第17話 世界を壊す、作戦会議その①PLAN
◇
聖女の攻撃をなんとか凌ぎ、その場を離れることに成功した私達は、ひとまずマホの拠点だという魔術師の家に向かうことにした。
黒い天使が乗せてきた、マホのお師匠さんという人を含めて四人。
ムーちゃんもさすがに重そうだ。
「お願い。がんばって、ムーちゃん……」
飛行速度は私達が振り落とされないギリギリ。
意識のないアンと魔術師を庇いながら速度を出すのは困難だったが、聖女に行き先がバレるようでは元も子もなかった。
風圧に揉まれながら、目視できないレベルに高度を上げ、更に少し遠回りして、カモフラージュするように魔術師の家を目指す。
「あの辺なんだけど……」
マホに言われて目を凝らすと、山を三つ越えた先、大陸の東地区の近くに、ひっそりと古びた屋敷が建っている。
佇まいは立派な洋館だが、花や緑に覆われているせいか、鬱蒼とした雰囲気を放っていた。
「あの大きな洋館?」
「そう。裏庭なら広いから、着陸できると思う」
「わかった。ムーちゃん、あっち」
私の指示に、ムーちゃんはぐるると喉を鳴らして返事する。
乗っている間は、私がムーちゃんを手懐けていることに『すごい』とはしゃいでいたマホも、家に着くと一変。
屋敷の使用人と思われる女の子にテキパキと指示を出し、怪我人の手当てと、ベッドの用意をお願いしている。
「アンは一旦、二階の私の部屋に寝かせて、他の部屋が用意できたら移動してもらおう。師匠はシルキーに任せたから」
「りょうかい」
二階へ運ぼうと、アンをお姫様抱っこで軽々と持ち上げる。
私の怪力を見るのははじめてだったか。マホは少し驚いている。
「ここ、魔術師のお師匠さんの家ってことは、マホも魔術が使えるの?」
「ええと、凛にはそこからか……」
頬をポリポリと掻くマホ。私達はとりあえず、アンとお師匠さんが目覚めるまで、リビングでお茶をすることにした。
その間、私とマホは別れてから何があったのかを話しあった。
どうやらマホは、この家の主であるフリードという魔術師(世間一般では外道魔術師といわれているらしい)に拾われ、今に至るという。
「ねぇ。失礼かもしれないけど、フリードさんって良い人なの?マホが世話になったのはわかったけど、マホ、話すときの顔がやたら苦々しいよ?」
「あー、それね。師匠は……うん。聖教都の人から見ると、悪い側だと思う。良くも悪くも魔族優先というかなんというか……」
「えっ」
(魔族優先?大丈夫なのかな、それ……)
私、知り合いの魔族には碌でもないのしかいない。変態魔王とか、人使いの荒い賢竜とか。
ムーちゃんはいい子だけど……
「でも、魔術の知識とかは信用できる。結構ハイスペックだし。私生活は、まぁ……怪しい薬は売るし、金の為なら野党に手も貸すし、セクハラパワハラも多いけど……」
(えー……後半からフォローになってなくない?)
「でも、さっきは身体張って助けてくれたし、たまに優しいとこもあるし……」
マホが何やらもごもごとしている。声が小さくて全然聞き取れない。
「――要は、喰えない魔術師ってことか」
「そうなる、かな」
マホは奥の棚からクッキーが入った缶を差し出した。私はそれをありがたくいただく。
花の形をしていて、真ん中には赤いジャムの様なものが埋まっている。洋館で紅茶といただくにはぴったりな、お洒落なやつだ。
マホはクッキーを
「そういえば、元の世界に帰る方法ってわかった?こっちはさっぱりで……」
「それなら――」
言いかけて口を閉ざした。
なにせ、『自分達の為だけに世界を壊す』なんて、酷なことをしなければならない。
アンにはわかってもらうことができたけど、はたしてマホも受け入れてくれるだろうか。
悩んでいると、マホは自分と私の紅茶に砂糖を追加する。――勝手にだ。
「言いたいことあるなら言いなって。気になるじゃん。恥ずかしい悩みごとも相談しあった、私と凛の仲でしょ?」
「え……覚えてない。何それ」
「幼稚園の頃『お兄ちゃんと幼稚園の先生どっちも好きなんだけどどうしよう~』とかなんとか言ってたじゃん」
(そんな昔のこと!?ってか、それ超恥ずかしいんだけど……)
「思い出したわ……でもそれ『あたしはおねえちゃんが一番だからわかんない、ごめん』とか言って、一蹴された気がするけど……」
「あれー?そうだったっけ?」
(なんか、心配するのもバカらしくなってきた。言っちゃえ。マホなら、大丈夫だ)
私は意を決っして、元の世界に帰る方法が『世界を壊すこと』だと話す。
マホは最初、面食らっていたが、すぐに噴き出し、腹を抱えて笑い出した。
「ははははは!!何それ!?ありえなさすぎて、逆にウケるんですけど!!」
(あーほらね。やっぱりこうなる……)
