第14話 聖女VS外道魔術師

       ◇

 

 ――ゆら、ゆら、ゆら。


 真っ赤な炎が天高く、燃え上がっていく。

 たくさんの火の粉がきらきらと煌めいて、綺麗。


 私は、目の前で揺れる炎をぼんやりと眺めていた。

 去年の文化祭最終日。後夜祭で見たキャンプファイヤーを思い出す。


(火を見ると、なーんかテンション、アガるんだよね……)


「何を呆けている?」


 ぼーっとしていると、フリードに声をかけられた。


「いや、なんかあっちの事思い出して……久しぶりに、みんなで花火とかしたいなぁって……」

「はな、び……?――異界の文化か?」


 不思議そうな顔をするフリード。

 いつも偉そうに講義しているこいつにも知らないことがあるのかと思うと少し優越感を感じる。

 私はドヤ顔で花火について教えてやる。


「そうそう。夏の風物詩。火薬が詰まった球に火をつけて打ち出して、空に大輪の花を咲かせるのよ?炎色反応?っていう仕組みらしいんだけど、それはもう、すっごい綺麗なんだから!」


 私の説明に、フリードは『ほう……』と興味深そうな顔をしている。

(ふふ、感心してる、してる……)


「でね?さらにすごいのは、手持ちやつもあるんだよ。手に持って火花が散るのを楽しんだり、線香花火っていって、火の球が落ちないようにじっと持って、誰のが一番長く保つか競ったりするの。楽しいよ?」

「手元に火花を?それはまるで魔術のようだな?それは誰にでも扱えるのか?」

「当たり前じゃん!持って、火をつけるだけなんだから」

「あいかわらず異界は興味深い……」


 しばしの間『ふむり』と頷いていたフリードだったが、思い出したように倉庫に向かって歩き出す。


「――こんなことをしている場合ではなかった。次に行くぞ」

「はーい……って、いくつ火ぃつけんの?」

「この村にあるものは全て。――思ったより数が多いな。面倒だ」

「何燃やしてるんだっけ?」

「覚せい剤だ。最近、魔界で横行しているらしくてな。精製元がこっちだと聞いたから調べてみれば、こんな辺鄙(へんぴ)な村で作られていたとは」

「ふーん。ドラッグって、やっぱり魔族も使っちゃダメなんだ?」

「どら……?覚せい剤のことか?こっちはともかく、魔界での使用は個人の自由だ。だが、部下の間で流行(はや)り過ぎていて仕事にならんと、侯爵に頼まれてな」

「師匠と契約してる、侯爵さん?」

「ああ、魔界ではそこそこの権力者だ。恩を売っておいて損はない」


 そう言って、近くにあった小さな倉庫に火をつける。

 フリードの手から出た炎は操られるように倉庫を取り囲み、あっという間に炎の柱を上げて燃え広がった。


「おお……!これもけっこー凄い迫力。やっぱ近くで見るとイイじゃん……!」


 思わず歓声を上げると、今度はフリードがドヤ顔をして振り返った。


「――ふん。こんな感じか?」

「え、なにが?」

「はなび」

「……ごめん。違う」

「……」


 心なしか残念そうなフリード。

 小さく息を吐いたかと思うと、村全体を眺めるように遠くを仰いだ。

 そして、うんざり、といったようにため息をつく。


「それにしても……多すぎるな。村のほとんどが倉庫じゃないか。お前が火をつける魔術を習得していれば手伝わせられたのだが……」


 ジト目でこっちを見る。やめてってば。

 確かに私は、契約の魔術以外はいまだに何も身につけられていないポンコツですけど。


「――連れてくるんじゃなかった」


 次の倉庫に向かうフリードの口から、再び大きなため息と愚痴がこぼれる。


「お前が屋敷の外に出たいと言うから仕事に付き合わせてみれば、ここまで役立たずとは……」

「し、仕方ないでしょ?マッチもライターも無いのに火なんてつけられないよ!」

「見張りでもさせようと思っていたが、どこから嗅ぎつけたのか。村はもぬけの殻だしな」

「じゃあ、覚せい剤を作ってたひとは逃げたってこと?」

「――だろうな。村ぐるみで作っていたようだ。追跡をした方がいいだろう。ああ、また仕事が増えた……」

「師匠って意外と忙しいよね。魔術師って、もっと暇してるものかと……」

「私は優秀で、できることが多いからな。――お前と違って」


 いらっ。

(たしかにそうかもしれない、しれないですけど~~!やっぱムカつく)

