第16話 誰に何と言われようと、これはエクスカリバー
◇
「――仰せのままに」
命を受け、リリエルが天高く飛翔する。
自分の羽を数本毟
リリエルが大きく振りかぶる。
――瞬間。
槍は防護障壁(シールド)を内側からすり抜け、聖女の脇に控えていた護衛の騎士の数人を光の速さで貫いた。
まるで焼き鳥みたいに連なって串刺しになった、同僚の無残な姿を見て、他の騎士達が戦慄する。
足が竦(すく)んだその一瞬を、堕天使の目は見逃さない。
瞬く間に距離を詰め、今度は背後から騎士たちを薙ぎ払い、貫き、刻んでいく。
聖女が自分の周囲に光の膜を張り終えるころには、アン以外の護衛は肉の塊と化していた。
(アンが気を失っててよかった……)
その光景は、遠巻きに見ている私ですら吐き気を催すほどにグロかった。
「これでよろしいですか?愛しい我が主(あるじ)?」
目の前には、返り血に染まってうっとりとしている堕天使。
まるで、はじめてのおつかいが上手くできたことを報告する子どもみたいな、無邪気な笑顔。
こんな歪な存在を生み出してしまった自分自身が、今更ながらに怖くなる。
正直、リリエルがここまでするとは思っていなかった。
(堕天すると、こんなに変貌するなんて……)
リリエルの言う通り、私は本当に、悪い魔女になってしまったのかもしれない――
しかし、そんなこと――今はどうでもいい。
リリエルが聖女の取り巻きを殲滅(せんめつ)したのを確認し、戻っておいで、と合図する。
一旦態勢を立て直したかった。私の力では師匠を運べないし、いずれ聖女に追いつかれてしまう。
できればアンを連れて帰りたかったけど、リリエルも三人は運べない。
(何か、いい方法はないの……!?)
合図を受けたリリエルが身を翻す。
――瞬間。
一筋の稲妻が、轟音とともに漆黒の翼の片方を貫いた。
「――っ!?」
バランスを崩し、鈍い音を立てて落下するリリエル。
呻きながら振り返ると、杖を掲げた聖女が、破られた防護壁の向こうに立っていた。
「リリエルっ!」
「主……申し訳……ございません」
「外道魔女。貴女のような幼い者を手にかけるのは忍びないですが……覚悟なさい」
聖女が杖を振りかざす。
(また雷っ……あんなの防げない!)
思わず頭を抱えて縮こまる。
カッ――!!
鳴り響く雷鳴。辺りがチカチカして何も見えない。
なにが忍びない……だ。間違いなく、今までで一番の威力だろう。
(ガチで――死ぬ!!)
「いやああああああああああああ――――!!」
「マホっ――!!」
(――――へっ?)
聞き慣れた声。
久しく聞いてなかった気がする、強くてやさしい声。
朝起きると、窓の外から『遅刻するよ』って、笑いながら言ってくれる、この声は……
空を見上げると――懐かしい顔が、そこにあった。
「――――凛!!」
「ハインリヒに聞いて来てみれば、こんなことになってるなんて……」
(大きな黒い竜に乗ってる。髪がショートになって、なんか顔つきも変わった?でも、でも……ああ……)
「凛だあぁぁぁ……」
「遅れてごめん、マホ」
涙が止まらない。さっきから泣いてばっかだ、私。
「私の雷を防いだ?黒い竜……貴方、噂の勇者ですか?」
「――だとしたら?」
「――外道魔女を討伐します。邪魔をしないでくださいますか?」
「あんたが……」
凛は、私を庇うように聖女に対峙したまま、口を開く。
「あんたが……泣かせたのか」
「退(の)きなさい。さもなくば、貴方ごと裁きを下すことになりますよ」
「――許さない。やってみなよ……」
聖女が再び杖を構えた。
先端に雷が収束していく。さっき以上のを撃ってくるつもりだ。
「凛!雷が来るよ!」
凛は振り返って笑う。
「大丈夫。あれくらいなら。――これ、聖剣だから」
そう言って鞘から、黒く煌めく美しい日本刀をすらりと抜いた。
「残念です。勇者よ。貴方は街の貴重な戦力だというのに」
「聖女はいい人って、アンには聞いてたんだけどな……」
収束した雷が一気に解き放たれる。
まるで一本の巨大な槍だ。大きさも速さも、今までの比じゃない。
「――行って、ムーちゃん」
凛は黒い竜に合図したかと思うと、雷槍に向かって一直線に飛んでいく。
(まさか……相打つつもり……?)
「凛!やめっ――」
「マホを泣かせた。傷つけた。あんただけは……許さないっ――!!」
雷槍とぶつかる瞬間、凛の持つ日本刀が眩い光を発する。
それを見た聖女の表情が、驚愕の色に染まる。
「貴方……まさか、その剣(つるぎ)は……【
「知らないよ、そんなの!これはエクスカリバー!誰に何と言われようと、私とムーちゃんで名付けた、私達のエクスカリバーだ!」
「――っ!何故、魔王殺しの魔剣を、貴方が……!」
「何に驚いてるのか知らないけど、その反応……コレならあんたを斬れるってことだよね!?」
凛を乗せた竜が一気に加速する。
「行くよ!エクスカリバー!キミの言う通りに、叫べばいいんでしょう?――キミに任せればいいんでしょう!?」
凛の呼びかけに応えるように、刀が光を発する。
(黒い……光?師匠の靄(もや)とは違う……)
「ああああああ――――っ!!」
凛の声に呼応するように光が大きくなる。
「――【闇夜の御剣 払い太刀 下弦の奏(そう)】!」
「――っ!」
一瞬の、できごとだった。
凛は日本刀を滑らせたかと思うと、雷槍を受け流し、下から薙ぐように黒い光をぶつけた。
パアンッ――!!
雷槍と黒い光が弾ける。
「マホっ――!!」
声の方に目を向けると、凛が手を伸ばしていた。乗っている竜の背にはアンが横たわっている。
「いつの間に……!」
「――めくらまし。聖女相手に、ガチでぶつかるわけないじゃん?」
「ははっ。それもそうか……」
「さ、行こう?」
私は差し出された手を、強く握り返す。
さっきまで、聖剣を握って戦っていたとは思えない、普段と変わらない、女の子の手だ。
昼休みにふざけて腕相撲したり、放課後に手を繋いで帰ったりするときと、何も変わらない。
――いつもの凛の手。
(あったかい……)
「……凛。来てくれて――ありがとう」
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