「一応言っておくけど、ほんとだよ!?」
「凛を信じてないわけじゃないって。アンはそれ、知ってるの?」
「知ってる」
「なんて?」
「その……一緒なら、大丈夫だって」
「まあ、アンならそう言うか……」
「マホはその……どうなの?反対する?」
私がおずおずと尋ねると、マホはニヤっと笑う。
「反対?するわけないじゃん。私は、凛とアンが納得してるなら、それでいいよ」
(相変わらず適応力が高いというかなんというか。あっさり受け入れてくれるよなぁ……)
「この世界は、いい人もいるかもしれないけど、悪い人も確実にいる。自己中かもしれないけど、私はこの世界、自分の故郷を捨ててまで守りたいと思わない。守るべき責任も感じない。凛も――あんま気負い過ぎなくていいんじゃない?」
まったく、マホには敵わない。
適当に見えて、ちゃんとそれなりに自分の考えを持っている。
「師匠も言ってたよ?『魔術師は、世俗の考えにとらわれず、自由であることが肝要』って。わがままだろうがなんだろうが、構わないんだよ。他人(ひと)に何て言われても、自分が自分の味方でいられれば、それでいいんだって」
(――いたっ)
軽くデコピンされた。
「そういう人も、いるんだからさ?私達だって――好きにしていいと思わない?」
私はそう言って笑うマホを見つめる。黒いワンピースから覗く、身体のあちこちに巻かれた包帯が痛々しい。
この世界に来てから、辛いことは確かにあった筈なのに、マホは何も変わっていなかった。
笑って、なんでも適当に流せてしまう、この明るさが変わっていなくて本当に良かった。
「――ありがとう。マホ」
「お礼言われることじゃないって。こっちこそ、帰る方法を探してくれてありがとう、凛」
「なんてことないよ」
「でたー。ほんと、凛はカッコつけなんだからー」
「もー……何ソレ……」
マホに煽られるのも久しぶり。
そんな会話で盛り上がっていると、リビングのソファの方から人影がゆらりと覗く。
「マホ?いるのか?」
眠そうな低い声。フリードが目覚めたようだ。マホがソファに駆け寄る。
(なんだかんだ言って、心配だったみたいだね……)
「師匠!」
「ああ、よく逃げられたな。――怪我は?」
「ベラが止血して、シルキーが包帯代えてくれた。腕もちゃんと持ち帰ってるよ」
「私の腕ではなくて。お前に怪我はないかと聞いたんだ。聖女に術でも掛けられていないだろうな?」
「リリエルと凛のおかげでかすり傷程度だけど……え、師匠、心配してくれるの?」
「当たり前だろう。私は一応、お前の保護者なのだから」
フリードはマホを上から下まで眺め、大きな怪我がないか、術が掛けられていないかを確認すると、またソファに横になった。
思っていたよりもずっと良い人そうだ。
しばらくすると、アンが二階から降りてきた。まだぼーっとするのか、目をこすっている。
「おはよぉ、ふたりとも」
「アン!無事でよかった……」
「私は聖女様に眠らされただけだから。さっきマホに聞いたよ。私とマホを助けてくれてありがとう。凛ちゃん」
「あの時は無我夢中で。間に合ってほんとによかったよ」
「凛、私からも改めて、ありがとう」
ふたりから感謝され、柄にもなく照れてしまう。
私達が再開の余韻に浸っていると、フリードが声を掛けてくる。
「凛、というのか。助けられたようだな」
「ええ。はじめましてフリードさん。速水凛といいます。マホの友人です」
「異界の?」
「はい」
「ともかく、礼を言おう。おかげで命拾いした」
「いえ、マホに助けるよう頼まれたので」
フリードは少し驚いた顔でマホに目をやり、少しだけ口元を緩ませたように見えた。
「言いつけを守らなかったのは良くないが、今回ばかりは助けられたな。このふたりが、お前の探し人か?」
「そうだよ。元の世界の親友で、凛とアン」
「はじめまして……」
紹介されてアンもおずおずとお辞儀する。
フリードは私達を一通り眺め、向かいのソファに座るように促した。
私達は三人で腰を下ろす。
得も言われぬ緊張感に包まれていると、部屋の奥からシルキーさんがあらわれ、四人分の紅茶をテーブルに置いた。
「ひとまず落ち着け。そんなに固くならずとも、命の恩人をどうこうするつもりはない」
その言葉を聞き、ひとまず安心する。
マホに聞いていた話だと悪い人のイメージが強かったが、こうしてみると研究者っぽい、理科か歴史の先生のような雰囲気だ。
「――で、元の世界には帰れそうなのか?」
仮にもフリードはこの世界の住人なので、世界を壊す算段を話すことは憚(はばか)られる。
私が躊躇していると、マホが横から耳打ちしてきた。
「言っても、問題ないと思う」
「でもフリードさんはこの世界の住人だよ?」