 図星をつかれてイラついている私をよそにフリードはさっさと歩いて行ってしまう。男(そ)の姿だと歩幅が違うんだから、気をつかってほし……こいつにそんな気遣いを期待してもムダか。


「――見つけた。火薬庫だ。一気に消し飛ばすぞ」

「消し飛ばすって……村ごと?」

「無人なのだから問題ないだろう。いても、違法薬物業者だ」

「あー、そう」


(結構面倒くさがりなとこあるよね……雑っていうか)

 ――ん?待てよ……?


「待って、それって私達まで消し飛――」


 ――どん。


 フリードの背にぶつかる。


「ちょ、急に立ち止まらないでよ……」

「――誰だ?」

「へ……?」


 立ち止まったフリードを見る。視線の先には鎧を着込んだおっさんが立っていた。


(この村、無人のはずじゃ……)


「火薬庫に火をつけ、何をしようとしている!外道魔術師!」


 物陰から現れたおっさんはすごい剣幕だ。今にも頭の血管が切れそう。


 ――にしても、外道魔術師って?確かにフリードは人間に対しては外道っぽいとこあるけど。


「師匠、こんなパンピーにまで恨まれるくらい前科もちなの?どんだけ外道なわけ?」

(我が師ながら若干引くわ……)


 呆れながらフリードを見やると、さも当然と言った表情で返される。


「――お前もだぞ?」

「――?」

「お前も、だ」


(…………)


「……いやいやいや。私、外道なことしてないし。善良な魔術師見習いですぅ!一緒にしないでよ」

「先日教えた『呪(のろ)イノ絆(ほだし)』契約は、巷では外道魔術扱いされている」

「――えっ」

「あいつの言う外道魔術師とは、私とお前のことだ」

「初耳なんですけど」

「言ってないからな」


 よくもまぁ、いけしゃあしゃあと。


「てことはつまり?私も?」

「お尋ね者だな。下がっていなさい――来るぞ」


 フリードは私を背に隠すように身構えると、左手の中指を咥えて魔力を込める。

 すると、周囲が一瞬にして黒い靄(もや)に包まれた。


「外道魔術……!!させるかっ!!お前はここで、討伐する!!」


 おっさんが大剣を振りかぶってこっちに突進してきた。図体デカい割に動きがはやい!

 運動音痴なフリードは、一瞬にして距離を詰められる。


「ちょっ!危なっ!きゃあ!!」


 思わず目を瞑(つむ)る。


 ――次の瞬間。

 鳥の群れに突っ込んだみたいな激しい羽音が聞こえたかと思うと、キィキィ、と超音波みたいな嫌な音が耳に、頭に、響き渡った。


「何なになに!こわいこわい!」


(――あれ?何も起きない?)


 しばらくすると音が止み、目を開けると、そこには黒くこんもりとした塊が蠢いていた。


「怪我はないな?あまり、見ない方がいいぞ」


 こちらを振り返るフリード。頬にちょっと血が付いている。服にはべったりと。

 気になって、つい塊の方に視線を向けてしまう。


 ――コウモリだ。


 無数のコウモリが、おっさんだったと思しき塊に群がり、喰いついて――いや、血を吸っている。

 塊からは赤黒い血がドロドロと流れ出て、その血だまりにもコウモリが殺到していた。


「うっ……」


(グロい……)

 

 口元を塞いで呼吸を整えていると、急に首根っこを掴まれて、後方へ放り投げられた。

 私はべしゃ、と鈍い音を立てて落下する。


「げほっ……師匠!?何すん――」

「マホ。逃げろ」


 今まで見せたことのない、切迫した表情。

 視線の先には、金色の髪をなびかせた、綺麗な女の人が立っていた。


 その隣には――見慣れた親友の姿。


「アン……?」

「マホ……どうして……」


(間違いない!アンだ!やっと会えた!!)

