと我に返った。


「……」


 恐る恐る、自分の頭を手で触る。


 ――あった。耳の後ろに、角があった。


 続いて、恐る恐る自分の胸を手で触る。


 やはり……ない。

(いや、それは元々だけど……)


「まさか……」


 更に、恐る恐る、躊躇しつつも自分の股間に触れる。


 ………………あった。


「なってるじゃん……魔王に」


 鏡に映された真紅眼あかめの少年は、魔王となった――私自身の姿だった。

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