「むしろ
実の師匠に向かって揺するとは。マホとフリードの信頼関係を疑問に思ってしまうが、今はマホに頼る他なかった。
私はアンに目くばせをして、短く頷く。
「師匠。率直に言うと、帰る方法が見つかったよ」
「――ほう」
フリードの表情は変わらずだったが、目の色が一瞬変わった気がする。
「大きな力をぶつけ合う必要があるって」
「それは、界を揺るがすほどの、ということか?」
「多分」
「情報の出どころは?」
「凛の知り合いの賢竜だって。名前は……」
「ハインリヒです。北の山の賢竜ハインリヒ」
私がそう告げると、フリードは口元をにやりと歪ませる。
「――であれば、あながち嘘ではないだろう。あのお堅い老人からよく聞きだしたな。交換条件に何を差し出した?試練を課されただろう」
確かに魔王討伐(と子守り)を課された。
非道な魔王といえど、仮にもひとを殺めてしまったという事実を、親友の前で言うのは憚られる。
しかし、隠しても話が進まない為、包み隠さず話すことにした。
膝の上で握った拳が冷や汗で冷たくなっていく。
「【貪欲】の魔王の討伐を……課されました」
アンとマホはいまいち事情がわかっていないのか、黙って聞いているだけだった。
フリードは目を丸くして驚いた後、短く笑う。
「アレを
「で、どうなの師匠。私達にできそう?もしやったらどれくらい被害がでるの?師匠は私達のこと、止める?止めるなら――」
そう言いかけるマホを制止するように、フリードが口を開く。
「止めたら殺される……のだろう?私は。――そこの勇者殿に」
(――えっ……)
フリードの視線が痛い。
私はそこまで考えてはいなかったが、マホの表情から察するに、つまりはそういうことらしい。
「流石師匠。よくわかってるね?」
「私が同じ立場なら、そうするからな。魔術師として、利用できるものは何でも利用する。正しい選択だ。私は今、利用される側ということだな?」
「恩を仇で返すようだけど」
「いや、教え子が優秀でなんとも複雑な気分だ。私に何を求める?」
「協力して」
「具体的には?」
「世界を壊す程の力のぶつかり合いをさせる方法が知りたい。あとは、実際にぶつける手伝いをして欲しい」
マホとフリードの師弟とは思えないやり取りに、私とアンは呆然とするしかない。
アンはその場の緊張感が耐えがたいのか、私の外套の裾を握りしめている。
「この
フリードは紅茶を少し口に含むと、観念したように頷いた。
おもむろに立ち上がると、机の引き出しから羊皮紙のようなものを取り出し、片手で器用に羽ペンを走らせる。
シルキーさんから銀の小刀を受け取ると、刃先に自分の親指を押し当て、傷口を羊皮紙に押し付けた。
そして、短くため息をついた後、マホに向かってそれを差し出す。
「見ればわかるな?」
マホは素早く受け取り、隅から隅まで目を通す。どうやら契約書のようなものらしい。
「うん、うん。私達が元の世界に帰るまでの一切の協力を拒まない。裏切らない。陥れない。甲乙は互いに命を奪わない。うーん……大丈夫かな?」
「他に選択肢がないからな。こうでもしないと、命乞いには足りんだろう」
「おっけー」
マホはフリードから小刀を受け取ると自分の親指を傷つけ、同様に血判を押す。
そして私達ふたりに向き直ると、ピースをして笑った。
よくわからないが、フリードは全面的に協力してくれるようだ。
「で、何をどうすればいいんだっけ?」
「師匠、何すればいいの?」
「――早速丸投げか。少しは自分らで考えたらどうなんだ?」
呆れ顔で大きなため息をつかれる。マホはすかさず契約書をコツコツと叩いた。
フリードは苦々しげに口を開くより他なかった。
「思いつく限り強大な力同士をぶつけることだ。考えられる被害としては、東側の火山が刺激されて噴火。異常気象になり、不作やら疫病やらが蔓延するだろう。それ以上は何が起こるかわからん。地割れや水害などが起きた場合は……まぁ、この大陸が半壊する程度で済めば良い方だろうな」
「半壊……」
こうして改めて言われると、この世界にもたらす災禍が大きく、罪悪感が込み上げる。
「思いつく限り強大なってことは……聖女とか?やりあったからわかるけど、あいつはヤバイ」
「ああ。少なくともこの大陸では最強に近いだろう」
「でも、ついさっき命からがら逃げてきた相手と互角にぶつかり合うなんて、どうやって?」
「今できる提案として、ひとつだけ方法がある」
フリードは意味ありげに私の方を見つめると、とんでもない事を口にした。
「――凛。お前が魔王になればいい」
「は……?」
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