 思わず声が大きくなる。


「アン!よかった!無事だったんだね!!」

「マホこそ、なんで?そんな人と……一緒にいるの?」


 心なしかアンの声が震えている。青ざめて、私とは正反対の表情だ。


「マホ!危ないよ!こっち来て!その人は外道魔術師っていう悪い人で……!」

「それなら心配ないよ。私、この人に保護されて、面倒見て貰ってるだけ……」

「でも今!隊長さんを殺――殺した……よ?」


 そう言われると何も言い返せない。

 私もさっきびっくりはしたけど、明らかに正当防衛だった気がするのに。何も言えない。


「大丈夫!見た目より、悪い人じゃないから!」

「マホ何言ってるの!?そういうの、ストックホルム症候群っていうんだよ!?」


(はぁー?アン、お父さんが医者だから?たまに小難しいこと言うんだよなぁ……)


「監禁してる人に情が移っちゃう、心的外傷後ストレス障害だよ!」

「いや、意味わかんないから」


 確かに、多少なりとも情は移ってるかもしれないけど、監禁とかはされてない。

 屋敷から出ようと思えばいつでも出られた。行くあてが無かっただけで。


「いつまで世間話をしている。早く逃げなさい。走って、できるだけ遠くへ」


 フリードが話を遮る。


「は?せっかくアンに会えたのに!」

「あれが、以前言っていた友人か。残念だが、今は諦めろ」

「いったい何をそんなに焦って……」

「ここ数日、嗅ぎ回られている気はしたが。まさか、聖女が直々に出てくるとは……」


 睨めつける視線の先には、聖女と呼ばれた金髪の美女。

 でも、様子がおかしい。明らかにこちらに敵意――いや、殺意を向けている。

 聖女がゆっくりと口を開く。


「このような戦場に、か弱き少女を連れてくるなんて。やはり外道は外道ですね」

「それはお前もだろう?お前さえ来なければ、ここは戦場になる予定じゃなかった」


 戦場?あのふたりは、ここで戦うつもりってこと?私はアンと一緒に帰りたいのに。

 それにさっきからフリードは『逃げろ』て、そればっかり。


 ――ひょっとして、今、ヤバめ?


「転移魔術を用意する時間がない。――行け」

「でも、アンと一緒じゃなきゃ!だめ!」

「駄々をこねるな――クッ……」


 突然、聖女がいる方から鋭い槍ようなものが飛んできた。

 フリードは咄嗟に黒い靄を凝縮させ、防護障壁(シールド)を展開して防ぐ。

 槍は防護障壁(シールド)に当たると、花火みたいに弾けて消えた。


(何、今の……?槍?見えなかった。雷みたいにピカって、一瞬で……)


「仕留め損ねましたか。いい反応ですね」

「小手調べでこの威力とは。どいつもこいつも、『ギフテッド』は厄介極まりないな……」

「終わりにしましょう。長旅で、私も疲れていますから」


 聖女が杖を掲げると、さっきの光る槍みたいなのが無数にあらわれた。


 流石の私も、状況を理解する。


(聖女(あいつ)に、殺される……!)


 光る槍が、一斉に放たれた。


「追加の壁を……間に合え――」

「――だめえええぇっ!マホを巻き込まないでっ!!」


 アンが急に聖女に抱きつき、止めようとするが、間に合わない。


「アン!?おやめなさい!」


 ――瞬間。

 フリードに狙いを定めていた槍の一本がバランスを崩し、私の方へ飛んできた。


(――えっ?)


「何っ――!?チッ――姑息な真似を……っ!!」


 光が迫る。視界がチカチカと眩しい。思わず両手を交差させて視界を覆う。


「きゃぁっ……」


 ――ザシュッ……


(……あ?)


 鈍い音がして、視界が赤く染まる。


(何コレ――血……?)


「はあっ……無事、か?」


 声の主の方を見て、状況を理解する。

 ――フリードが、私を突き飛ばして、守ったのだと。


 膝をつき、肩で息をしながら、私の心配なんかしている。

 私はどこも痛くなかった。でもフリードは、師匠は……


 ――左腕が、ない。


 それなのに、この人は、私に向かって、『無事か?』って。

 そんな、どうして――――

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